5話 スミス、エラールセに立つ
ここはエラールセ皇国。心優しい皇王、グローリア陛下が治める国じゃ。
しかし、そんな優しい皇王でも、周辺国の貴族や国内の貴族からは狂皇と呼ばれ恐れられておる。
各国を回ったわしだからこそ知っておる事なのじゃが、この国の治安は他国と比べてかなり良い部類じゃ。これも狂皇グローリア陛下の功績じゃ。
「相変わらず平和そうな街並みじゃ。しかし、もう数年はこの街に来ておらんから、鍛冶ギルドの場所を忘れてしまったのぉ……。どこじゃったか」
各町の入り口付近には、案内板があるはずなのじゃが、その場所すら分からん。困ったのぉ……。
「スミス様。お待ちしていました」
「む? お主はなんじゃ?」
困っていたわしに、いきなり声を掛けてきおったのは、どこかで見た事のある奴じゃった。
……ただ、誰かは分からん。
わしが思い出そうと頑張っておると、目の前の男が笑顔で話し掛けてきおった。わしは男じゃからなんとも思わんが、女ならイチコロじゃろうな。
「お久しぶりです、スミス様。私はこの国の鍛冶ギルドのギルドマスターのカーザと言います」
「おぉ。そうかそうか。丁寧に済まんの。早速で悪いが、鍛冶ギルドに案内してくれんか? 鍛冶ギルドに、わしの案内役がおると小娘が言っておった」
「小娘?」
「グランドマスターの小娘じゃ。エラールセに着いたら鍛冶ギルドに行けと言われたんじゃ。そこにさらにエラールセ城までの案内役がおるはずなんじゃ」
「グランドマスターを小娘……。そ、そうですか。では、案内します」
わしはカーザという小僧についていく。しかし、こ奴が鍛冶ギルドのギルドマスターか。
見た目はかなり若く見える。わしの様に年を取らなくなったのならば、Sランクになっているはずじゃが、アブゾールのギルドマスターが、鍛治ギルドのSランクは、わししかおらんと言っておった。それを信じるのなら、こ奴は見た目通りの年齢なのじゃろう。
「お主の年齢は何歳じゃ?」
「二十八歳です」
「ほぅ。随分若いのに、ギルドマスターとはすごいのぉ」
「いえ、スミスさんやAランクの鍛冶師達の皆さんと比べれば、私はまだまだ若輩です」
「随分と謙遜しよるの」
ふむ。
こ奴は、大物になりそうな予感じゃな。若いのが育っておるのは良い事じゃ。
「着きましたよ」
「おぉ、案内ご苦労じゃったな」
わしは鍛冶ギルドの建物に入る。すると、鍛冶ギルドに見た目は厳ついが、女が着る服を着ているおかしい奴がいた。
アレは……、わしの記憶が危険と言っておる。
「スミス、久しぶりね」
「思い出したぞ。男女ではないか」
わしはこ奴が苦手じゃ。
いや、顔が苦手ではなく、こ奴はわしにすぐに文句を言ってきよる。正直、うるさいんじゃ。
「スミス。来たばっかりで悪いけど、まずはお城に付いて来て貰うわよ」
「なんじゃ? ここで話をするんじゃないのか?」
「今回、あんたに依頼する仕事は、あまり他人には聞かれたくない内容なのよ」
「何? まさか犯罪組織の依頼じゃないじゃろうな。わしとて鍛治師のプライドがあるから、犯罪組織の依頼は受けんぞ」
「はぁ……。陛下が関わっているのに、犯罪組織なわけがないでしょう。あんたに加工してもらうのは、訳ありの鉱石なのよ」
「な、なに!?」
訳ありの鉱石と聞いて、わしはついつい鼻息が荒くなってしまう。一体、どんな鉱石なのじゃ?
「はぁ……はぁ……」
「知りたければ、今は黙ってついてきなさい。後、興奮しないで頂戴。気持ち悪い」
「見た目が危険人物な、お前に言われたくないわい」
「なんですって?」
わしとイラージュは睨み合ってから、エラールセ城へと向かった。
エラールセ城に着いたわし等は、客間へと通される。ここで、グローリア陛下を待つそうじゃ。
「イラージュ。ここなら誰もおらん。訳ありの鉱石とはなんじゃ? さっきから気になって仕方ないのじゃ」
「そうね。詳しい話は陛下がする事になっているけど、鉱石くらいなら言っておいていいかもね。あんたに加工して欲しいのはヒヒイロカネなのよ」
「なに?」
こ奴は今何と言った?
ヒヒイロカネと言ったか?
「何を馬鹿な事を言っておる? アレはもうこの世界には存在しないと聞いたぞ?」
「誰にそんな事を聞いたのよ」
「アブゾルじゃ。まぁ、実際はアブゾルの神託を受けた教皇と言った方がいいかのぉ……」
「神託? あんたって無神論者じゃなかったかしら?」
「そうじゃ。この世界に神などおらん。仮に、いたとしても、人間にそこまで関与するとは思えん」
そんなモノが本当にいたら、この世界に争いなどなくなっているはずじゃ。
しかし、この世界は争いに満ちておる。だから、わしは神を信じん。
「信じていないのなら、なぜ神託でヒヒイロカネが無いと言われて、信じているの?」
「わしが文献を読み漁り、数百年間探し続けて見つかったのは、ファビエにあったヒヒイロカネだけじゃ。あれ以外はどこにもなかったし、噂すら聞かなかった。ファビエの当時の王も異世界人が元々持っていたモノだと言っていた。だから、あの鉱石はこの世界の鉱石ではないと思っておる」
「異世界人というのも気になるけど、まぁ、詳しい話はグローリア陛下に聞いて頂戴」
わし等が暫く待つと、見た事のない小娘を連れたグローリア陛下が部屋に入って来た。あの小さいのは何じゃ? まさか、グローリア陛下の娘か?
「スミス。わざわざ呼び出して済まんな」
「よいよい。わしとお主の仲ではないか」
「あぁ。単刀直入に言う。お前に加工してもらいたい鉱石はコレだ。レティシア、頼む」
グローリア陛下は、小娘に何かを出してくれと頼んでおる。小娘は「はい」と答えて、何もない空間から赤いモノを取り出しおった。
アレは空間魔法か? 確か空間魔法は熟練の魔導士でないと使えぬはず……。見た目に反して凄い魔導士なのか?
しかも、あの取り出した赤い鉱石は……。
「これがヒヒイロカネなのか?」
「そうだ。これで盾を作って欲しい」
「なぜ盾を作らせようとする?」
「魔国エスペランサの魔王クランヌ殿が婚約するのを知っているだろう?」
「いや、知らん」
「そ、そうか。まぁ、クランヌ殿にお祝いの品をと思ってな。それでヒヒイロカネの盾を送りたいんだ」
「なるほどのぉ……」
わしはヒヒイロカネをじっくり見る。
ふむ。
「実に精巧にできておるが、これはヒヒイロカネではないな」
「なに?」
「これは限りなくヒヒイロカネに近い何かじゃ。実際のヒヒイロカネとは呼吸が違う。このヒヒイロカネの呼吸はミスリル……いや、ゴールドか?」
不思議なモノじゃ。
わしは一度だけヒヒイロカネの本物を見た事がある。ヒヒイロカネにはヒヒイロカネの呼吸がある。しかし、このヒヒイロカネのようなモノは、ゴールドに似た呼吸をしておる。
「全く……。お前にこれを見せたらどういう反応をするかと思っていたが、まさか一目で気付かれるとはな」
「それはそうじゃ。鉱石は嘘を吐かん」
人間一人一人に顔がある様に、鉱石一つ一つにも顔がある。これは作られたモノの顔じゃ。
「こんな事を試そうと、わしを呼んだのか?」
「いや、それを加工して欲しいのだ」
「嫌じゃ」
こんなまがい物の鉱石に関わりたくはない。こんな……。
「ふむ。見れば見るほどよくできておる。これを作ったのは誰じゃ?」
「私です」
小さな小娘が前に出てきおった。そして……。ワシの腕を掴みおる。色仕掛けか?
じゃが、わしを相手するには少し幼なすぎるのぉ……。
ミシッ!?
「いだぁあああああああ!!」
な、なんじゃ、この握力は!? この小娘、わしの腕を握り潰そうとしておる。
「ガタガタ言わずに、貴方は言われた通り、盾を作ればいいんですよ」
「は、離すのじゃ。腕が潰れたら、それこそ作れんようになるわ!?」
「それもそうですね」
小娘はわしの腕から手を離す。
な、なんじゃ。この凶暴な小娘は……。
「あ、自己紹介がまだでしたね。そのまがい物を作ったレティシアと言います」
こ、この小娘がヒヒイロカネを作った?
そんな馬鹿な……。




