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俺は、そんな君が好き。最終話





──────やらかした。




あんなつもりじゃなかったのに、体が勝手に動いた。


気づいたら晃汰を押し倒してて、頭が真っ白になって、心の底から湧き出てくるものに逆らえなかった。

事故とはいえ、やっぱりあれは俺が悪い。


晃汰を、怖がらせた。


今まで見たことないような顔で俺を見上げてた。あの怯えたような目が今も目の奥に焼き付いてる。


結局、あのまま部活後もいつもの如く俺は先に帰ったし、今朝も晃汰の家へ起こしに行ったら、体調が優れないからと先に登校するよう親伝いに促された。あいつは来ないまま既に放課後になってしまったし、今日一日だけでも晃汰のいない違和感は抜けない。


あれから顔を合わせていないのはどうしようもなく不安で、避けられているというのは聞かなくても分かる。


結局、昨日探していた俺のノートは別のクラスメイトの机の中に入っていて、たぶんあいつのことだから、晃汰のと勘違いされて友達に持っていかれたんだろう。


俺は取り戻したノートを見つめて呆然としていた。



「───梶本」


放課後の教室でぼーっとしていると、松岡先生が教室の外から俺の名前を呼んだ。教室はまだ生徒が数人残っているようだった。席を立って先生の方に寄ると、いきなりパコッと教材で頭を叩かれた。


「いてっ…、なんですか、俺何かしましたっけ」


心当たりのない制裁に、俺は眉をひそめる。先生は腕を組んでこちらを見た。


「この間の委員会で配られたプリント、提出今日までだったよな?」

「…あぁ、すんません、完全に忘れてました」


昨日の一件で、そんなこと綺麗に頭の中から消え去っていた。


「編入希望出したら許してやってもいい」

「…口説かないでくださいよ、しつこいです」


あまりに真剣な顔で冗談を言うので、俺はじとっと先生を見つめてしまった。


……………いや…ちょうどいいのかもしれない…。もし、このまま晃汰に口を聞いてもらえなくなるのだとしたら、特進クラスへの編入を機に俺はあいつから離れることだって出来る。

これ以上嫌われないで済む。


「……あの、やっぱ…考えさせてもらっていいですか」


俺が呟くようにそう言うと、それを聞いた松岡先生は、まるで幻聴でも聞いたみたいな顔で驚いていた。


「…どうした、とうとう編入する気になったのか」

「いや、考える時間をもらうだけです」


何が変わるわけじゃないかもしれないけど、もし一緒にいることで晃汰を傷付けることがあるのだとしたら、俺はあいつから離れることも考える。


「…そうか。珍しいな、頑固者のおまえが口説かれるなんて」

「まだ口説かれてませんって。それにしつこくしといてなんなんですか」

「はは、まぁいい、好きなだけ考えろ」


松岡先生は去り際に、プリント明日出せよ、と釘を刺して職員室へ戻って行った。そろそろ帰るか、とスクールバッグを肩にかけて教室を出たものの、足は進まなくて廊下で立ち止まる。


家に帰ればすぐ隣の家には晃汰がいて、きっとその方が落ち着かない。











「…やぁ、梶本くん、また幼馴染くんの部活が終わるのを待ちに来たのかな」



テーブルから視線を持ち上げて、部長がふわりと髪を揺らしてこちらを見上げた。


「…いいえ、今日は違います」


俺はすぐに目を逸らしてスクールバッグをその辺に放り投げた。テーブルの上にはいくつか写真が並べられていて、どうやら部長はそれを見ていたらしい。


「どれが一番いいと思う?他の人の意見を聞いてみたいな」


そう言われたので、俺はテーブルの上の数枚の写真を覗き込んだ。写っているのは、ごく普通の何ら変わりない学校の風景。生徒が歩き回る渡り廊下だとか、部活中の運動部だとか、普段の人の姿が写真に収められている。けれど不思議と、どれもまるで時間が流れているように、今にも動き出しそうな写真ばかりだ。


「………素人なんで、わかんないですね。でも俺にはこんな写真撮れない」


俺がそう言って褒めると、部長は優しく微笑んで部室の窓を開けた。


「そうかな、梶本くんも、センスはあると思うんだけどな。見たよ、この間カメラを片付けたときに少し。サッカー部の子が、キラキラした笑顔でこちらに手を振ってる写真」


そう言われ、ハッとした。間違いなくそれは俺が撮った晃汰の写真だ。居眠りした時に部長がカメラを片付けてくれていたらしいが、まさか撮った写真を見られているなんて、油断した。


「梶本くんがどんな写真を撮るのか、ちょっと気になっちゃってね。写ってた子が幼馴染くん?」

「……はい。でもあんなん…素人の撮った写真ですよ」


ただの暇つぶしで撮ったものだし、センスなんて欠片も無い。


「好きなんだね、梶本くんは」


唐突な部長の言葉に、俺はポカンとしてしまう。


「…………はい?」

「伝わってきたよ、梶本くんの愛が」


変わらない落ち着いた調子で、部長はそう言った。何か心の中を見透かされているような眼差しで見つめられる。


「…………片想い……ですけどね」


なんだか否定する気にもなれなくて、素直に認めることにした。現に晃汰から避けられている自分を嗤うように、呟いた。すると、部長はふふ、と不敵な笑みで微笑んで言った。


「…綺麗な恋だ」


見透かされてるのに、俺は一切部長の考えていることは分からない。不思議な人だとは思っていたけど、やはり掴めない。


「なにも、綺麗なんかじゃないですよ」




結局、何をするでもなくただ部室でぼーっとして暇を潰してしまった。帰る頃には外は暗くなっていて、俺はひとり帰り道を歩いた。家の前まで来ると、隣の家の二階、晃汰の部屋は明かりがついているのが分かった。


明日は、晃汰は学校に来るだろうか。朝もいつものように起こしに行った方がいいのだろうか。避けられているなら、放っておいたほうがいいのだろうか。


俺は家の前に立ち止まったまま足が進まなかった。けれど、やはり晃汰に会いたい、顔を見たい、一言でも昨日のことを謝りたいという気持ちには逆らえなくて、俺は隣の家のインターホンを押した。


出てきたのは晃汰のお母さんで、俺のこともよく知っているのですんなりと家に上がらせてくれた。俺は慣れたように二階に駆け上がって晃汰の部屋へ直行する。扉の前に立つと嫌に心臓がうるさく鳴って、つい扉を開けるのを躊躇してしまう。


………晃汰に会うのに緊張するなんて、初めてだな…。


俺は深呼吸してからガチャリと扉を開けて部屋に入った。



「……え、翔平…」


俺の姿を見るなり目を丸くして俺を見つめる。どうやらベッドの上でこの間買った漫画を読んでいたらしい。俺はベッドの前に膝をついて晃汰と視線を合わせた。


「晃汰、俺のこと、嫌い?」


俺が真剣にそう言うと、晃汰はぽかんと口を開けて間抜け面で俺を見た。


「……え……な、なんだよ急に…」

「避けてるだろ、俺のこと。今日だって仮病なんだろどうせ?」


俺が問いつめると、晃汰はバレたと言わんばかりに目を泳がせた。するとその次には、晃汰は居心地が悪そうに口を開いた。


「…………避けてる、っていうか……ほら、おまえ新しく好きな奴でも作れば?俺なんか好きでも、良いことないし…その方がおまえだって…」


救われる、って、言いたいのか。


その先の言葉は無かったが、何となく晃汰の言おうとしていることの予想がついた。俺の心臓はぎゅっと掴まれたように息苦しくなった。


一番、晃汰の口から聞きたくなかった。


悔しさと苦しさと悲しみと、いろいろな感情が一気に溢れてきそうになって、俺はゴクリとそれを飲み込んだ。


晃汰は優しいから、俺のことを思ってそう言ってくれているのは分かる。分かるけど、彼女作れよの次は、新しい恋?



「………………やめろよ……俺をそんなに、突き放そうとするな……」


晃汰が今どんな顔をしてるのか、それを確認することは叶わなかった。とてもじゃないが、今は悔しさで顔を上げることなんてできない。


「…………うん……ごめん」


晃汰は元気の無さそうな声で、そう呟くだけだった。なんだかそれに、どんどん心が押し潰されそうになった。


いつもの元気で馬鹿なほど明るい晃汰がいない。俺のせいだ。晃汰を困らせたいわけじゃないのに。


やっとの思いで顔を上げて晃汰を見ると、晃汰は辛そうに下を俯いていた。それを見て、思わず目頭が熱くなった。


「……………ごめん、晃汰ごめん……俺が悪いから、そんな顔するなよ」


俺が情けなく嗚咽混じりに謝ると、晃汰はぎょっとしたように俺の顔を覗き込んできた。


「し、翔平?な、泣くなよ、平気だから」


平気じゃないくせに、よくもそんなことを言えたものだ。


俺は好きな人に泣き顔なんて見せたくなくて、晃汰の胸あたりに顔を埋めて誤魔化す。すると、晃汰は突然俺の頭を優しく撫でだした。


「…翔平が泣いてんのなんて、久しぶりだな。昔は泣き虫だったんだけどな、いつの間にか俺よりもでかくなっちゃってさ」


まるで懐かしむように優しい声で晃汰はそう言った。


確かにそうだった。昔は俺は泣き虫で弱虫で、一人じゃ何も出来ない奴だった。それでも、晃汰がいたから強くなれたし、同時に晃汰を守れるくらい強くなりたいと思った。


「……俺、晃汰も知ってると思うけど、先生に特進への編入勧められてんだよ…。………受けようと思う。…編入して、良い大学に進学する」


俺は、顔を上げないまま情けない声でそう宣言した。すると一瞬、晃汰の頭を撫でる手が止まった。


「……そっか、うん。ずっとそれがいいと思ってた。……翔平のこと、嫌いになったわけじゃないけど、ちょっと戸惑ってる。でも、やっぱりおまえは俺の友達だ、親友だ。……ごめんな」


どこが切なげに晃汰はそう言う。


分かってる、晃汰はそういう奴だ、昔から。正直で友達を思いやれる、優しい奴だ。




だからたぶん俺は、そんな君が好きなんだ。



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