39話 レティシア先生の楽しい授業
イラージュ先生の学校での自室には、三人くらい座れるソファーが二つと教壇のようなモノと黒板があり、私達は向かい合って座っていました。
イラージュ先生の横で、ヘクセさんが少しだけ青褪めて座っていました。
今から特別授業を始めようというのに、なぜ不安そうな顔をしているのでしょう?
「あ、あの……。どうしてこうなったのでしょう?」
「ふふふっ。ヘクセさんも厄介な子に気に入られたわね」
はて?
私はヘクセさんを強くしたいと思っているのですが、それなのに厄介な子とはどういう事でしょう? 危険な人とは一度しっかりと話をする必要があるみたいですね。
そもそも……。
「イラージュ先生。レティはヘクセさんを死なせたくないんだよ。今の状況なら、いつ生徒に被害が出るか分からないからね。レティはヘクセさんには、何かが起きても最低限生き残って欲しいんだよ。生き残りさえすれば、私やイラージュ先生なら治す事は可能だからね」
その通りです。
エレンが言うように、いつ生徒にも精神操作がされるか分かりません。
エレン達が操られたのならば、全力で精神操作を解除します。これはヘクセさんでも同じです。
ただ、他の生徒の場合はそのような事をする余裕はありません。いえ、わざわざ助けるつもりもありません。
「そうなの? もしそうなら、ヘクセさん良かったわね。殺される事は無さそうよ。ただ、楽には死ねなくなるかもしれないけどね」
「え!?」
ヘクセさんが失神しそうになりますが、カチュアさんが気を失わせないようにします。
ヘクセさんは、青い顔で私を見ます。
「え、えっと……。私は何をされるのですか?」
「はい。まずは、ベアトリーチェが使っていると思われる精神操作対策です」
「対策? どうするの?」
「そ、その前に教えてくれませんか!? ベアトリーチェとは何者ですか!? それに精神操作って!?」
そう言えば、ヘクセさんは何も知らないんですね。
イラージュ先生と私でグラヴィの事やベアトリーチェの事を説明します。とはいっても、私自身もベアトリーチェとは会った事は無いのですがね。
「へ? か、神様が相手!? でも、アブゾル様じゃない神様? へ? へ?」
ふむ。
やはり、混乱しているみたいですね。
まぁ、理解するまで待つのも面倒なので、話を進める事にします。
「レティシアちゃん。私が受けていた精神操作を解除するために【再生】を使ったと聞いたけど、一人一人にそれを使うの?」
「いいえ。イラージュ先生の場合は記憶が消えていただけですので【再生】を使いました。今回は精神操作を防ぎたいですし、この腕輪を付けていてください」
私はイラージュ先生とヘクセさんに腕輪を渡します。
装飾こそありませんが、赤をベースに七色に光るヒヒイロカネの腕輪です。
「綺麗な赤……。こんな宝石見た事がない……」
ヘクセさんは、ウットリとヒヒイロカネの腕輪を見つめています。
それに反して、イラージュ先生は少しだけ青褪めています。
「レティシアちゃん。ま、まさかと思うけど、この腕輪の材料って……」
「はい。私が作ったヒヒイロカネの腕輪です。その腕輪に精神攻撃を完全に防ぐ効果を付与させています。だから大丈夫なはずです」
「え!? そ、それって……」
おや?
もしかして、ヘクセさんもヒヒイロカネを知っているのですかね?
「ふふふっ。冗談はそれくらいにしてね。もし、これが本物のヒヒイロカネなら、この腕輪一つで戦争が起こるわよ?」
「はて?」
イラージュ先生は顔色を悪くさせながら、そんな事を言います。
「しかも、精神攻撃を完全に防ぐなんてありえないです。しかも、そのベアトリーチェという人は神様なのでしょう? そんな神様の力を防ぐなんて……」
イラージュ先生もそうなのですが、ヘクセさんも怪しんでいます。
まぁ、別に構いませんけど、これには簡単な結界魔法もかけているので、余程の事が無いと死なないでしょう。
「まぁ、そんな些細な事は良いです」
「些細ではないわよ……。ヒヒイロカネと言えば、伝説の鉱石。これが本物ならば、それを簡単に人に渡していいの?」
あぁ、グローリアさんもそんな事を言っていましたね。……そう言えば、ヒヒイロカネの盾を作ってもらう予定の鍛冶師のスミスさんを見つける事はできたのでしょうか?
まぁ、いなかったらいなかったらで、私が【創造】で作るだけですから……。
とりあえず二人には、無理やり納得してもらいました。
さて、ヘクセさんに魔法の使い方を教える為の授業を始めましょう。その後に……特殊能力を作ります。
「では、授業を始めます」
私が教卓に立つと、ヘクセさんは慌て始めます。
そういえば、ヘクセさんに話をするとは言いましたが授業をするとは言っていません。ヘクセさんも私が授業を始めようとしているので、ビックリしているのでしょう。
「あ、あの……」
「はい?」
「教卓で顔が見えません」
ふぐっ。
た、確かに私は小さいので、私からもヘクセさんが見えません。
私は何度も飛び跳ねますが、面倒くさいです。教卓に乗りましょうか? そんな事を考えていたら、私の体が浮きます。いえ、カチュアさんが抱きかかえてくれました。
「ありがとうございます。カチュアさん」
「いえ、容易い御用です」
「か、カチュアさん? レティは小さいから軽いとはいえ、ずっと抱きかかえているのは……」
エレンがそう言いますが、カチュアさんは「大丈夫です」と笑っていました。
ヘクセさんへの魔法授業を開始して二十分。私の体がぷるぷると震えます。
はて?
何事かと思ったら、カチュアさんの額に汗がにじんでいます。
「カチュアさん。大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です」
カチュアさんは無表情でそう言います。目も真っ直ぐしか見ていません。
「い、いや……。カチュアさん、明らかに無理しているよね?」
「だ、大丈夫です!」
エレンが少し呆れた顔をしてそう言いますが、カチュアさんは折れません。
今も私の体がぷるぷる震えています。……本当に大丈夫でしょうか?
その時、カチュアさんが特殊能力【身体超強化】を使い始めました。
「これで大丈夫です!」
カチュアさんの顔に笑顔が戻ります。どうやら【身体超強化】を使う事により、筋力の疲労を無くしてしまったんですね。
素晴らしいです、エレンは「カチュアさん……」と完全に呆れかえっています。
それに比べて、ヘクセさんはカチュアさんが【身体超強化】を使ったのを見て驚いています。
「あ、あの……。今のは神の加護ですか?」
「そうよ。勇者のみが使えると言われている神の加護【身体超強化】よ」
「それじゃあ、カチュアさんは勇者?」
「勇者?」
カチュアさんの顔が少し歪みます。
私達からすれば、勇者と言われて一番先に出てくるのがタロウです。
今のタロウは少しはマシになりましたが、それでも私達からすれば勇者タロウは下衆としか思えないのです。
だからこそ、勇者が嫌いなんです。
あ、アレスさんは本物の勇者だと思っていますよ。
「ヘクセちゃん、違うのよ。レティシアちゃんが所属するリーン・レイの冒険者は全員が【身体超強化】の神の加護を持っているわ」
「そ、そんな!?」
はて?
【身体超強化】の習得はそれほど難しい特殊能力ではありません。
それに……。
「神の加護……ですか」
「どうしたの?」
「いえ、私達が特殊能力の事を神の加護と呼ばなくなってから随分と経ちましたね。やはり、一般的には今でも神の加護と呼ばれているんですね」
「そうだね。私達の場合は、けだまんやヨルムンガンドさんがいるから神の加護じゃなく特殊能力と言っているけど……。そう言えばタロウは別の言い方をしていたよね」
「はて? なんでしたっけ?」
「確か、スキルと言っていましたね」
カチュアさんが覚えていてくれました。
そうです、スキルです。
タロウは異世界から召喚されたんでしたっけ? という事は、異世界の特殊能力の事ですかね? まぁ、その呼び方でもいいかもしれませんね。今はどうでもいいのですが……。
「ヘクセさんやイラージュ先生も覚えますか?」
「「へ?」」
「だから、覚えますか? 【身体超強化】を」
「そ、そんな!? 【身体超強化】は勇者のみが使える神の加護ですよ!! そんなモノが私達に使えるはずが!?」
ふむ。
確かに一理あります。
リーン・レイの中でも、タロウやアレスさんが使っていた【身体超強化】と同じモノを習得しているのは前衛職の人達だけです。
特にドゥラークさんとカチュアさんはそれぞれ特別な【身体超強化】を習得しています。それに魔法職のみなさんは【魔力超強化】として習得しているはずです。
「どちらにしても、覚えるのなら覚えてしまいましょう。もしかしたら、良い進化をするかもしれないです」
私は二人の頭を触り魔力を流し込みます。
そして、【創造】の力を使い【超強化】の特殊能力を作ります。
さて、お二人はどうなる事やら……。
楽しみです。




