6話 恐怖のお嬢ちゃん
わしはもう数百年生きておるが、見た目の幼いお嬢ちゃんがこんなに怖いと思ったのは初めてじゃ。
そもそも、こんなに恐怖を覚えたのは、小娘を一度だけ怒らせた時以来じゃ。
こ奴も、あの小娘と同じ部類の人間なのか?
「レティシア、お前の剣をスミスに見せてやってくれないか?」
「はい」
剣じゃと?
グローリア陛下がわしに見せろと言うくらいじゃ、恐らくはこの鉱石で出来ておるのじゃろう。
む?
そんな剣があるのなら、わしが作らんでも盾を作る鍛治師がいるんではないのか?
お嬢ちゃんが取り出したのは、赤黒い刀身のお嬢ちゃんの身長以上の大きな剣じゃった。こんな剣をこんな幼子が扱えるのか!?
わしは、その剣に近付きじっくり見てみる。
む?
刃をそこまで鋭くはないな。むしろ、刃が丸く、斬る為の剣ではないな。これは、鈍器の類か?
「やはり、あの鉱石を使っておったか」
「あの鉱石ですか。なぜヒヒイロカネとは言わないのですか?」
「そうじゃな。お嬢ちゃんには悪いが、本物のヒヒイロカネを見たわしとしては、これを本物とは言えんのじゃ」
これはわしのプライドの問題なのじゃが、良い例えはないかのぉ……。
「例えばじゃが、お嬢ちゃんと容姿がほぼ似た人物がいるとするじゃろう? その人物にお嬢ちゃんの名前を呼ばないじゃろう? それと同じじゃ」
「はぁ……。全く意味が分かりませんが、もういいです」
「お嬢ちゃん。もう一度この剣を見せてもらっていいか?」
「いいですよ」
わしはお嬢ちゃんから剣を渡される。
この剣、見た目以上に重いな。恐らくじゃが、これは聖剣の類じゃ。持ち主以外が持てば重くなるようになっているのじゃろう。
美しい剣じゃ。装飾は全くない。これを一言で言うなら、武器以外の役割の無い武器じゃ。
しかし……。
「実によくできておる。グローリア陛下。こんな武器を作れる鍛冶師がおるのなら、わしに盾を作らせなくてもよいじゃろう?」
「そうなのだが、それを作ったのはレティシアだ」
「なんじゃと!?」
グローリア陛下の話では、このお嬢ちゃんには、自分の望むモノを作り出す能力があるらしい。
そんな能力、他の国がエラールセを滅ぼしてでも欲しがるぞ!?
「やはり、ヒヒイロカネの盾は作らん方がいいんじゃないのか?」
「なに?」
「こんな盾を作ってしまえば、お嬢ちゃんの存在が世界各国に広まってしまう。グローリア陛下がこの娘を独占したいのであれば……「ちょっと待て」なんじゃ?」
「お前は何を言っているんだ?」
「なんじゃと?」
「俺がレティシアを独占? そんな事できるわけないだろうが。そんな事をしてみろ……。エラールセが滅んでしまうわ」
陛下は何を言っておるんじゃ?
このお嬢ちゃんを独占したら、エラールセが滅ぶ?
ま、まさか……。すでにこのお嬢ちゃんはどこかの国の御付きなのか!?
しかし、エラールセ以上の強国となると……。アブゾール以外に思い浮かばん……。
「安心しろ。レティシアはどこの国にも縛られないってだけだ。信じられないと思うが、こいつは一人で国程度なら簡単に滅ぼせる」
「安心してください。エラールセは住みやすいですし、リーン・レイもセルカの街を拠点にしていますから、滅ぼしませんよ」
「そうか。そう言ってくれると安心する」
こ、この二人は何を言っておるのじゃ? 会話についていけん……。
困惑するわしの肩をイラージュが叩く。
「慣れてね……」
慣れろと言われても、目の前の会話は明らかに異常じゃぞ?
しかし、イラージュはため息を吐いて、もう一度、肩を叩いてくる。
……。
そうか、触れちゃいかんのだな。
しかし、わし自身が、この鉱石に魅力を感じているのは確かじゃ。
ヒヒイロカネとは言えんが、ヒヒイロカネの様な魅力がある。
「グローリア陛下。一つ聞いていいか?」
「なんだ?」
「盾を作った報酬は何なのじゃ? 希少な鉱石とは聞いていたが、もしかしてと思うが……」
本来であれば、この偽物を世に出させるのは良くない。しかし、この鉱石を手に入れたいというのが本音じゃ。そのくらいこの鉱石には魅力がある。
「レティシア。報酬の為にヒヒイロカネを創造してくれるか?」
「まがい物と言われて少し腹が立ちますが、別にいいですよ。スミスさん、何か鉱石を一つ用意してくれんか?」
「む? なぜじゃ?」
「その鉱石をベースに創造しますから」
鉱石をベースにか……。だから、
わしは道具袋から、ミスリル原石を取り出す。
こ奴はわしが一番大事にしている鉱石じゃ。
人間も化粧で自分を飾る事があるじゃろう。今回の事を、わしはそれと同じじゃと考えておる。
「大事に扱うんじゃぞ」
「えい」
おぉぉおおおい!?
なんでいきなり地面に落とす、いや、投げつけるんじゃ!?
「あはははは。少し嫌がらせをしてやりました」
「おいおい」
「な、何て事をしよるか!?」
わしは、大事なミスリル原石を拾い上げる。
「グローリアさん。報酬は盾を作った後です。このおかしな人が、ヒヒイロカネを持ち逃げするかもしれないですからね」
「そんな事はせんわ!」
このお嬢ちゃんの中で、わしはどういう人間に見えているのか……。いや、わしはドワーフじゃった。
長く生きていると、自分の種族を間違えてしまうな。
もしかして……。
「お嬢ちゃんの小ささ、もしかして同族、ドワーフか!?」
「違いますよ。あんな小さな種族と一緒にしないでください。殺しますよ」
「お、おい。グローリア陛下。このお嬢ちゃんのわしの扱いが酷くないか!?」
「そうだな。レティシア、スミスの事はどうでもいいが、ドワーフには罪はないんだぞ。ドワーフの悪口はよせ」
「あ、そうですね。ドワーフのみなさんに失礼な事を言ってしまいました」
「そこではない!! わしの扱いじゃ!!」
くそっ。
ここにはわしの味方がおらん。
「イラージュ。このお嬢ちゃんは少しおかしいぞ。そもそも、グローリア陛下と親し過ぎやせんか!?」
「そこは否定しないけど、さっきも言ったけど、慣れてもらわないと困るわよ。この子からすれば、これが普通の日常なんだから……」
何を言っておるんじゃ?
やはりこの娘は……グローリア陛下の娘なのか?




