13話 レティイロカネ
エスペランサでの婚約パーティまで後一週間になった日の朝、グローリアさんに呼び出された私は、お城の執務室へと出向きました。
執務室には、グローリアさんと、黒と赤の色合いのが奇麗な盾が置かれていました。
「グローリアさん、おはようございます。それはもしかして、ヒヒイロカネの盾ですか? 随分と早く完成したのですね」
「あぁ、おはよう。わざわざ来てもらって済まんな。盾は、スミスが俺の出発に合わせてくれたんだ」
出発に合わせた?
通常の方法では、一カ月以上かかりますし、転移魔法陣なら一時間もあれば全員転移できますし、なぜ一週間も前なのでしょう?
「グローリアさんはいつ出発するのですか?」
「あぁ、今日の昼には出発する。まぁ、出発と言っても転移魔法陣だがな」
「はい? 転移魔法陣ならば、一日あれば充分じゃないですか。なぜ一週間も前に出発するんですか?」
「あぁ、お前も知っていると思うが、通常、エラールセからエスペランサまでの道のりは一カ月以上かかる。もし、普通に行くのであれば、その道中にあるエラールセ領の町々を視察をする事になる。しかし、転移魔法陣なら、お前が言った通り、一日も必要ない。そうなれば視察ができないだろう? だから、エラールセからエスペランサの間にある町々に転移して、視察をするんだ。各町には、お前が作ってくれた簡易転移魔法陣を設置してある」
「そうなのですか? 随分と面倒な事をしますね。それだったら、普段から各町々に視察に行けばいいんじゃないんですか? 何も、別の用事の片手間みたいな視察ならしない方がいいのでは?」
「確かに面倒だな。それは俺も思うんだが、各国の王族も同じ事をやっているからな……。俺が良く思っても、周りが良く思わないのさ。こればかりは、王族だからと諦めている」
「そうですか。ご苦労様です。しかし、スミスさんも良く間に合いましたねぇ……」
「あぁ、今日の早朝にスミスが盾を持ってきた。聞けば、俺の出発に合わせた製作工程を考えていたそうだ」
「なんと、あの髭爺にそんな芸当が出来たとは、驚きです」
スミスさんが作った盾は、ヒヒイロカネの鏡のような赤い色が黒い装飾により引き立てられています。これは本当に綺麗です。
「確かに美しい盾ですね。あんな変な髭爺がこんなすごい盾を作れるなんて思いませんでした」
「はは。なんだかんだと言ってスミスは鍛冶師のSランクだからな。あ、レティシア。スミスへの報酬は頼んだぞ。今も鍛冶場にいるはずだ」
「分かりました。グローリアさんは一緒に来ないのですか?」
「そうだな。もう出発の準備はできているからな。この後すぐに出発する事になるだろうな」
「そうですか。気を付けてくださいね」
「あぁ。じゃあ、一週間後にエスペランサで会おう」
「はい」
私はグローリアさんの執務室から出て、スミスさんがいる鍛冶場へと向かいます。
鍛冶場では、スミスさんが座ってお酒を飲んでいました。
はて? 何人か助手がいたはずなのですが……?
「スミスさん。お疲れ様です。他の皆さんはどうしました?」
「おぉ、嬢ちゃんか。他の連中には帰らせたよ。仕事終わりは一人で飲みたいのじゃ」
「そうですか。しかし、こんなに早くできると思いませんでしたよ」
「そうか? まぁ、他の鍛冶師はどうかは知らんが、わしの場合は鉱石を説得するのに時間がかかるんであって、加工はそれほどかからんさ。それに王族が面倒な転移方法を使う事を知っておるからな。元々、グローリア陛下の出発の日には間に合わせるつもりだったんじゃ」
「じゃあ、サボっていてもいなくても、この日には完成予定だったんですか?」
「嬢ちゃんには何度も言っておるが、説得していたんであって、サボってはおらんからな」
「そうですか。分かりました、分かりました」
私は、スミスさんに近付きます。
「嬢ちゃん。さっきも言ったが一人で飲むのが好きなんじゃ。また、後日にしてくれんか?」
「はい? グローリアさんに言われて、早く報酬が欲しいと思ってきたのですが、いらないのであれば帰りますが?」
「……」
はて?
鉱石好きのスミスさんならすぐに反応すると思ったのですが、全くと言っていい程、反応がありません。
「いらないのですか?」
「いや……。欲しい。しかし、その前に聞いていいか?」
「なんです?」
「この鉱石は一体何なのじゃ?」
「グローリアさんから、このヒヒイロカネが出来た経緯を詳しく聞いていませんか?」
「いや、聞いた。しかし、実際に作った嬢ちゃんから聞きたいんじゃ」
「そうですか? では、説明しますね。これは、私が本物のヒヒイロカネをイメージして創造した鉱石です」
「イメージしたと言っていたが、どういうイメージをしたのじゃ?」
「そうですね。私が最初に聞いたのは赤色だけど七色に輝く不思議な鉱石と聞きました。そして、オリハルコンよりも硬い鉱石という事で硬くしました」
「そうか……。続けてくれ……」
「はい。そして、次に本物を見た事のある竜神ヨルムンガンドに特徴を詳しく聞きました。そして、できたのが今のヒヒイロカネです」
「そうか……。それで、ヒヒイロカネよりも光り輝き、ヒヒイロカネよりも硬い鉱石が出来たんじゃな」
「はい?」
「お主には一度見せた方が早いな」
スミスさんは道具袋から、一つの鉱石を取り出します。
その鉱石は赤く、そして七色に光る……。
「もしかして……」
「これが本物のヒヒイロカネじゃ」
ふむ。
これが本物ですか……。
こう言っては何ですけど……。
「あまり硬そうに見えませんね。触った感触も私が作ったヒヒイロカネよりも柔らかい……ですか?」
「そうじゃ。このヒヒイロカネは、以前ファビエの王家の為に作った盾の余りをくすねた物なんじゃ」
「確かにこれが本物と言われると、私が作ったモノは偽物と言われてもおかしくありませんね」
本物のヒヒイロカネは、赤い綺麗な鉱石で七色に放っていますが、鏡のように輝いてはいません。それに……。
「ヒヒイロカネはオリハルコンよりも硬いが、薄くすると砕けやすいのが特徴なんじゃ。鉱石の密度が高いから、塊としては硬いのだが、薄くするとダメじゃな」
「そうなのですか? だから盾にしたと?」
「そうじゃ。鎧は加工するために結局薄くしなければいかんし、なによりも鎧を作る量には足りん。もし、剣にしたとしても、先ほど言った通り、斬れ味だけはいいんじゃが強度がない。だから盾にしたのじゃ」
「そうですか。それで偽物はいらないと言いたいんですか?」
「いや、違う。お主の作った鉱石はヒヒイロカネを超えておる。だからこそ、この鉱石に名前を付けたい」
「名前ですか?」
「そうじゃ。ヒヒイロカネよりも優秀なこの鉱石に相応しい名じゃ……。それでじゃの……」
スミスさんは急にモジモジし始めます。正直、気持ち悪いですね。
「なんですか?」
「わしが名付けてもいいかのぉ?」
「はい?」
「だから、この鉱石の名をわしが付けてもいいかのぉ?」
「別にいいですよ。私は名前に拘りませんし……」
「それと、もう一ついいか?」
「なんですか?」
「今後、この鉱石を作るときは色を変えんか?」
「なぜです?」
「ヒヒイロカネと区別をつける為じゃ」
本物を見た後ならば、作る事も可能です。そう考えれば、本物と区別をつけるのは良いかもしれませんね。
ふむ。何色にしましょうか……。
決めました。
私は石ころを拾い上げます。そして……。
「えい!」
私の魔力を流し込み【創造】の力を使って作った鉱石は、黒く七色に輝く鏡のような鉱石になりました。
「これでどうですか?」
「な、なんじゃと? 黒いのに七色に光っておる。しかも黒いのに鏡のようじゃ……。こんな不思議な石は見た事がない……。これじゃ。これこそが、レティイロカネじゃ!!」
「は?」
今不思議な名前が聞こえた気がしましたが……。
「もう一度言ってくれませんか?」
「だから、この鉱石の名はレティイロカネじゃ。お主の名とヒヒイロカネを混ぜたんじゃ。良い名じゃろ?」
「……」
私はスミスさんの髭を思いっきり引っ張ります。
「痛い痛い痛い痛い」
「殺しますよ?」
私は頑張ってスミスさんを脅しましたが、スミスさんは折れる事は無く、この鉱石の名がレティイロカネになってしまいました。
まぁ、世間に広めるなと言われていますから、表に出る事は無いんですけど……。嫌な気分です。




