8話 魔王クランヌ
私は魔国エスペランサの参謀であり、四天王の一人、ブレイン。
目の前で、大剣を振るうのは、今話題の冒険者パーティ、リーン・レイで一番の悪名を持つ【神殺し】のレティシア。
本来ならば、敵対しても良い事は無いのだが、三週間後に依頼でエスペランサに来ると言っていた。
答えてはくれないだろうが、一応聞いておくか。
「お前は、誰の依頼で三週間後にエスペランサに来る事になるんだ?」
「ふふふ。冒険者は依頼人の事を簡単に喋らないんですよ」
「……そうか」
まぁ、そうだろうな。
この魔国エスペランサにも、人間の冒険者がたまに来ている。そいつらから冒険者のルールなども聞いたりしているから、レティシアがそういう反応をするというのも、分かっていた。
私は自分が作り出した魔剣を強く握る。
レティシアは私よりも遥かに強い。どう頑張っても勝つ事は不可能だろう。
では、なぜ戦っているか……。
レティシアの依頼主が知りたいわけではない。むしろ依頼主は大体想像がついている。
レティシアはエラールセ所属。エラールセには元ファビエの王女ネリー殿もいる。今回のクランヌ様の婚約パーティに友であるネリー王女や冒険者のレッグを招待している事を私達も知っている。恐らくだが、レティシアに依頼したのは、グローリア陛下だろう。
「ふっ」
「何を余裕ぶっているのですか? ムカつきますねぇ……」
レティシアはそう言って、大剣を振るってくる。
この大剣。とても立派なモノ……。未知の鉱石で作られた剣なのだろう。赤いとなればヒヒイロカネだが、この世界にヒヒイロカネは存在しないはずだ。
それに、こんな刃を殺してある剣で斬られたとしても斬り殺される事は無いが、これで殴られれば死にはしないにしても、間違いなく無事では済まない。
いや、打ちどころによっては死ぬだろうな……。
「余裕に見えるか? それは勘違いだ。俺はお前を脅威に思っているぞ?」
「そうですか? それにしては余裕そうに見えますね。そろそろ終わりにしましょうか」
チッ。
背筋が寒いな。
こいつの殺気に当てられているのか。
一瞬の油断……、いや、恐怖に当てられて反応が遅れた事で、私に隙が出来てしまった。当然、それを見逃すレティシアではない。
しまった!?
そう思った時には、もう手遅れだった。
レティシアの剣が私の肩に喰い込もうとした瞬間に「そこまでだ!!」と俺達を止める声がした。レティシアもその声で剣を止めた。
あの大きな剣を振り下ろす途中で止めたか。なんて力だ……。
「ブレイン。これはどういう事だ!?」
「クランヌ様……」
「クランヌ?」
俺達を止めたのは魔国エスペランサの魔王、クランヌ様だった。恐らく、門番のマイケルが、私とレティシアが戦い始めた瞬間にクランヌ様に報告を入れたのだろう。良い判断だ……。
「クランヌ……。あぁ、この人が魔王クランヌさんですか」
「私の事を知っているみたいだな。ブレイン、これは何の騒ぎだ? なぜお前が、こんな小さな女の子と戦っている?」
「それは……」
戦った理由。
こんな奴に、クランヌ様の婚約パーティに来て欲しくないというのもあるが、レティシアの力を見て見たかったというのもある……。いや、むしろ、そっちが本命だったな。
「聞いて下さい。私が偵察に来たのに、この人が邪魔をするんです。あ、表向きは手紙を届けに来たんです」
「表向き? 手紙? 誰からだ?」
「うーん。王族への手紙と言われましたし、門番に渡せと言われたのですが、魔王であるクランヌさんに渡しても問題ないのでしょうか?」
クランヌさん?
クランヌ様になんて口の利き方を……。
こ、こいつには敬意を払うという言葉がないのか!?
「お、おい……」
「ブレイン、構わないさ。それで、誰からの手紙だ?」
「エラールセ皇王、グローリアさんです」
「グローリア殿から?」
私はグローリアさんに渡された手紙をクランヌさんに渡します。クランヌさんは、手紙を開き読み始めます。
「ふむ。手紙の内容は理解した。だが、いくつか聞きたい事がある。構わないか?」
「別に良いですよ」
クランヌ様は、私に手紙を見せてくれる。
手紙にはレティシアについての注意が書いてあった。
もう少し早くこの手紙を読んでおきたかったな。
レティシアには、ある程度の話が通じる。だから、レティシアには喧嘩を売らない事。喧嘩を売られれば、すぐに買う傾向がある。
……。
そうか。私は選択を誤ったか……。
私は自分の行動を反省しながら、クランヌ様とレティシアのやり取りを見守る事にした。
「ところで、なぜ偵察に?」
「そうですね。転移魔法で転移するには、一度その場所に行っておく必要があるんです。だから、私一人で偵察に来たのです」
「そうか。なぜ、転移魔法でエスペランサに来る必要が?」
「本当は話してはいけないのですが、魔王クランヌさんに関係がありますから、話しておいていいかもしれませんね」
いいのか?
もしかしなくても、丁寧に話を聞けば答えてくれたのかもしれないな……。
「グローリアさんに依頼される予定の仕事は、ヘクセさんという貴族のお嬢さんをここに連れてくる事です」
「ヘクセ? 聞いた事の無い名だな」
クランヌ様は私の顔を見る。
ヘクセ嬢と言えば、確かエラールセの貴族の三女だったはずだ。そんな彼女がなぜエスペランサに?
もしかして、グローリア陛下の隠し子か?
いや、そんな情報は無いはずだ。
「はい。クランヌさんは知らないはずです。ヘクセさんは、私が仲がいいというだけで、あくまでダミーです。本命は姫様……。ネリー様とレッグさんとケンを連れてくる事です」
そうか。
ネリー王女は、ファビエの乱の責任を取って、すでに処刑され、死んでいる体だったな。表立って、連れてこれないという事か。
「そうか……。この手紙には、君がリーン・レイのメンバーだと書かれているが?」
「はい。そうです。レティシアと言います」
「なに!? レティシア!?」
ん?
クランヌ様のリアクションがわざとらしいな。
そもそも、クランヌ様や四天王筆頭であるマジックには、レティシアの特徴や情報は話してある。
なぜ、知らないふりを?
「そうか。君の噂は聞いた事がある」
「噂? 情報では無くですか?」
レティシアが私を見る。
アレは疑っている目だな。クランヌ様もこちらに目で何かを訴えている。
まぁ、レティシアの視線の意味は分からんが、クランヌ様が何を訴えているのかは分かるからな。
誤魔化せという事だろう。
「あぁ、お前の情報は私が集めていただけで、クランヌ様にはまだ話していない」
「そうですか……」
「ブレイン。噂では、彼女が勇者タロウを倒したと聞いた。本当なのか?」
「はい……。本当です。彼女、レティシアが勇者タロウを倒しました」
まぁ、タロウなどたいした脅威でもなかったが、アレでも勇者だったからな。
勇者は魔王を倒すために任命される。魔族からすれば完全に敵だから、まったく脅威はないと言えば、嘘になる。だが、そこまで気にもしてなかったのも事実だ。
「はて? 勇者タロウはただの雑魚でしたよ。貴方がたの方が強そうに見えますが?」
まぁ、そうだろうな。
四天王の中でも一番弱いハヤイでも、戦い方を考えればタロウには勝てるだろう。魔力を探れるレティシアがそう考えても不思議ではない。
「そうだな。ただ、我々魔族と勇者は敵対している。警戒してもおかしくないじゃないか」
「ブレイン。私が話をしているんだ」
「申し訳ありません」
クランヌ様が私を止めた?
何か考えがあるのか?
「どちらにしても、お礼は言わせてくれ。勇者タロウを倒してくれてありがとう」
クランヌ様は頭を下げる。
本来は王であれば決して許されない事だ。
だが、戦えない魔族の為に、勇者タロウを最低限警戒していたのも事実だ。タロウがいなくなって肩の荷が下りたのもまた事実だ。
「……分かりました。その言葉をお礼と受け取っておきます。とりあえず、私の用事も終わりましたから、今日は帰ります」
「あぁ。わざわざ、手紙を持ってきてくれた事も礼を言っておく」
「はい。では、三週間後に会いましょう。さようなら」
そう言ってレティシアは消えてしまった。
まさか、単独で転送魔法を使えるとは、驚きだ。
「あれがレティシアか。お前の集めた情報と違って、話が通じそうな娘だったじゃないか」
「はい。しかし、どうして知らないふりを?」
「グローリア殿の顔を立てたというのもあるが、自身の事を調べ尽くされるのはあまりいい気分じゃないだろう? それを考慮しただけだ」
「そうですか」
クランヌ様も色々と考えてらっしゃるようだ。
しかし、レティシア……。
「アイツはかなり危険ですね。私では手も足も出ませんでした」
「やはり、強さを見ていたか。お前も本気では無かったとはいえ、アレに勝てると思わない方がいいさ。お前の集めた情報では、あの魔神サタナスを倒しているんだろう?」
「はい。魔導王のジゼルが再現した魔神サタナス。出来損ないとはいえ、私達四天王が全員で挑んだとしても、勝てるかどうかわかりません。それくらいの強さは持っていたはずです」
今のレティシアならともかく、ジゼルを倒した時のレティシアでは、完全な状態でサタナスが復活していたら、勝てなかったかもしれない。
「クランヌ様。どちらにせよ、アイツは敵に回さない方が良いでしょうね」
「あぁ。私もそう思うよ……」
クランヌ様も私と同じ意見で……本当に良かった……。




