11話 魔族
「魔族の事を聞きたいとは、具体的にどういう事ですかな? 確かに、アブゾル教の信徒として長く人よりも歴史に詳しいとは自負しますが、魔族の研究をしてきたわけではないので、そこまで魔族の生態に詳しいわけではありませんよ」
「はい。今回は魔族の生態が聞きに来たのではなく、アブゾル教の魔族への見解を聞きたいのです」
エレンは、アブゾル教の教えには魔族を嫌っているという記述は無かったと言っていましたが、それを聞くと、テリトリオの神官達があれほど魔族を嫌っていた理由が分からなくなります。
確かに、神官長は私を嫌っていましたし、魔族扱いしていたのも知ってはいますが、例え権力があったとしても、他の神官がアブゾル教の教えに逆ってまで、魔族を嫌うのはおかしいと思います。
「見解ですか……。例えばどういう答えを望んでいますか?」
「単刀直入に聞くなら、アブゾル教にとって魔族は敵なのかどうかを聞きたいです。現に、アブゾル教が魔王と相対する勇者にタロウを任命していました。つまりは魔王を敵視していたと言う事ですよね?」
「なるほど……。勇者タロウを召喚したのはファビエ王国の国王でしたが、ファビエの教会の神官長がタロウを勇者に任命したのは確かです。ですが、それがアブゾル教の総意かと言われればそうではありません」
「はて? それはどう言う事ですか?」
ラウレンさんは道具袋から一冊の本を取り出します。そして、パラパラと本を開き、とあるページを開き私に見せてきます。
「これはアブゾル教の教典です。このページにアブゾル様の魔族に対しての見解が書かれています」
私はラウレンさんに教えてもらったページを読みます。
確かにこれを読む限り、アブゾルが魔族を憎んでいるとか、滅ぼそうとしている記述はありませんね。
「では、どうして魔族と人間は争うのですか? アブゾルが魔族を敵視していないのに、教会が魔王と敵対する勇者を任命するのもおかしな話です」
「レティシアさん。まずその見解が間違いなのです」
「はい?」
「確かに人間の中には魔族を憎んでいる者もいます。当然、魔族にも人間を憎んでいる者もいます。しかし、それは過去に起こった人間と魔族の争いが尾を引いているだけで、今現在も憎み合っているわけではないのです」
「過去の争い?」
そういえば、学校で人間と魔族の争いの歴史について勉強しましたね。しかし、アレはもう数百年も前の話です。
「もう数百年も経っているのに、まだ憎み合っているのですか? そんな事に意味があるのですか?」
「はい。恨みという感情はそうそう消えるものではありませんよ。例え、それが言いがかりだとしてもです。それに、過去の争いが今も尾を引いてる場合もあるのです」
「はい?」
「私も聞いた話ですので、詳しくは知りませんが、過去の争いで領土を奪われた人間は魔族領でいまだに奴隷として扱われていると聞いた事があります。それに、非合法ですが、人間達の人身売買の場にエルフや魔族が高値で取引されているとも聞いた事があります」
「そうですか。ですが、エスペランサでは、人間と魔族が仲良く暮らしているのではないのですか? 魔王クランヌさんも人間の王女と結婚すると聞きましたよ」
もし、魔族全体が人間を恨んでいるのなら、エスペランサの門番さんも私を問答無用で殺そうとしたはずです。しかし、あの門番さんは幼い容姿の私を見て、気遣いを見せてくれました。
あのブレインにしてもそうです。敵視している体ではありましたが、実際は殺気を全く発せず、私を試しているみたいでした。
その後に現れたクランヌさんも私の話をちゃんと聞いていましたし、グローリアさんとも知り合いの様でした。まぁ、知り合いでなければ婚約パーティーには呼ばないと思いますが。
「そうです。私も何度かお会いしましたが、クランヌ陛下は立派な御方です。それに奥方になられる姫君も素晴らしい御方だと聞いています」
「それならば……」
「レティシアさん。一つ確認をしたいのですが、人間は全てが善ですか?」
「はい?」
「聞き方が悪かったですね。もし、魔族の全てが悪だというのなら、魔族と相対する人間の全ては善ですか?」
あぁ、そういう事ですか。
勿論、人間の全てが善なわけがありません。
そもそも、全ての人間が善ならば、盗賊なんてゴミ供がいるわけがありません。そして、それを狩ってきた私自身も善だとは思っていません。
まぁ、中には正義のために盗賊を狩っている冒険者もいるかもしれませんが、私はただ、仕事として狩りやすい盗賊を殺しているだけです。そんな私が善なわけありません。
「要するに、魔族にも善と悪がいて、その悪がいつまでも恨みを持っていると?」
「いえ、人間にも明確な善悪が無い様に、魔族にも善悪があるわけじゃありません。例えばですが、自国が飢えで苦しんでいて、他国から生きるために領土を奪うのが悪と考えますか? そんな飢えた国を略奪者だと圧倒的な力で滅ぼし尽くすのが正義だと考えますか?」
ふむ。
確かにその通りかもしれませんね。
場合によってはどちらも悪、どちらも正義と言えます。
「戦争なんてものは始めてしまえば、どちらも悪なんです」
なるほど。
そういう考えならば、敵視という言葉では説明できなくなりますね。
「まぁ、長々と語ってしまいましたが、アブゾル教の本音としては、魔族と人間が手を取り合えるのが一番いいと思います」
「しかしです。アブゾルがそんな考えなのに、なぜ魔王と敵対する勇者を教会が任命するのですか?」
「まず、勇者が魔王と敵対しているというのが間違いなのです。アブゾル教の定める勇者は全ての人を導く救世主の事を言います。アレス君は魔王が世界を侵略しようという話を聞いていたので、魔王を討伐しようとしていましたが、それはクランヌ陛下の事ではありませんでした」
む?
今の話では魔王は別にいると?
まぁ、神を名乗る者もいたくらいです。魔王が複数いたとしてもおかしくはないでしょう。
「そうです。エスペランサでの仕事が終わったら、一度アブゾールへ行く事をお勧めします」
アブゾールですか。
確かに、一度は教会の総本山であるアブゾールに行ってみるのも面白いかもしれませんね。今回の依頼が終わったら、アブゾールに行く様な依頼を探して見ましょうか。
「分かりました。ラウレンさん。ありがとうございます」
「いえいえ、たいしたお話が出来ずに申し訳ありません」
「いえ、とても参考になりました」
私は教会を出て、一度エラールセに戻ります。
あ、そう言えば、エスペランサから帰ってきた事をグローリアさんに報告していませんでした。
私は、お城の門番さんにグローリアさんがいるかを聞きます。しかし、門番さんにはグローリアさんが今いるかが分からないそうなので、グローリアさんの執務室へと直接行く事にしました。
さて、いるかどうかは分かりませんが、執務室の扉をノックしてみましょう。返ってきますかね?
暫く待っていると、中から「入れ」という声がしました。どうやら、いるみたいです。
「こんばんわ」
「ん? レティシア、帰っていたのか?」
「はい。今日のお昼に帰ってきました」
「それにしては、報告が遅いな」
「はい。色々と別の用事をこなしていましたから」
「そうか。それで、エスペランサの門番に手紙を渡せたか?」
「いえ、渡せませんでした。ですが、魔王であるクランヌさんには渡しましたよ」
「なんだと?」
まぁ、元々、王族への手紙だったので、門番に渡さずに直接魔王であるクランヌさんに渡せたからいいと思うのですが、グローリアさんは浮かない顔をしています。
「お前……何か問題起こしてきたんじゃないだろうな……」
「なぜですか?」
「エスペランサに入らなくてもいい様に門番に渡せと言ったのに、なぜ魔王であるクランヌ殿がなぜお前と会えるんだ? 普通はありえない。どう考えても、お前が問題を起こしたとしか思えないんだ」
「問題なんて起こしていませんよ。失礼ですねぇ……。ただ、戦いを挑まれたので、少し戦っただけです」
「だ、誰にだ?」
「ブレインとか言う参謀です」
「ブレイン殿か……」
「はて? ブレインを知っているのですか?」
「そりゃあな。はぁ……。クランヌ殿に謝罪の書簡を送っておくか」
「なぜです? あっちから喧嘩を売って来たのですよ?」
「そういう問題じゃない。お前がエスペランサで問題を起こしたというのが問題なんだ。お前は、いや、リーン・レイはお前が思っている以上に有名になってしまっているんだ。その中でも、お前はとくに有名になっている」
「あぁ、それでブレインも私の事を調べていたのですね」
どうして魔族が私を調べていたか、気にはなっていたんですよね。最悪、グランドマスターの手下だと疑っていました。
「やはり、エスペランサ側もお前の事を把握していたか……」
把握?
調べるでは無くですか?
「まぁ、いい。どちらにしても、スミスの仕事が終わるまではお前は大人しくしておいてくれ。盾が完成したら、お前に連絡を入れる」
今は素直にしておきますか。
「分かりました」




