4話 スミス
グローリアさんにスミスさんの事を報告した後、ヘクセさんを家まで送りました。
「イラージュ先生、レティシアさん。送ってくれてありがとうございます」
「ヘクセさん。グローリアさんは護衛の話はまだするなと言っていましたから、まだ、父親に話してはいけませんよ」
「わ、分かっています。それに、話しても、信じてもらえませんよ」
「はて? 父親に嫌われているのですか?」
「え!? 違いますよ。むしろお父様は、私に対して甘々です。私は、グローリア陛下と初めて御会いしたくらいですから、こんな話をお父様にしたとしても、信じて貰えないという事ですよ。むしろ、こんな事をいきなり言い出したら、逆に頭がおかしくなったと心配されてしまいますよ」
「ふむ。それもそうですね。分かりました」
私が納得していると、イラージュ先生が真剣な目で私に「もし、ヘクセちゃんが父親から嫌われていたらどうしていたの?」と聞いてきました。
あはは。
そんなの決まっているじゃないですか。
私は笑顔でイラージュ先生を見つめました。
「あぁ……。そういう事ね。理解したわ」
「え?」
流石はイラージュ先生。理解してくれて何よりです。ヘクセさんは意味が分かっていませんでしたが、これから分かってくれればいいです。
「じゃあ、レティシアさん。イラージュ先生、さようなら。気を付けて帰ってくださいね」
「分かりました」「えぇ」
ヘクセさんと別れた後、私達は私の家へと向かいます。なんと、今日はイラージュ先生が晩御飯を作ってくれるそうです。
一週間ほど前にイラージュ先生が食事を作ってくれると言ってくれたのですが、イラージュ先生は見た目が危険な人なので、作る料理も危険だと思っていました。
しかし、イラージュ先生の料理を食べた私達は衝撃を受けました。
こんな見た目なのに、本当に美味しいご飯を作るんです。料理上手のエレンとカチュアさんですら勝てないと言っていました。本当に衝撃です。
「はぁ……。スミスを出迎えるねぇ……。アイツ、私を見て逃げないかしら……」
「その姿が危険だと……、やはり自覚していたんですか?」
「……」
イラージュ先生の無言の笑顔が恐ろしいです。
「ご、ごめんなさい」
下手に怒らせて、ご飯を作ってくれなかったら困ります。ここは素直に謝っておきましょう。ついでに話を変えておきましょう。
「ところで、スミスさんが来るのは三日後です。私達はただ待っているだけですか?」
「レティシアちゃんは、普段通りに過ごせばいいわよ。あ、ヒヒイロカネだけは用意しておいてね。私はスミスが泊まる宿の手配をするわ」
「はて? スミスさんが勝手に宿をとるのでは?」
そもそも、なぜ宿をとるのでしょう?
お城の客間を借りればいいと思うのですが、まさか、グローリアさんがスミスさんに貸したくないという事でしょうか?
「グローリアさんはケチなのですか?」
「どうしてそうなるの? ただのスミスの我が儘よ。寝る前に町へと繰り出したい……これが建前……いえ、本音ね。それに、アイツに宿を手配なんてできないわよ」
「はい? できない?」
建前という良く分からない言葉が出てきましたが、それよりも気になったのが、手配が出来ないという事です。
確かに、私も遠出の時は、エレンやカチュアさんが宿をとってくれますが、私にも宿くらい手配できますよ。
「アイツは、鍛冶以外の能力が限りなく低いのよ。いえ、戦闘能力もそれなりに高いわね。放っておいたら、道端で寝ているわ」
「それだったら、お城の客間を借りればいいんじゃないんですか?」
「それをスミスが嫌がるのよ。だから、スミスが仕事をするときは、誰かが宿を用意しているの。そうじゃないと……道端で異常な行動を……いえ、何でもないわ」
「はい? まだ何かあるのですか? そういえば、さっき建前と言っていましたね」
「いえ……。これはレティシアちゃんには言う必要ないわ……気分が悪くなるもの……」
「なんですか? 気になるじゃないですか」
「でも……。レティシアちゃんは見た目が……その……」
「なんですか? 私は十六歳ですよ」
「そ、そうだったわね。いえ、十六歳でも、あまり話したくないんだけど……仕方ないわね」
イラージュ先生はため息を吐きます。よほど危険なのでしょうか?
「スミスはね。鉱石に興奮するのよ。夜な夜な鉱石を見て……と、特殊な性癖があるそうなの。私も詳しく知らないし、誰も見た事がないんだけどね。でも、スミスの部屋からは毎晩、鉱石の名前を呟きながら息を荒くしているスミスの声が聞こえるそうよ……」
……。
いえ、人の性癖をどうこう言うつもりはありませんが……。
「気持ち悪いですね。あ、本音が出てしまいました。ともかく宿を用意するよりも牢屋にぶち込んでおけばよくありませんか?」
「いくらなんでも犯罪者じゃないからね……。それに職人として来てもらっているから、丁重に扱わないといけないわ。ただ、宿と言っても完全防音の怪しい宿屋を手配するから大丈夫よ……」
「そうですか……」
スミスさん。
予想以上に恐ろしい人みたいですね……。
≪スミス視点≫
わしはスミス。
二百年以上生きている鍛冶師じゃ。今は神聖国アブゾールで、聖槍を作る仕事をしておる。
聖槍はほぼ完成しておるが、装飾がなかなか上手くいかん。
わしが悩んでおると、鍛冶ギルドのギルドマスターがわしを訪ねてきおった。
「なんじゃ?」
「スミスさん。グランドマスターからの伝言で、特別な依頼があるので、三日後にエラールセに行って欲しいとの事です」
「嫌じゃ。聖槍が出来ておらんのに行けん」
「しかし、後は装飾だけでしょう? そもそも、元の完成図通りに作っていただければよかったですのに、わざわざ装飾を追加するからです」
「なんじゃと? 貴様はわしのやり方に文句があるのか?」
「はい。ありますよ。元々は、四日前には完成しているはずだったのに、スミスさんの我が儘で今までかかっているんじゃないですか」
「だって、装飾が決まらないんだもん」
わしは可愛くぶりっ子してみる。
「だもんって……、気持ち悪いのでやめて頂けませんか?」
なんじゃ?
お爺ちゃんが可愛く言っておるのに、なぜ心が動かんのじゃ?
そ、そうか! 鉱石が欲しいんじゃな。
「よし。これをお前にやろう」
ワシはとっておきの鉱石をギルドマスターに渡す。
「これはなんですか?」
「ミスリルの原石じゃ。綺麗じゃろ? 興奮するじゃろ?」
「鉱石で興奮するのは貴方だけです。あ、鉱石と言えば、グランドマスターの依頼を受ければ、特殊な鉱石が報酬としてあるそうですよ」
「なに!?」
特殊な鉱石じゃと?
まさか、ミスリルの大きな原石か? それとも……、あ、オリハルコンの原石か?
ま、まさか……。
「み、ミスリルの属性付き鉱石か?」
「そこまではグランドマスターは話してくれませんでした。だから、それは分かりません。とりあえずは興奮するのは止めてください」
「あ、あぁ……。すまん」
ついつい鼻息が荒くなってしまった。
しかし、珍しい鉱石の話を聞いて興奮するのは仕方ないではないか。
「しかし、エラールセ皇国も面白い依頼を出しますよね」
「なにがじゃ?」
「スミスさんを指名してくる事ですよ。スミスさんは鍛冶ギルド唯一のSランクです。そんな人を欲しているなんて、どんな鉱石を用意しているのでしょうね」
「そうじゃな。しかし、エラールセがわしを指名してくるのも分からんではないがな」
「それはどうしてですか?」
「わしとグローリア陛下は、旧知の仲じゃ。まぁ、もう五年は会ってはいないがの」
「はぁ……」
「なんじゃ?」
こ奴はなぜ怪訝な顔をしておる?
あぁ、グローリア陛下は狂皇と呼ばれた人じゃったな。怖がっておるのじゃろう。
しかし、なぜこんないコイツの顔を見ていると腹が立つのじゃろう?
「スミスさんの妄想はどうでもいいとして、どちらにしても、三日後に迎えが来るそうなので、それまでに聖槍を仕上げておいてください」
「三日後か……。しかしじゃな」
「装飾だけなのですから、ちゃっちゃとお願いします」
「いや、しかし」
「元々のデザイン通り作ってください。それでも素晴らしい槍が出来るのは、貴方のおかげなのですよ。スミスさん」
「そ、そうかの?」
ほ、褒められると嬉しいではないか。
「さぁ、二日で聖槍を仕上げてください。貴方ならできる筈です」
「わ、わかったぞぃ!!」
さぁ、さっさと聖槍を仕上げるぞい。
わしは一心不乱に仕事に打ち込む事にした。
三日後。
「やぁ、迎えに来たよ」
「む?」
わしの目の前に仮面をつけた女が立っておる。グランドマスターじゃ。
「久しぶりだね。スミス」
「そうじゃな。小娘自らが迎えに来たのか?」
「あはは。小娘と言っても見た目だけで、スミスよりも長く生きているんだけどね……」
「そんな事は知らんわい」
まぁ、Sランクになって歳をとらんようになったのはわしも同じじゃからな。たいした問題でもないじゃろう。
そう言えば、グローリア陛下にはわしは四十代と言っておったかのぉ……。見た目が変わっておらんから、不思議がるかもしれんのぉ……。
「ほれ。わしをエラールセに送るんじゃろう?」
「あぁ。向こうに着いたら鍛冶ギルドに向かってくれるかい? 鍛冶ギルドに案内役を待たせてある」
「ん? お主も一緒にエラールセに行くんじゃないのか?」
「私は、アブゾールで用事があるからね。君を送ったら、このままこちらに残るよ」
「そうかい」
わしは小娘の用意した魔法陣に乗る。
「では、いって来るぞい」
「あぁ。向こうでしっかりお願いするよ」
小娘は手を軽く振っている。
む?
なにやら、妙な雰囲気を感じたが……。
気のせいじゃろう。




