俺は、そんな君が好き。2話
幼い頃からの親友に、突然告白された。
理解不能だけど、解る。
あいつは、翔平は、俺のことが好きなんだ。
どんなとこが?いつから?どれくらい?
いろんなことが頭いっぱいに浮かんできて、俺の貧相な脳みそでは何も解決できない。
こういうとき、いつも助け舟をくれるのは、翔平だったのに。
「────た、晃汰!起きろって」
遠くで聞き慣れた声が俺の名前を呼んで、それは次第に近くなってくる。
瞼を開くと、目の前には翔平が機嫌の悪そうな顔で俺の部屋に立っていた。
「馬鹿、遅刻するぞ。もう時間ないから朝飯抜きな」
「…………………えぇー……」
俺は朦朧とした思考の中で、冷たく言い捨てる翔平にだらしなく返事をした。慣れた手つきで俺のクローゼットから制服を出して、早くしろ、とまた急かしてくる。俺は仕方なく重たい体をベッドから起こして着替えた。
何らいつもと変わらない、朝の風景だった。習慣とまで言えるこのやりとりも、不思議なくらい何も変わってない。
夢だったのか。
そう思えるくらい、翔平も俺も、何もなかったような顔をしている。
…いや、何もなかったことに"なってる"んだろう、きっと。
いつもいつも、正しいことをするのは俺じゃなくて翔平だった。俺よりずっと賢くてかっこいいのだから、当たり前なのだけど。だったら今回も、翔平のするようにしていればいい、きっとそれが正解なんだから。
そうやって幼馴染に肩を預けて楽をするのが俺の仕事だろう。
我ながら、怠惰だと思った。
風が吹く、窓際の暖かい席で、いつも授業中は眠くなる。寝れば先生に頭を叩かれるから寝ないように睡魔と格闘してる。のに、いつも気づけば授業が終わるチャイムが鳴って、周りは立ってるのに俺だけ座ってて、先生に怒られて、みんなにも翔平にも笑われる。
「晃汰、ノートは?」
斜め後ろの席から、翔平が俺の肩を叩いた。
「…あ、わり、借りたまんまだった」
借りていたノートを返そうと机の中を探すが、それらしいものは出てこなかった。
「…翔平、ノートどっかやった…」
「はあ?」
俺がポカンとして言うと、翔平は意味がわからないというような顔でこちらを見た。
「ったく、どーやったら人のもん失くせるんだよ。放課後までに見つけとけよ?見つかんなかったら今度なんか奢れ」
呆れたようにため息をつきながら翔平は言った。
「えー、翔平そればっかじゃん、俺の財布が空になるー」
「ばーか、お前が悪いんだよ」
冷酷だが正論で俺は何も言い返せなくて、渋々机やロッカーの中を漁った。その間に翔平は先生に呼び出されたのか、いつの間にか廊下の方で先生と何か話していた。俺なんかより成績もいい翔平は、教師からの人望も厚いに違いない。
机に手を突っ込んだままぼーっとしていれば、すかさずクラスメイトの顔が視界に入り込んできた。
「こーた、今日の部活に先輩いないってマジ?」
「あー、そんなようなこと言ってたっけ」
部活動の記憶を辿ってみるが、俺の脳みそでは曖昧なものだ。でもまぁ、部活仲間がそう言うならそうなんだろう。
そいつは部活の話をしてたかと思うと、突然、話題を変えだした。
「なぁ、晃汰って、梶本と仲良いよな」
「え?まぁ、幼馴染だしな」
俺はそう言われて、廊下の方に視線を向けた。まだ先生と立ち話をしているようだった。
「梶本ってどんな奴なの?ほらあいつ、あんま喋んねーじゃん。絡みにくいっていうか、な?」
な?と同意を求められても俺には分からない。これまでにも何度かそう言われることはあったけど、俺自身、あいつが絡みにくい奴だなんて思ったことは一度もないし。
「なんだかんだ言って十数年の付き合いだしな。別にフツー、良い奴だけど?」
俺がそう言えば、友人は、ふーん、と言って、また別の話題に走った。
翔平が俺以外の奴と特別仲良くしてる所は見たことないけど、やっぱりみんな、あいつが絡みにくいとか、取っ付き難いとか、そういうふうに考えているのだろうか。だとしたらそれは間違いだと思う。もっとあいつは友達を作ればいいのに、良い奴なんだし。
なんて、今まで何度も思ってきた。
結局、借りていた翔平のノートは見つからないまま放課後を迎えてしまった。
「───あぁもう、なんでねーんだよ」
何度も同じ場所を探すが、心当たりのある所は全て探し尽くした。
「…ほんとどこやったんだよ、無いと困るんですけど?」
翔平は、不満そうにこちらをじっと見つめた。
そう言いながらも一緒に探してくれるんだから、やっぱ優しい奴だ。
放課後の教室はいつものように俺たちだけが残されてて、静かだった。机や椅子の脚が床を擦る音が響いて耳を突く。
「まーた部活遅刻だな。いいよ、もう行けば?」
翔平は、仕方ない、というようにしてそう言った。
「行かねーよ、ノート見つけるまでは。…ほんとどこやったんだろ」
髪の毛をくしゃくしゃと掻き乱して、俺は教室内をもう一度見回した。俺はそこで、翔平の向こう側の席の机の中に、ピタリと視線を止めた。
探し求めていたものをようやく見つけた喜びで、俺は一気にテンションが上がった。
「…あ、あった!それ、そのノート…」
そう言って、その席に駆け寄ろうと一歩踏み出した。が、俺は見つけられたことに興奮しすぎて、足元の自分の荷物の存在をすっかり忘れていた。俺はそれに足元を取られ、バランスを崩す。
「あっ、」
情けなく声を上げながら、そのまま咄嗟に目の前にいた翔平の制服の裾を掴んで────。
─────倒れた。
ガタッと机や椅子が動く音がして、俺は背中を床に強く打った。幸い頭は打たずに済んで、俺はゆっくりと目を開ける。
「い…ってぇ……。あ、わり、翔平…」
翔平を巻き込んでしまったようで、俺は翔平の顔を見上げていた。翔平もゆっくりと瞼を開いて、バチッと視線が合う。
俺はなんとか体勢を立て直そうと、俺に覆いかぶさるように倒れた翔平の肩をぐいっと押す。
「ごめん、完全に巻きこ……」
俺が謝りつつ起き上がろうとすると、突然、翔平が俺の手首をガシッと掴んで床に押し付けた。
「っ、」
それはとんでもない力で、俺は一瞬体を強ばらせて、翔平を見た。
「な、んだよ」
そう言って視線が合った翔平の眼は、俺の知らない色を纏っていた。
鋭くて、貫かれるような視線に俺はビクリと硬直する。
男の眼だ。
ドキッと心臓が痛くなった。熱を持ったような欲情した視線は、恐ろしささえ感じさせる。
─────食われる。
頭の隅で本能がそう警鐘を鳴らすのが聞こえた。それと同時に、翔平が俺の手首を握る力はギリギリと強まっていった。
「しょ、へ……痛い、」
俺が思わずそう声を漏らすと、するりとその力は緩まった。翔平は俺よりも驚いたような顔をしている。
「…………わ、悪い…俺…」
自分は何をしているのか、と考えるように翔平は俺の腕からゆっくりと手を離した。俺はその隙を見て、するりと翔平の体の下から抜け出した。
「…………俺、部活行く」
最後は翔平の顔がまともに見れなくて、小さな声でそう言い捨ててから、荷物を持って教室を出た。
翔平のあんな眼、見たことが無かった。
俺の知らないあいつだった。
心臓がドクドクと波打っているのが分かる。
「……………怖い、のか……俺……」