43話 間違い訂正
今のグラヴィの姿は顔がドラゴンで、引き千切ったはずの翼も元に戻り、尻尾も生えています。全身には、変身前と同じ漆黒の龍鱗に覆われています。
さっきまでと違う所は、一枚一枚が大きかった龍鱗が、今は体に合わせて小さくなっており、密度が高まっています。
「くくく。僕は巨躯というのに憧れていたのだがな。実際に自分が巨躯になってみると、愚鈍なお前の攻撃も避けられなかった。しかし、この進化した体なら、お前の攻撃にも対処できそうだな……」
愚鈍とは腹が立ちますね。
私はグラヴィを薙ぎ払おうとしましたが、簡単に避けられました。
ふむ……。
確かに、大きさが人間と同じくらいに戻っているので、素早く避けられてしまい、攻撃が当たりません。
「無駄だ。まぁ、当たったとしても、僕の龍鱗は今までのモノとは違う。試してみるか?」
「はい。試します」
グラヴィは腕を組み、仁王立ちしています。
私は【身体超強化・剛】を解き、グラヴィを斬りつけました。しかし、ファフニールがグラヴィの首を斬り飛ばす事はありません。ガキィッ! という音と共に首で止まってしまいました。
あ、元々斬れ味はあまりありませんから、首を刎ねる事はできないとは思ったんですがね。力で頭を飛ばせると思ったのですが、どうやら通常の状態では多少反動を与える程度の様です。
これならば、【身体超強化・剛】を使えば、殺す事は可能だと思います。
「くはははは。やはり効かぬようだな。哀れだ。哀れすぎるぞ!!」
ふむ。
私は、わざとらしく「そ、そんな」という顔をして見せました。すると、グラヴィの顔が笑みで歪みます。
攻撃してみた感想ですが、多少は防御力も上がっているみたいですね。
いえ、単純に龍鱗の密度が高まっているので、それで防いでいるだけですか。
「グラヴィ、自我が戻ったのかい?」
余裕ぶるグラヴィの後ろにベアトリーチェが現れます。
どうやら彼女にとっても、グラヴィの進化は予想外だったのでしょう。
「ベアトリーチェ様。僕は滅竜ヨルムンガンドとして完全に覚醒しました」
「あぁ。それでこそ、私の可愛いグラヴィだ」
「ぷっ!」
駄目です。
グラヴィ達がヨルムンガンドと言う度に、笑ってしまいます。
ついつい笑った私を見て、二人は怪訝な顔をしています。
そうですね……。
そろそろ教えてあげますか。
「何を笑っている?」
「いえいえ、貴方がたの無知さについつい笑ってしまうだけですよ」
「なに?」
グラヴィのトカゲ顔が少し歪みます。怒っているのですかね?
「あはははは。私は親切ですから、無知な貴方達に真実を教えてあげますよ。グラヴィ、貴方はヨルムンガンドじゃありませんよ?」
「なんだと?」
グラヴィは私の言葉に首を傾げてから、高笑いを始めます。
「くははははは。現実を受け入れられないのか!? 僕の体は漆黒の龍鱗。僕こそが滅竜ヨルムンガンドだ!!」
「だから、貴方はヨルムンガンドではありませんよ」
「まだ言うか!?」
グラヴィは憎々しい目で私を睨みつけてきますが、それが真実なのでしょうがないじゃないですか。
「もう一度言いますよ。貴方はヨルムンガンドではありませんよ」
「絶望的な状況に嘘を吐く事しかできなくなったか? 哀れだな……」
「え? 嘘じゃありませんよ。そもそもヨルムンガンドは死んでいませんし」
ヨルムンガンドなら、今頃、家で自堕落な生活を送っていますから。
「レティシアよ。もう、お前には勝ち目がないというのに、そんな嘘を吐いて何のためになる? 今のお前にできる事は、僕達に許しを乞うて、僕達の部下になる事だ!!」
「はぁ? 何を言っているのですか?」
「グラヴィ。もういい。目の前の真実を受け入れられない、この哀れな小娘を殺してやれ。この小娘は神である私を愚弄した。それだけで万死に値する」
ふむ。
ベアトリーチェも同じような事を言っていますね。
あ、そう言えば、ベアトリーチェも間違った神族の文献を読んだのでしたね。それは間違えているはずです。
「だから、それは真実じゃありません。間違っていますよ」
「何が間違いだというのだ!?」
ベアトリーチェの言葉も少しだけ荒くなります。
「貴女がたが言う滅竜はヨルムンガンドではありませんよ?」
私は部分転移魔法を使い黒蛇を召喚します。
「な、なんだ!?」
「黒蛇。何をしていましたか? 昼寝ですか?」
「馬鹿か!? 家にはカチュアがいるとはいえ、危険だと聞いて警戒してたわ!!」
「へぇ。珍しく働いていたんですか?」
「お前……。我に対して酷くないか?」
酷いですかね?
ヨルムンはまだ幼いのでエレンに甘えて生活しているのは良いとして、この黒蛇はエレンの護衛に任命したはずなのに、ひたすら自堕落な生活をしているだけです。子猫であるシシオーの方が立派に仕事をしていますよ。
「まぁ、良いです。そんな事よりもアレを見てください」
「ん?」
ヨルムンガンドはグラヴィを見て絶句します。
その姿に見覚えがあるのでしょうか?
「あの姿に見覚えは?」
「ある。我等の世界を滅ぼした魔王竜に仕えていた竜兵にソックリだ。アイツの様な、漆黒ではなかったが、龍鱗を持つリザードマン。姿形は正しくアレだ」
「そうですか」
竜兵ですか。
滅竜ではなく、ただの兵士という事が分かりました。
「ただ、漆黒の龍鱗の竜兵はいなかった。新種か?」
「あれが、貴方を真似て作られたヨルムンガンド(笑)です」
「そうか……。我は漆黒の龍鱗ではないのだがな。当然、ファフニールも違ったぞ……」
「そうなのですか?」
これは意外です。
ヨルムンガンドはともかく、ファフニールは漆黒の龍鱗だと思っていたのですが……。
私達が会話をしているとベアトリーチェも興味深そうにヨルムンガンドを見ています。
「それで、その話をする黒蛇は何だい?」
「これがヨルムンガンドです」
私はヨルムンガンドの胴を握りながらそう言います。ヨルムンガンドもなぜかドヤ顔です。
「は?」
ベアトリーチェは何とも言えない顔になっています。あ、仮面をつけているので顔は見えませんけどね。雰囲気がそう思えるだけです。
「だから、これがヨルムンガンドですよ?」
「ふ、ふざけるなぁあああああ!!」
おや?
グラヴィが怒り始めましたよ。どうしたのでしょうか?
「そんなただの蛇が僕と同じだと!? 舐めるのも大概にしろ!!」
「いえ、私は事実を述べただけですよ? ねぇ、ヨルムンガンド」
「そうだぞ。我がヨルムンガンドだ。今はこの姿が心地よいから元に戻っておらんだけで、本当の姿は黒いドラゴンだ。我こそがヨルムンガンドだが?」
「黙れぇえええええ!! ヨルムンガンドは僕だ!! 滅竜ヨルムンガンドは僕なんだ!!」
「だから、それは間違っていると言っているんですよ」
「何が間違いだぁあああああ!?」
「だから、滅竜はファフニールであって、ヨルムンガンドは闇竜なんですよ」
私が本当の事を言うと、場の空気が一瞬止まります。
はて?
「な、何を言っている? 神の文献にはそう書かれて……」
「その文献が間違いだそうですよ。けだ……、聖竜バハムートが神の文献を読ませてもらったそうですが、間違って書かれていたと言っていましたし。そもそも、ファフニールには翼は無かったそうですよ。ねぇ、ヨルムンガンド」
「あぁ。アイツは魔力で空を飛んでいたからな」
「な!?」
「そこの馬鹿なベアトリーチェが勘違いして、間違えた名前を付けていただけですから、グラヴィに罪はないですよ。あぁ、ファフニールの魂はもうすでに消えてしまっているので、貴方はただのドラゴンですよ」
グラヴィの顔が面白い事になっています。
「あ、今は竜兵でしたね」
「キサマは殺すぅううううううう!!」
そのセリフも聞き飽きましたが、グラヴィが怒ってしまいました。
どうしてでしょう?
グラヴィ君は何度「殺す」と言えば願いが叶うのでしょう。
答え:叶いませんww




