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魔王さまの婚約者  作者: まあや
魔王誘惑作戦
9/24

9

城に帰ると、ミリアは執務室に連れ込まれた。

ルーカスの怒りを肌で感じ、床に正座する。床といっても、質の良い絨毯がひかれているから足はそれほど痛まない。

ルーカスは目の前で腕を組み、尋問を始めた。久々に殺気を浴びている。

「今宵の夜会で、ちょっとした騒動があった」

「まぁ、そうですの? 気づきませんでしたわ」

ミリアはきょとんとした顔を見せる。ルーカスは皺の寄った眉間を揉んだ。

「女たちが乱闘を始めたんだ。その現場を見ていた者が、きっかけは金髪の小柄な女性だと言っていたんだがーー心当たりはないか?」

「あぁ、そのことですか!」

ミリアは得心がいったとばかりに手を叩いた。

「ルーカスさま、褒めてくださいな!」

青の瞳を美しく輝かせながらそんなことを言うミリアに、ルーカスは面食らった。

「……一応聞くが、俺に何を褒めろと?」

「わたし、ルーカスさまの言いつけをちゃんと守りましたの。蛇さんたちに喧嘩を売られましたけど、喧嘩の火種は全て避けきりました! ついでに恋敵も皆潰れて好都合でしたわ」

ミリアはルーカスにどのように喧嘩を避けたか滔々と語った。話が進むにつれて、ルーカスの眉間には皺が刻まれていった。

「なぜ俺のところに逃げなかった!」

「だって、見渡してもルーカスさまの姿がなかったんですもの」

「……っ、お前から目を離した俺も悪いが、もっと自分の身を大切にしろ」

ミリアは首をこてっと傾げた。

「ですが、あの程度の事態は自力でなんとかできますよ? 今もぴんぴんしておりますし」

「だがお前は人間で、魔物より弱ーー」

「そういえば、夜会で小耳に挟んだのですけど、ルーカスさまのお母さまは人間なんですね」

人間という言葉を聞いて、ミリアは魔物たちの会話を思い出した。

何気ない発言だったのだが、ルーカスの顔はただでさえ白いのに完全に血の気が引いていた。

「ル……」

「出て行け」

ルーカスは目を合わせもせずにそう言った。

「でもーー」

「いいから早く出て行け!」

ルーカスの剣幕に、ミリアは今は何を言っても無駄だと引くことにした。

部屋を出る前に、ルーカスの姿を再び窺う。大きな背中は、なぜだか頼りなさげに小さく見えた。

「……失礼しますわ」

ばたん、と扉を閉める。

なぜルーカスはあれほどの怒りを見せたのだろうか。人間、という言葉が発端なのは間違いないが、どうしてーー。

ミリアは堂々巡りする思考を止めた。ミリアが何より恐れているのは、このままルーカスと仲直りできないのではないかということだ。

今まで何度も怒られたが、今日ほどではなかった。

(いえ……あれは怒りというよりも)

ミリアが悄然として扉の前に立ち尽くしているとーー。

「ミリア様?」

「……ウィル」

「何かありましたか? ひどく辛そうな顔をなさってますが」

ウィルが心配そうに見つめてくる。ミリアは普段泣き言を言わないように心がけているが、今は無理だった。

「……ルーカスさまに出て行け、って言われました。たぶん、わたしがルーカスさまのお母さまは人間なんですねって話をしたから……」

話しながら、自分の声が震えていることにミリアは気がついた。

ウィルは気遣わしげな表情を固くして、声を潜めて告げた。

「……ミリア様、少しお話ししましょう」

そう言って連れていかれた先は応接間だ。ウィルは人払いを済ませると、ミリアに温かい紅茶を淹れてくれた。ミリアは固辞するウィルを対面の椅子に座らせた。

「ウィルはルーカスさまがどうしてあんなことを言ったのかわかるの?」

「……わかります。ですが、その理由は本人に聞くのが一番ですよ」

「そうよね……」

それができれば、苦労はしないのだけど。

「代わりに、他のことなら教えましょう。夜会で何か聞きませんでしたか?」

「……何人か、ルーカスさまを『臆病者』って言っていたわ」

根も葉もない噂だと、ルーカスに伝えようとすら思わなかったのだが。

「では、ルーカス様が『臆病者』の誹りを受けるきっかけを……ミリア様、魔王大戦の概略はご存知ですよね?」

「ええ、先代の魔王さま……ルーカスさまのお父さまが起こしたのよね」

「魔物たちは、ルーカス様が先代を止めるために出陣せず、安全な場所へ避難していたのが気にくわないのです」

「でも、ルーカスさまは次代の魔王なのだから、その行動は当然だわ」

ウィルは少し首を横に振った。

「当然ですが……反魔王派は理屈などどうでも良いのです」

「そもそも、どうしてその方々はルーカスさまと敵対しているの?」

「話せば長くなるのですが……」

要約するとこうだ。

親魔王派は、ルーカスの祖父の味方についた。ルーカス自身もこちら側だった。

反魔王派は、ルーカスの父親に与していて、彼が討たれた後に勢力を弱めた。そのためルーカスに恨みを持っているらしい。

「つまり、負け犬がうるさく吠えている、ということね」

「ざっくり言ってしまえばそうですね」

ミリアはふと思い出す。

「あら? でも反魔王派のわりに家が権力持ちそうな傲慢な方がいらっしゃったのだけど……」

「もしかして、アシュレイ様ですか?」

「そんな名前だったような……」

ミリアは基本、覚える価値のあることだけを覚えるので、いかにも小物そうなギルバートをはっきりと覚えていなかったのだ。

「アシュレイ家は先先代の奥方様の生家なので、それほど没落しなかったのですよ」

「なるほど。え、それなのに反魔王派?」

「最初は先先代側でしたが、先代が魔王に即位するとすぐに裏切りました。奥方様は既に亡くなっておられましたし、あの家は仁義より力を重んじるので」

「あぁ、それであの方、臆病者のルーカスさまより自分の方が魔王に相応しいなんて戯言を言っていたのね」

どこからどう見ても、あの男が王の器を持っているとは思えないが。

ウィルは不快そうに眉根を寄せた。

「まだそんなことを言う輩がいるのですか……魔王になどなれるはずがないのに」

「あんなのが魔王になったら世界中が混乱しますものね」

「それもありますが……ミリアさまには伝えますが、魔物は魔王にはなれません」

「え? だってルーカスさまは……」

ミリアの戸惑う声に、ウィルは微笑んだ。

「ここに、ルーカス様が逃げざるをえなかった理由があります。魔王とは、魔を統べる王ですが、魔物ではない。魔の統率者として創造神オーレンが生み出した神です」

話が非常に壮大になったとミリアは思ったが、そもそも魔物だろうと神だろうとルーカスはルーカスなのだから、構わない気もした。

「神には色々います。永遠を生きるものもいれば、世襲の神もいる。魔王は後者です」

「じゃあ、ルーカスさまが結婚しなかったら困るじゃない」

ルーカスが子を為さずに命を終えたら、魔王はいなくなってしまう。

「世襲の神は、次代を生まない限り死ぬことはありません」

「それで、ルーカスさまは逃げなければならなかったのね」

万が一ルーカスが死んだら、先代が新たに子を持たない限り代替わりはありえない。不死の体で暴れられたら、勝ち目はないのだ。

ぞっとした。魔王大戦の悲惨さは、長い年月を経た今でも語り継がれている。ルーカスの死は世界の滅亡と同義だったのだ。

ミリアは息を大きく吐いた。もう一つの疑問が解けて納得したのだ。

「そして、それが貴方たち使用人が必死になってルーカスさまとわたしをくっつけようとした理由なのね」

「おや、ばれてしまいましたか」

「ばれるわよ。いちゃいちゃしているところを温かい目で見守られてたら」

正直、少し嫌だったのだ。ただ見られていることに気づいたルーカスの反応が可愛らしいから我慢していただけで。

ウィルは幾分優しい声音で答えた。

「あの方に子が出来なければ、あの方は永遠に魔王として生き続けなければならない。そうなると私たちにも寿命があるので、あの方は何度も何度も別れを経験しなければならない。それだけは、嫌だったのです」

「ルーカスさまは本当に部下に慕われている果報者ですわ」

「ええ、それに可愛らしい婚約者までいるんです。……辛い思いをしたあの方は、報われてほしい」

ミリアは肩を落とす。ルーカスに拒絶されたことを思い出したのだ。

「……わたし、ルーカスさまと仲直りできるかしら」

「できますよ。だって、本当に出て行ってほしいなら、あの方は問答無用で城から追い出すはずです」

そうしないのは、ミリア様が大切だからですよ。

ウィルの言葉に、ミリアの萎れた気持ちは少し復活した。

ミリアはよろよろと立ち上がりーー気合いを入れるため、全力で自らの頰を張った。

ぱぁんっ、と響く音に目を丸くするウィルに背を向けて、小走りで部屋の外へ向かう。

「ウィル、ありがとう。もう一度ルーカスさまのところへ行ってみるわ」

ミリアは軽く手を振って猛然と執務室に向かった。

「……ミリア様、大丈夫かな。凄い音だったけど」

腫れなきゃいいなと、ウィルの心配はミリアとルーカスの仲直りより張り手をかまされた頰に向かっていた。

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