28話 グラヴィ再び
深夜一時。
荒いノックの音が響いています。
はぁ……。
乙女はもう寝る時間なのに、一体誰ですか?
「どちら様ですか?」
「俺だ。タロウだ。緊急事態が起きた、開けてくれ」
タロウがどうして家に?
それに緊急事態とは何でしょうか?
「緊急事態と言うならここで話をしてください。貴方のような下衆な男を家に入れるわけないでしょう?」
「自分の立場くらいわかっている。俺は家に入らない。ただ、怪我人がいる。重症だ。聖女であるエレンの力がいる」
怪我人?
誰の事ですか?
そして、どうしてこの家に連れてきたのでしょうか?
疑問を感じますが扉を開けると、そこには傷付いたイラージュ先生とタロウが立っていました。イラージュ先生は右腕と左足が無くなっていて、今にも死にそうです。
「イラージュ先生。何がありましたか?」
「詳しくは後で話す。今はこの大男……いや、大女の傷を癒すのが先だ!」
「分かりました」
私はエレンにイラージュ先生の治療をお願いします。そして、タロウを家の中に入れ話を聞く事にしました。
「タロウ……。イラージュ先生をあんな目に遭わせたのは貴方ですか?」
「違う。俺はお姉さまに頼まれて、イラージュをつけていたんだ」
「なぜですか?」
「お姉さまの話ではイラージュはお前に関わっているから、命を狙われるかもしれないと危惧していた。だから、影から守ってくれと言われたんだ」
つまり、護衛ですか。
しかし、護衛していたにもかかわらず、イラージュ先生はこれ程の怪我を?
「貴方の怠慢ですか?」
「いや。俺もおかしな気分だったんだ。イラージュが突然立ち止まり、誰かと話をした……。それが誰かも分からなかったが、一瞬だが、お前の力と同じ力を感じた」
「私の力……。どういう事ですか?」
「あぁ……。魔神に乗っ取られた俺に使っていただろう? 俺も薄っすらと覚えているんだが、【破壊】だったか? 特殊能力を消す能力だ。それと同じような気配を感じた。そして、このままじゃイラージュの命が不味いと思い、集中してイラージュの気配と魔力を探り、助け出す事には成功したが、相手は分からなかった」
「そうですか……」
実際にタロウは、サタナスに人格を乗っ取られていたとはいえ、【破壊】を自ら受けたタロウだからこそ、気付けたし、イラージュ先生を助けられた……という事ですか……。
しかし、【破壊】の力を使う者ですか……。心当たりがあるとすれば……。
「グラヴィですか……」
「グラヴィ?」
「はい。学校で生徒会長をしていた人で、私とは一度戦っています。ただ、その後、学校から存在が消えた人です。やはり、生きていましたか……」
「殺したのか?」
「いえ、逃げられてしまいました」
「ほぅ。お前が敵を逃がすとは珍しいな。しかし、なぜ死んだと思っていたんだ?」
「はい。私の予想では、雇い主のグランドマスターに切られたと思い込んでいたのが、間違いでした」
「そうか……。グランドマスターが関わっているのなら、お姉さまにも報告しておくか……」
それだけ言って、タロウは席を立ちます。
「ここにいればイラージュは安心だろう。俺は帰る……」
「そうなのですか? 正直な話、貴方の事はどうでもいいですけど、このまま外に行けば、貴方も殺されてしまうんじゃないんですか?」
「大丈夫だ。ここまで来たのも隠ぺいの魔宝玉もあるからな。それにグラヴィというのが襲ってきても、勝つ自信もあるし、もし、勝てないとしても、逃げ切る自信はあるさ……」
「そうですか」
随分な自信家になったモノだとは思いますが、今のタロウはハッタリを言っているようには見えません。
まぁ、帰るというならそれでもいいでしょう。
「分かりました。イラージュ先生は責任をもって匿うとしましょう……。あ、待ってください」
「なんだ?」
「貴方はファビエ城の秘宝を知っていますか?」
「あ? そういえば、ネリーに聞いた記憶があるな。確か、ヒヒイロカネの盾だったか? それがどうした?」
「ファビエ城には無かったそうなのですが、知りませんか? もしくはジゼルがその盾を持っていたとかはないですか?」
「いや、知らないな。少なくとも、俺は聖鎧を持っていたし、俺の仲間もそれぞれジゼルが用意していた武具を使っていた。前衛職だった俺達が知らないという事は、ジゼルもその盾の所在を知らなかったと思うが、そこまでは俺も分からないな」
「そうですか……」
「じゃあ、イラージュを頼むな。お姉さまにとってイラージュは仲が悪いと言っても大切な友達みたいだからな。死なれたら後味が悪い……。頼んだぞ」
タロウはそれだけを言って帰っていきました。
しかし、あの下衆でどうしようもなかったタロウが成長したものです。
あのラロという人は凄いですね……。
次の日。
イラージュ先生が目を覚まします。
「こ、ここは? アレ? レティシアちゃん?」
「はい。イラージュ先生、昨日の出来事を覚えていますか?」
「昨日の事……」
イラージュ先生は、頭を押さえています。
「ラロと会って……その後……。おかしいわ……。覚えていない……。どうやって帰って……。誰かに襲われて……。誰だったかしら……うっ!?」
イラージュ先生は苦しそうにします。その姿にエレンが私を止めます。
「レティ、これ以上は駄目」
「はい。イラージュ先生、無理に思い出そうとしなくていいです。今はゆっくり休んでください」
私はイラージュ先生をエレンに任せ、確認しに行く事にしました。
「カチュアさん。少し出てきます。イラージュ先生をお願いしますね」
「分かりました」
私が外出しようとすると、エレンが心配そうな顔をして部屋から出てきました。
「イラージュ先生は?」
「さっき寝たよ。……どこに行くの?」
「そうですね……。決着を付けに行く……と言ったところですか?」
「決着?」
「はい。私がでていけば、間違いなく襲ってくるでしょうから……」
グラヴィなら、邪魔な私を消しに来るはずです。
それにグランドマスターがグラヴィを強化しているかもしれません。
「私もついていきましょうか?」
「大丈夫です。どちらにしても、私一人で行かないと、出てこないと思います」
「そうですか……」
「では、行ってきますね」
「はい」「行ってらっしゃい。怪我をしないでね」
私は家を出て、外門を出て、何もない草原へと歩いて行きます。
ここなら邪魔は入らないでしょう。
「いるのでしょう?」
私がそう聞くと、空間が揺らぎ始めます。そして、見覚えのある顔が現れます。
「久しぶりだな。レティシア」
「そうですね。しかし、生きていたとはビックリですね」
「ふん。お前を殺すのは僕だ。それまでは死なない」
「それで? グランドマスターに私を殺すように言われましたか?」
グラヴィにそう聞くと笑い始めます。
もしかして……。
「そうだな。確かに命令はされたが、グランドマスターではない。まぁ、お前が知る必要はないがな」
なるほど。
グラヴィとグランドマスターはつながっていなかったという事ですか。
という事はアブゾル? いえ、そうじゃないです。第三勢力ですか……。
「さて、始めようか」
グラヴィは以前に戦った魔神と同じような魔力を放ち始めました。
ふむ……。サタナスを超えていますね……。
「そうですね」
「僕の【破壊】でお前を消して見せる!」




