10話 騙す生徒会長
また、問題を起こしたか……。
しかし、彼女は自分から暴れるような真似はしていない。今日だって、彼女は冒険者志望の生徒にゴブリンを投げていただけだ。その行動は他の生徒を守る為とも言える。
そこに激昂した馬鹿な生徒がレティシアに腕を握り潰された。それだけだ……。
僕は風紀委員から上がってきていた報告書に目を通す。僕の反応を生徒会のメンバーが見ているな……。
そもそも、この学校は様々な年齢、さまざまの人間が学びに来る。この程度の問題など日常茶飯事のはずだ。
だが、生徒会の皆はレティシアを問題視しているようだ。
「グラヴィ生徒会長……これはどういう事ですか?」
「何がだい?」
「このレティシアという生徒です。彼女に怪我をさせられた生徒はこれで十人目です」
そうか。
もう十人か……。
彼女の危険性を考えれば多いとみるべきか少ないと見るべきか……迷うな。
「確かにね……。でも、喧嘩を売ったのは相手の方だよ。他の事案も全てそうだ……」
「それはそうですが!? 怪我をさせる事は無かったと思います!」
「そうだね。でも、彼女の見た目は幼い。そんな少女に喧嘩を売る方がどうかと思うんだけど、それ以前に、もし彼女に抵抗するなと言うのなら、彼女に殴られていろと言うのかい? 君はそれが正しいとでも言うのかい?」
「そ、それは……」
「君達はどうなんだい?」
「……」
まぁ、答えられないだろうな。
もし答えるのならば、答えた者が新たに責められるだろう。
そう思わせる一番の原因は彼女の容姿だ。
見た目は十歳にも満たない少女だ。だが、ベアトリーチェ様が危険視するという事はアレも不老の類だろう。だからこそ、グランドマスターもアレを欲しがっているんだ。
「君達の言いたい事は分かる。だが、それを言ってしまうと彼女に無抵抗になれと言っているのと変わらなくなるんだよ……」
「そ、そうですね……」
僕は納得をしてくれた生徒会の仲間を見送った後、窓の外を見た。
「ふぅ。これで生徒会の皆は騙せたかな?」
「騙せたって何をだい?」
誰だ?
いや……誰か考えるまでもないな……。
僕が振り返ると、そこには灰色の短髪の細身の男が立っていた。
彼の名は風紀委員長のセデル。表向きはこの学校最強の男……。
「チッ……。君にもっと警戒しておけばよかったよ。セデル君……」
これは僕の落ち度だ……。
まさか、この部屋にまだいたとは思いもしなかった。
彼は冷たい目で僕を見る。何かを疑っているんだろう……。
まさか、ベアトリーチェ様の事を知っているのか?
「グラヴィ……。君は何を考えている?」
どこまで話す?
レティシアの事を話すか?
聖女の事は話すべきじゃないな……。
「そうだね。君が考えている通りじゃないよ。僕はあくまでレティシアの監視者なんだ……。君とは仲良くいたいんだけど?」
つい殺気を放出させてしまう。
まったく。予想外の出来事につい苛立ってしまった。
僕の目つきにセデルが警戒している。
彼にとっての僕は心優しい生徒会長だったからな。今の僕の表情は彼が知っているモノではない。
「ど、どういうつもりだ? まさか、俺を脅しているのか?」
「そう取ってもらっても構わないよ。もし協力できないというのならば……」
僕はナイフを取り出す。
「きょ、協力だと? 何をするつもりだ!?」
「あぁ……」
僕は計画を話す。
ベアトリーチェ様の名を出しても構わないだろう。ただし、聖女の話は出さない。
セデルがグランドマスターや教会の人間だった場合、聖女を利用されかねないからな。
……まぁ、教会はエレンの事を知っているだろうがな……。
「学校を乗っ取る? ……グランドマスターからだと?」
セデルは僕が話した計画に驚いている。
それはそうだろう。
この学校を管理している教師達はそれぞれのギルドのAランクだ。簡単に学校を手に入れるなどはできないだろう。
だが……。
「そうだ。僕にとって崇拝する相手はアブゾル神でもグランドマスターでもない。ベアトリーチェ様だけだ」
「ふ、ふざけるな!! そのベアトリーチェってやつが……!?」
僕はセデルの右腕にナイフを突き刺す。
「ぐっ!?」
「ベアトリーチェ様だ。次呼び捨てにしたら……問答無用でお前を殺すぞ……」
「くっ……」
セデルは僕から一定の距離を取る。そんな事をしても無駄なのにな……。
「風紀委員長のセデル君……。表向きは君は学校最強だった。教師を含めても一番強かったと言えよう……。でも、今は違うんだよ」
「なっ!?」
僕はレティシアの事を話す。
彼女は強い。セデルなんかと比べれば天と地との差がある。
「あのレティシアという少女は君よりも遥かに強い。それだけじゃなく、あのレティシアと一緒にいる二人も君よりも遥かに強い」
「そ、それがどうした?」
へぇ……。
心を折ろうと考えたけど、言葉だけでは心を折れないか……。
……まったく。
不本意だよ……。
「そして……」
僕はセデルの胸を手刀で貫く。
「僕も君よりも遥かに強い……」
「が……はっ……!?」
僕はセデルを優しく抱き寄せる。
「僕は君の正義感は好きだったよ。でも、ベアトリーチェ様の理想に君は邪魔なんだ……。あ、安心してくれ。君の家族には、君は遠くに旅に出たとでも言っておくよ。大丈夫。お金もちゃんと届けてあげるよ……。君の死は完全に隠し通してみせる……」
「く……そ……」
セデルは僕を睨みつけながら息絶えた……。
まったく……余計な手間をかけさせてくれるよ。
「グラヴィ……。そいつを殺したのかい?」
僕は声がした方を振り向く。
そこにはベアトリーチェ様が立っていた。
「邪魔だったので殺しました」
「そうか。それでレティシアを見てどう思った?」
ベアトリーチェ様から見ればセデルの生死などどうでもいいのだろう……。
「アレは危険ですね。もし聖女を手に入れるのであれば、アレも一緒に引き込むべきでしょう」
「君でも勝てないかい?」
ふふっ。
ベアトリーチェ様も惨い事を言う……。
僕が本気であんなガキに負けるとでも?
「いえ、勝つ自信はありますよ。僕の【破壊】の力があれば、どんな相手にも負けやしない……」
「そうか……。それを聞いて安心したよ……」
ベアトリーチェ様の微笑みは美しい……。
僕はその笑みがあれば、どんな汚い手でも使って見せる……。
もしもの時は……、僕の力でレティシアを殺してやる……。




