2話 事情を知らないヘクセさん
ベアトリーチェを倒してから、一週間が経ちました。
あの日から授業が無かったのですが、久しぶりに授業があると連絡が入ったので私達は学校へと行く事にしました。
どうやら、比較的安全な授業をする治療師の授業をするそうです。
しかし、今回の事でクラスの生徒が激減したそうです。
生徒達は、学校に来るのが恐ろしくなったらしく、辞めていく者が多いのだとか……。
うちのクラスの冒険者志望の人達も学校を辞めたそうです。
中には「あんな風に一撃で殺されるのに、治療魔法の意味はないじゃないか」と言い辞めていく人もいるみたいです。馬鹿としか思えません。
エレンとカチュアさんも私と同じ考えの様です。
「冒険者をやっていくのであれば、治療ギルドの利用頻度が高くなると思うのですが、アホとしか思えませんね。エレン様もそう思いませんか? 」
「あはは。流石にアホは言い過ぎだと思うけど、治療魔法の事を学んでおいて損はないと思うな。今回みたいな事の方が稀だからね……」
確かにその通りです。
そもそも、このクラスの冒険者志望の人達は口だけでとても弱かったです。
それなのに、治療魔法の事を疎かにするとは馬鹿丸出しです。
正直な話、実力も無く冒険者をすれば、死なない以上、治療魔法のお世話になるのは間違いないですし、治療魔法で出来る事を把握しておけば無茶もしなくなるでしょう。
いえ、そのくらいの事も分からないのであれば、死んだ方がいいかもしれませんね。
「レティシアさん。おはようございます」
「おはようございます、ヘクセさん。あ! 貴族である父親から、話は聞きましたか?」
「なんの話ですか?」
おや? 聞いていないのですか?
エラールセの皇王であるグローリアさんからのお話なので、もうすでに貴族であるヘクセさんの父親には話がいっていると思っていたのですが……。
もしかしたら、ヒヒイロカネの盾が出来てから言うつもりなのでしょうか?
まぁ、先に言っておいても問題ないでしょう。
私は、ヘクセさんに指名依頼の話をします。エレン達には昨日のうちに話をしてあるので、驚きはしませんでしたが、ヘクセさんは物凄く驚いています。
「え!? そ、そんな話は聞いていませんよ!? お父様は何も言ってなかったし、そもそも私の家とエスペランサのクランヌ陛下とは何の接点もないんですよ!?」
「そうなのですか? グローリアさんがダミーに使うと言っていたので、エスペランサと関係があるのだと思っていました。だからこそ、私達、リーン・レイに指名依頼を出すと思っていました」
私がそう言うとヘクセさんの顔が青褪めます。
「ちょ、ちょっと待ってください!? 私は、お父様にリーン・レイのみなさんとの関係は話していませんし、そもそもどうしてグローリア陛下が、一貴族の、しかも、三女でまったく価値の無い私の護衛をわざわざ指名依頼で依頼するんですか!?」
「それは知りません。グローリアさんに聞いて下さい」
「ぐ、グローリア陛下に!? そ、そんな事ができるわけないじゃないですか!?」
はて?
ヘクセさんは何をそんなに怖がっているんですかね?
「わ、私……、狂皇様に何か無礼な事をしたのかなぁ……」
ヘクセさんは泣きそうになりながら、そう呟きます。
あ、そういえば、グローリアさんは狂皇と呼ばれて、エラールセ貴族から恐れられているんでしたね。
「どちらにせよグローリアさんがそう言っているのですから、指名依頼は確定です。もしかしたら、ヒヒイロカネの盾が出来上がってから、ヘクセさんのお父さんに言うつもりだったんですかね?」
「ひ、ヒヒイロカネの盾が出来てから!? クランヌ陛下の婚約発表のパーティは一月後ですよ!? 今から作って間に合うのですか!?」
はて?
婚約発表パーティ?
そんなモノがあるなんて初耳ですね。
「そうなのですか? そのクランヌという人のパーティがある事を初めて知りました。それならば、グランドマスターを急かして、さっさとスミスさんをエラールセに呼んで貰わなければいけませんね」
「え? なんの事?」
「あぁ。グランドマスターがスミスさんをエラールセに派遣してくれると言っていたんですよ。盾がどれくらいで出来るかは知りませんが、時間がかかるのなら早く呼んで貰わないと困ります」
これで間に合わなかったら、色々な意味で笑えませんからね。
「だ、ダメですよ。グランドマスターや学長は、今回の事で学校内が混乱しているから、それの対処で忙しいはずです。邪魔しちゃダメですよ」
「そうなのですか? しかし、グランドマスターの事情なんてどうでもいいです。私も遅れられても困るんです」
「だ、だから……」
私とヘクセさんが話をしていると、イラージュ先生が教室に入ってきました。
「授業を始めるわよ。席に着きなさい」
私達は自分の席に着きます。
「はぁ……。馬鹿な生徒が一斉に辞めちゃったから、教室も寂しくなったわね。まぁ、辞めていった子達は、きっと後悔するでしょうけど、まぁ、自業自得よね」
イラージュ先生は、危険な笑顔を浮かべていました。背筋が凍りそうですね。
授業が終わった後、帰ろうとした私をイラージュ先生が呼び止めます。
「レティシアちゃん。スミスが来る日が決まったわ。三日後という事よ。陛下には、スミスの事を話してあるの?」
「はい。スミスさんが来る日が正確に分かったら、報告してくれと言われています。今すぐに報告に行きましょう」
「そうね。陛下にも準備が必要でしょうし、今すぐ報告に行きましょう」
「はい。エレンとカチュアさんは先に帰っておいてください。報告だけですので、すぐに帰れると思います」
「うん。分かったよ。気を付けてね」「はい。おやつを用意しておきますね」
私達は、エレンとカチュアさんと別れてから、グローリアさんの下へと向かおうとしますが、ヘクセさんが付いて来ようとしません。
「ヘクセさん。行きますよ」
「え!? わ、私が狂皇様のところに!?」
「嫌なのですか?」
「だ、だって……。私は直接御会いした事は無いですけど、狂皇様と呼ばれているくらいですから……、怖いんじゃないんですか……?」
グローリアさんが怖いですか……?
人の好い王様だと思いますが、なぜそこまで怖がるのでしょう?
「大丈夫ですよ。狂皇と呼ばれていても、優しい人です」
「そうよ。エラールセに住んでいる以上、狂皇を恐れるのは分かるけど、実際の陛下はとても優しい人よ。それともヘクセちゃんは、陛下と敵対するつもり?」
「そ、そんな訳ありません!!」
「そうでしょう? だったら大丈夫よ。そもそもヘクセちゃんはレティシアちゃんのお気に入りだからね。だから大丈夫よ。陛下がレティシアちゃんを怒らせる事をするわけがないしね」
「そうですね。ヘクセさんは、私の大事なおもちゃです」
「おもちゃと言われるのは、腑に落ちないけど……。分かりました。覚悟を決めます」
ヘクセさんを説得した私達は、グローリアさんに報告すべく、エラールセ城へと向かいました。




