38話 魔術ギルド志望のヘクセさん
少しだけ日常回です。
グラヴィがどう動いてくるか分からないので、状況が動くまで、普通の生活を送る事にした私達は、今日の授業を終えて帰宅しようと教室を出ました。
「この学校に入学して暫く経ちますが、魔術の授業は回数が少ないですよね。今日の授業で三回しかやっていないですよね」
「うん。このクラスでもそうだけど、他のクラスでも魔術ギルド志望の人は少ないって聞くし、それが理由じゃないかな?」
エレンの言う事は尤もです。
うちのクラスの人達の中でも、魔術ギルド志望の人は二人だけです。一人は前に私の魔法に興味を持っていたヘクセさんで、もう一人は名前も知りませんが高圧的な人です。冒険者と一緒になってよくケンカを売って来たので、何度か殴った記憶があります。
「たまにある魔術科の授業も基礎のお話ばかりですね。アレはギルドに入ってから役に立つのでしょうか?」
「うーん。魔術の基礎だから役に立たないわけじゃないけど、魔法が使える人からすれば必要ないかもしれないね」
今日の授業では魔術科志望の人が、それぞれ魔法について教壇に立ち話をしていましたが、最初に話した名前も知らない人は、自画自賛しているだけといった感じで、途中から聞く気も無くしてしまいましたが、ヘクセさんは凄かったです。
彼女の説明はとても分かりやすく、魔法を今から使う人がもしいるのなら、とても参考になるし、分かりやすく安心して扱えるようになるでしょう。
正直な話、先生よりも教えるのが上手だと思いました。
私が、ヘクセさんの話を思い出していると、当の本人が話しかけてきました。
「魔術ギルドは冒険者と違い、誰でも登録できるわけじゃありませんから、基礎から教わらなくてはいけないんですよ」
「あ、ヘクセさん」
「覚えて頂けて光栄ですわ。レティシアさん」
「はい。魔術ギルドの先生よりも教えるのが上手だなぁと思っていました。魔術科の先生になったら、どうですか?」
これは本心です。
彼女が先生になれば、優秀な魔導士が生まれるかもしれません。
私が褒めたられたからか、ヘクセさんは顔を真っ赤にしていました。
「あ、貴女だって、初級魔法で魔物を焼き尽くす事ができるんじゃないんですか? 素晴らしいです」
え?
使う魔力を大きくすれば、火力は上がりますよ?
私がそう言おうとした時、エレンがヘクセさんに慌てて返事をします。
「あ、レティの場合は、ちゃんとした術式や詠唱は使っていないよ」
「はい?」
確かに、私が炎魔法を使う時は、炎をイメージして魔力を注いでいるだけです。火力の強弱は魔力量で調整しています。
自分では意識はしていませんが、無意識に【創造】の力を使って魔法を作り上げているから、詠唱や術式は関係ないのでしょう。
「そ、それはどういう意味ですか?」
「あ……」
エレンはしまったという顔をしています。そう言えば、むやみに私達の力を教えてはいけないと言われていましたね。
ふむ……。
私は目の前にいるヘクセさんの顔をジッと見ます。
ヘクセさん。
私もエラールセ皇国の事を詳しくは知りませんが、ヘクセさんの家はエラールセ皇国で力を持っている貴族だそうです。
力を持っている貴族と言っても、三女という立場だからか、家督とは関係がないらしく、両親も自由に生きていいと言っているらしいので、魔術ギルドでの仕事を希望している……。と自己紹介の時にそう聞きました。
さらに、彼女は魔導士として名を馳せているサジェスさんに憧れているそうです。
カチュアさんは「私に話しかける事でサジェスさんを紹介して欲しいのかもしれませんね」と言っていましたね。
「ヘクセさん。今からする話を誰にも話さないと約束できますか?」
「え?」
「レティシア様。まさか……」
カチュアさんは少しだけ不快感を示しています。もちろん私にではなく、ヘクセさんにみたいですが……。
「カチュアさん?」
「レティシア様がお話すると言うのであれば、私は反対しません。ただ、彼女はエラールセでも力を持った貴族のご息女。もし、ヘクセさんがレティシア様の事をご家族に話し、その力を利用しようとしたら……、グローリア陛下が直々に貴女の家に罰を下すでしょう。ヘクセさん。その覚悟があり黙っていられますか?」
「え!? ど、どうして私の家が!?」
ヘクセさんの顔色が変わります。
ヘクセさんの家はエラールセの貴族です。エラールセの貴族である以上、狂皇グローリアさんの名は当然知っています。
それは皇王だからという事ではなく、自分の敵には容赦がないという意味でです。
カチュアさんは、ヘクセさんに気楽に口にしないよう、釘を刺しているのでしょう。
「そ、それならば、聞きませんわ」
ヘクセさんはそう言って少しずつ後ろに下がっていきます。
……でも。
「逃がしません」
「へ!?」
私はヘクセさんの腕を掴みます。
「そう言えば、ヘクセさんは魔導士に憧れているんですよね。つい最近仲間になった人なのですけど、ジュリアさんやオリビアさんという冒険者を知っていますか?」
「え!? その二人と言えば、セルカの街を拠点にしているリーン・レイに加入後、目を見張るような進化を見せた魔導士と治療師の!?」
「はい。最近は遊んでいませんが、私のおもちゃです」
初めは警戒されましたが、少しずつ強く育てていった結果、いまではこんな見た目の私を尊敬してくれるようになりました。
ヘクセさんも鍛えれば面白くなりそうです。
「お、おもちゃって……」
「ヘクセさん。一つ聞いていいですか? 正直に答えてくれると嬉しいです」
「え? なに?」
「今日の授業は役に立ちましたか?」
「え?」
「私はヘクセさんが授業をした方が分かりやすいと言いました。その理由として、魔術ギルドの先生の頭は固すぎるんです。あれでは柔軟な発想は生まれません。それに比べてヘクセさんの教え方は色々な発想があって楽しいです」
「へ? あ、うん。魔術科の先生の授業は教科書や魔導書に書いてある事そのままです。あれでは、型にはまった魔導士しか生まれないでしょう」
ふむ。
やはり、ヘクセさんも私と同じ考えをしているみたいです。
「でも、魔術科の先生が悪いわけじゃありません。先程も言いましたが、魔術ギルドで働く場合は先生が教えるような事を頭に入れなければいけません。冒険者のみなさんに魔法の事を説明するのがお仕事ですからね。だから、一概に間違いとは言えないんです」
ヘクセさんは先程までの怯えた表情から一変して、真剣な表情になりました。とても力強い顔です。
この顔を見たカチュアさんが大きく頷きます。
「なるほど……。レティシア様が気に入る理由も分かりました。さぁ、ヘクセさん。こちらへ」
カチュアさんがヘクセさんの腰に手をまわし、教室に入れようとします。
あ、いけません。ここには他の生徒もいます。
「そうです。イラージュ先生の部屋に行きましょう。あそこなら、私の隠ぺい魔法も使えます」
「それはいい考えです」
私とカチュアさんが楽しそうに話をしていると、ヘクセさんは茫然とし、エレンがそんなヘクセさんを宥めていました。
はて?
なぜでしょう?




