40話 悪夢
「し、信じられません……。体から魔力があふれてきます。こ、これが【身体超強化】なのですか?」
「そうね……。でも、身体能力が強化されたとは思えないわ。いえ、最低限の強化効果はあるとは思うけど、超強化という訳ではないと思うわ」
ふむ。
私は、この二人の特殊能力を視てみます。
ヘクセさんは予想通り、【身体超強化】が進化され、【魔力超強化】になっています。あ、先ほど、イラージュ先生も言っていた通り、【魔力超強化】でも身体の強化はされます。特別に強化されるところがあるという事ですね。
イラージュ先生は、【治療魔法超強化】というのになっていますね。それにそれとは別に【身体強化・剛】というのができていました。
「イラージュ先生。元々【身体強化】を持っていましたか?」
「えぇ。元々は武闘家だったからね。その時に【身体強化】の能力を得る事ができたわ」
「そうですか。だから、イラージュ先生の特殊能力が【治療魔法超強化】になっているのですね」
「え?」
「レティ、それって……」
「はい。おそらく、あの二つの魔法を単独で詠唱なしで使えるようになっていると思いますよ」
あの二つの魔法とは……。ゴスペルヒールとサルヴェイションという聖女しか使えない治療魔法をイラージュ先生は使えるようになっているはずです。
ヘクセさんへの特別授業を開始してから、一週間が経ちました。
あの日から、もしもの時の事を考えて、私達の自宅でヘクセさんの授業をしています。今日も、授業が終わった後、ヘクセさんの特別授業をしていました。
グラヴィやベアトリーチェはまだ動き出さないみたいです。もしかしたら、ベアトリーチェに殺されて、グラヴィはもういないのかもしれませんね。
そんな事を考えていると、イラージュ先生が私達の家に飛び込んできました。
「レティシアちゃん! 大変よ!」
「何かありましたか?」
「貴女達が帰った後、一人の生徒が死んだの」
「え?」
生徒が死んだ?
わざわざ、それだけの事で私の家に?
あの学校では、結構事故死が多いので、いちいち私に連絡してくる意味が分かりません。
「事故死は結構頻繁に起こっているじゃないですか」
「流石に、頻繁には起こってないわよ。でも今回は間違いなく異質なのよ」
「はて?」
イラージュ先生の話では、死んだ生徒はいきなり倒れそのまま死んでしまったらしいです。
まぁ、そこまでならただの突然死で済ませられるのですが、どうやらこの死体が呪いの発信源になっているらしく、いまでは学校中で生徒が死んでいるそうです。
「呪い……ですか。イラージュ先生は大丈夫だったんですか?」
「私は大丈夫みたい。この腕輪が守ってくれているのか呪いの対象が生徒だけだったのかは分からないけど……」
「そうですか……」
確かに、ヒヒイロカネの腕輪ならば呪いくらいなら防げるでしょうが、死んでいるのが生徒だけというのも気になります。
「実はね……。死んだのは生徒だけじゃないのよ」
「はて? 先生にも死者が?」
「グランドマスターも死んでしまったわ……」
「!?」
グランドマスターが死んだ?
……。
「グランドマスターの死を確認したのは?」
「私よ……」
はて?
混乱してきました。
「グランドマスターが死んだという事は、シュラークさん達の精神操作は無くなったと?」
「分からない。ただ、グランドマスターの死を知ってからは、学長もその他の教師も取り乱すように発狂していたわ……。私は貴女のおかげで何も感じなかったけど、これを精神操作が解けたと見るべきかは判断できないわね」
「そのグランドマスターは本物だったのですか? グランドマスターは仮面をつけていたと聞きました。仮面を外したんですか?」
「えぇ……。仮面の下は、顔中傷だらけだったわ。学長が言うには、若い頃に冒険者だった仲間にズタズタに切り裂かれたと言っていたわ」
シュラークさんがそう言うなら本当かもしれませんが、あまり信用もできません。
本当にグランドマスターは死んだのでしょうか?
少しだけ、腑に落ちませんね。
「まぁ、良いです。もしかしたら、グラヴィが関わっているかもしれません。私も学校へと向かいましょう」
「い、今は危険よ。行かない方がいいわ」
「しかし……」
私はエレン達を見ます。
グラヴィと戦うのであれば、私一人で行った方がいいです。
しかし、あの状態になってしまえば……。
「それなら、俺もついていくぜ」
「ドゥラークさん。どうしてここに?」
「ギルガの旦那とグローリア陛下に頼まれてな。現状、リーン・レイで一番強いのは俺らしいからな。もちろん、お前を除いてだぞ?」
そうですね。
リーン・レイの中で一番強いのはドゥラークさんかアレスさんのどちらかです。カチュアさんがその次ですかね。
ドゥラークさんが付いて来てくれるのなら……。
「エレンも一緒に行きましょう。もしもの時に私の傷を治して欲しいので」
「え!? レティシア様、私も行きます!!」
カチュアさんがそう言いますが、ドゥラークさんに却下されます。
「ど、どうしてですか!?」
「お前はここを守る役目がある。本当はエレンもここに置いていきたいんだ。ただ、あの力を……、レティシアが使ってしまった場合、レティシアが危険になる。そうなったら、お前は感情を押さえられない。だから、ギルガの旦那は俺をここに寄越したんだよ」
「し、しかし……」
「安心しろ。もしもの時は全力でレティシアとエレンを守って見せる」
「は……はい」
ドゥラークさんがカチュアさんの頭に手を置き、真剣な顔をしています。その顔を見て、カチュアさんも納得したみたいです。
「イラージュ先生もここにいてくださいね」
「え? で、でも」
「ヘクセさんもここにいてください。危険ですので」
私達が出て行こうとすると、イラージュ先生に呼び止められます。
「絶対に帰ってくるのよ。三人そろってね」
「はい」
学校は悪夢のような光景でした。
そこら中に生徒の死体が転がっています。
イラージュ先生は呪いと言っていましたが、どういった呪いをかけたのでしょう?
エレンもこの光景に声が震えています。
「も、もしかして、ジゼルがファビエでやった大量殺戮と同じ……」
「違うと思いますよ。そもそも、疑問だったのです。ジゼルはエレンのように【無限の魔力】を持っていませんでした。それなのに一国の人間を全て殺すほどの大規模魔法を使えたのでしょう? その後のネクロマンシーも同じです。続け様にあのような大規模魔法……魔力が足りるわけがありません」
「そ、それは……。魔力をため込んで……」
「それもあり得ないと思います。ジゼルはソレーヌとアルジーの二人を生き返らせるためにため込んだ魔力を使ったと言っていました。それに、私は【破壊】で【無限の魔力】を破壊していないのに、ジゼルは魔力切れを起こしました……つまりはジゼルには魔力の限界があったのです」
私は自分の推論を話します。
「もしかして、アレはジゼルが使った魔法ではないかもしれません。もしかしたら……」
ジゼルも何者かに操られていたかもしれません。
「どちらにしても、この学校で起こっている事は、あの時とは違うと思います。慎重に進みましょう」
「別に慎重に動く必要はないよ」
はて?
私は声がした方を見ます。
そこには銀色の羽を広げた黒髪の仮面の女性が浮いていました。




