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魔王さまの婚約者  作者: まあや
魔王誘惑作戦
13/24

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一週間も経たぬうちに、ローラは帰還した。

報告に現れたローラを見て、ルーカスは仕事を手伝ってくれていたミリアに気まずげに目をやる。

ミリアはくすくすと笑って立ち上がった。

「わたし、ちょっと疲れたんで、休憩してきますね」

「わかった。ゆっくりしていろ」

「ローラ、久しぶり。また時間があったらお話しましょう?」

「もちろんよ」

去り際にぎゅっとローラを抱き締めると、満足したのか部屋を出ていく。

と思いきやひょこっと顔を覗かせる。

「ルーカスさま、隠し事はいいですけど、浮気はだめですよ」

それだけ言うと今度こそ本当に立ち去った。

ルーカスは揺れる金の髪を目で追っていたが、咳払いで我に帰る。

「ミリアちゃん、気づいてるの?」

「さあな。それより、えらい早く帰ってきたな。何か問題があったか?」

見た限りでは怪我を負っているわけでもなさそうだ。訝しむと、ローラは艶やかに笑ってみせた。

「いいえ。むしろ逆です。もう十分な情報が集まったので報告に参りました。……正直、ここまでアシュレイ家が無能とは思わなかったわ」

ルーカスはローラの話に耳を傾けた。


花瓶の水を差し替えながら、ローラは物思いに耽っていた。

(まさかこんなにあっさり潜入できるなんてねぇ……)

面接を受けた際に特に何も質問されないままに『採用』と言われた時の衝撃は筆舌に尽くしがたい。

面接官にそんな簡単に決めていいのかと尋ねると、彼は『ギルバート様好みの顔と身体つきなので問題ないです』と堂々と宣った。いっそ潔い。

(アシュレイ家は顔採用って本当だったのね。折角作った偽の経歴も不要だったわ)

同僚も口が軽くて大変助かる。皆見た目は確かに美しいが頭は空っぽのようだ。

そんな失礼なことを考えていると、背後に誰かが立った。

「おい」

「何でしょうか?」

振り向くと、声をかけてきた男は調査対象であるギルバートであった。

ギルバートは無遠慮にローラの顎を持ち上げて顔を上向かせた。

至近距離の美形に、普通なら胸を高鳴らせてもおかしくはないが、ウィル一筋のローラは全く何も感じなかった。そもそも中性的な美貌が好きなのであって、いかにも男らしいギルバートは範疇外である。

「見ない顔だな。新しく雇われたメイドか?」

「はい。……ロザンヌと申します」

顔色を変えることなく、すらすらと偽名を使う。

「ロザンヌ……種族は?」

「セイレーンです」

セイレーンとは、美しい歌声で舟人を惑わし、死へと誘う海の魔物である。

「ならば、今宵は俺のために歌ってもらおうか」

気障ったらしい口調のギルバートに嫌気が指しつつも、頰を赤く染め、いかにも喜んでいるように振る舞う。

「わかりました。今晩、ギルバート様の部屋に伺います」

「楽しみだ」

返事にいたく満足したギルバートは鼻歌を歌いながらローラから離れる。

ローラは内心で毒づいていた。

(女の敵ね……まぁいいわ。こっちから接触する手間も省けたし、準備をすすめましょう)

与えられた仕事を終え、晩酌用のワインに自白剤を入れた頃には、すっかり日が落ちていた。

ギルバートの部屋を訪う。

「ロザンヌです」

「おぉ! 入れ!」

足を一歩踏み入れ、引きつりかけた表情を、顔中の筋肉を総動員して笑みに変える。

アシュレイ家は名家だけあって、魔王城に比べると華美だが気品のある邸宅なのだがーーギルバートの部屋は、成金のように悪趣味に飾り立てられていた。家具の一つ一つは名品と言える品のはずだが、全てが自己主張をしていてアンバランスだ。

美的感覚は遺伝しないのだなとつくづく実感する。

入るなり肩を抱かれ、ソファに座らされる。

「ギルバート様、ワインはいかがです?」

「頂こう」

グラスに自白剤入りワインを注ぐ。ギルバートは渡されたそれを、疑うこともせずに煽った。

「ギルバート様は、地位はもちろんですが才覚もあって、素晴らしいお方ですわね」

ギルバートを持ち上げるような発言をすると、気を良くしたのか、聞いてもいないことを次々と語り出した。

「俺はもっと高みを目指しているのだ」

「と、言いますと?」

「今の魔王を引きずりおろして、俺が次の魔王になる。計画も進んでいるのだ……協力者たちは俺が話した計画にいたく感銘を受けたらしくな、『貴方様ばかりに頼っていては、我々も心苦しいので、残りの作戦は我々にお任せを! 貴方様は魔王の様子を探ってください! こればかりは貴方にしかできません!』と言ったのだ」

それはきっと、ギルバートの無能さに気づいた共謀者たちが、ギルバートを体良く作戦の中枢から厄介払いしたのだろう。

ギルバートを褒め称えるのは、お飾りの魔王にして取り入るために違いない。

知っているだけ情報を吐かせた頃には、ギルバートは泥酔していた。

欲に塗れた目を向けられ、辟易する。

「……お喋りにも飽いた。もっと楽しいことをしよう」

ソファに押し倒されかけて、ローラは囁く。

「……お楽しみの前に、あたしの歌を聴いていただきたいですわ」

「それはいいな。セイレーンの歌声の美しさに勝るものはない……耳元で、たっぷり聴かせてくれ」

完全に組み敷かれても、ローラは慌てることなく口を開いた。


朝早く、ローラは身内の不幸を理由に執事に暇を願い出た。

執事は不甲斐ないギルバートに代わって山積みの書類を片付けていたため、適当に許可を出してくれた。

ちなみに、ギルバートの枕元には『昨晩ほどの情熱的な夜は初めてですーー』といった趣旨の手紙を残しておいた。一切記憶がないのも、酒の飲み過ぎだと思ってくれるだろう。

これでたった数日の潜入捜査は幕を閉じたのだ。


「お前の歌が役に立ったな」

「えぇ。ぐっすり寝込んでくれたわ」

ローラの歌声は破滅を招くというのは、魔王城内では有名な話である。しかしその理由は甘美な歌声だからではなく、異常なほどの音痴だからだ。一度聴けば、酷い頭痛と耳鳴りに襲われ、気絶する。

仲間たちに、音痴なんてセイレーンの沽券に関わるということで虐められた過去があるので、ローラにとって音痴はコンプレックスだった。

しかし、ルーカスの祖父が群れから追い出された幼いローラを拾い、音痴も笑って受け止めてくれた。

『音痴がなんだ。この城で歌い手なんて必要ないんだから、無理に歌うこともない』

ローラは救われたのだ。だから忠義を尽くすのは当然のことである。

仲間から否定された歌が役に立つ日が来るなんて、路頭に迷っていた頃の自分は思いもしなかった。

感傷に浸っている間に、ルーカスは与えられた情報をまとめ、対策を考え始めていた。

「ローラ、今日は下がってゆっくりしていればいい」

「お言葉に甘えて、そうします」

退出しようとすると、ちょうどルーカスに用があったウィルとかち合った。

「ローラ? もう帰ってたのか?」

「あたし、有能なのよ」

「ウィル、急ぎの案件でないなら後にしてくれ」

ルーカスが気を回してくれたようだ。

それに乗じて、ローラはウィルを自室へ連れ込んだ。

「大仕事終わらせたんだから、労ってちょうだい!」

「はぁ……わかったよ」

ウィルはため息を吐きつつも、ローラの頭を撫でる。

二人っきりの時は割と我儘を聞いてくれるのだ。

ローラはギルバートの文句を言いたいだけ言った。ウィルは口を挟むことなく、時たま頷いて話を促した。

「ーーそれで、あの野郎わたしをソファに押し倒したのよ。もう腹が立つったら……」

「は⁉︎」

「何もされてないわよ。歌で撃退したもの」

驚愕に目を見開くウィルを宥める。

ウィルは真顔になり、ローラをそっと抱きしめた。

今度はローラが驚く番だった。

「……確かにローラには歌があるし、無事だったからいいけど、でも押し倒されたのは気に食わない」

「…………あの野郎に感謝ね」

「何か言った?」

「なーんにも」

ウィルから抱きしめられるなんて滅多にないことだ。嫌な思いもしたが、それ以上に利があったと、ローラはご機嫌なのだった。

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