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魔王さまの婚約者  作者: まあや
魔王誘惑作戦
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大きく息を吸う。扉一枚だというのに、とんでもなく巨大な壁が立ちはだかっているように思われた。

ノックをする。

ーー返事はない。

「……入りますよ」

そっと声をかけて部屋に踏み込む。

心臓が恐ろしいほどの速さで脈打ち、静かな部屋に鼓動が響いているような錯覚を覚えた。

ルーカスはミリアに背を向けた状態で座していた。

「ルーカスさま、先程は、気に障ることを言って申し訳ございません」

「……いや、こちらも取り乱していた。すまない」

意外とあっさり謝罪されたが、依然としてルーカスの顔が見えない。

ミリアは更に距離を詰め、懇願する。

「お顔、見せてはいただけませんか?」

「……わかった」

ルーカスはゆっくりとこちらに体を向けーーその顔はどこか緊張を孕んでいるように見えたーーミリアの姿を視界に捉えた瞬間、目を剥いた。

「っ⁉︎ お前、どうしたんだその顔⁉︎ 誰にやられた!」

「へ?」

予想外の言葉にミリアは呆けた。そんな彼女を放っておいてルーカスは急いで椅子から立ち上がり、ミリアの頬に大きな手を添えた。

触れた先から冷気を感じる。どうやら魔法で冷やしているらしい。

冷やされて初めて、自分の頬が尋常じゃないくらい熱を帯びていることにミリアは気がついた。はち切れそうな痛みも感じる。

ルーカスは少し屈んでミリアに目線を合わせた。

「痛くないか? 獣が頬袋に食糧を詰め込んだように腫れるなんて……」

「……ルーカスさま、鏡を見せてください」

ルーカスがあまりにも心配してくれるので、ミリアはそんなに酷い状態なのか気になった。

ルーカスに手渡された手鏡に映っていたミリアは、ほっそりした顔が見る影もないくらいぱんぱんに腫れた状態だった。どんなに贔屓目に見てもかわいいとは言いがたい。

(ルーカスさまも心配するに決まってるわね……)

ミリアは少し遠い目をした。そうしているうちにも、ルーカスは甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。

「あー……ルーカスさま? これはですね……」

こんな顔になった経緯を説明すると、ルーカスはがっくりと肩を落とした。

「お前は馬鹿か……。気合いを入れるためといっても限度ってものがあるだろう」

「こういうのは思い切りしなきゃと」

「思い切りが良すぎる」

ルーカスはため息をついた。小さく零す。

「本当にお前は危なっかしくて、目が離せないな」

「わたし、他に何かしましたっけ?」

「嫉妬に呑まれた魔物の女どもに囲まれていたし、浮名が絶えない男に口説かれていた……その度に、俺は血の気が引く」

自嘲するような響きが、その言葉に籠もっていた。

一方ミリアは高揚していた。

「そんなに心配してくださるのは、わたしのことが好きだからですか? それとも仕事ができる部下だから?」

好きという返事は期待していないが、これはなかなか、好意を抱いてもらえているのではないだろうか。

「……俺は」

ルーカスは真剣な顔つきをしたがーー、ミリアの顔を見て再び脱力する。

「……真面目な話をしようにも、その顔を見ると……」

手で顔を覆っているから確かではないが、その肩は震えていたので、笑いを堪えているに違いない。

ミリアは手を叩く。

「たしかに、これだと気が散りますわね」

ミリアは自分の頬に手を遣りーールーカスはまた叩くつもりかと危惧したーー魔力を放出する。

光の粒子が魔方陣を描いた刹那、弾け飛ぶ。

次の瞬間には、ミリアはいつもの愛らしい姿に戻っていた。

治癒の魔法を使ったのだ。

「治せるなら最初からしろ!」

「だって、ルーカスさまが世話を焼いてくださるのが嬉しかったんですもの」

素直な想いを伝えると、ルーカスは言葉を詰まらせる。

「……俺は治癒魔法が使えないから、お前を治せないことを気に病んだのだぞ」

「以後気をつけますわ」

ミリアの場合、治癒魔法以外使えない。だが治癒に特化しているから、たいていのものは治すことができる。

だから魔物に囲まれたって、万が一怪我をしたところで治せばいいから怖くないし、自分の身よりもドレスが傷むことを気にしたのだ。

それは置いといて。

「さ、ルーカスさま。続きをどうぞ」

「そんなすぐに切り替えられるか……」

恨めしげにミリアを睨みつけるが、ミリアはどこ吹く風である。先刻の怒りと比べればかわいいものだ。

ルーカスは大きく息を吐き、言葉を絞り出した。

「俺は……お前が怖い」

「話が変わってません?」

「いいから聞け。……正確に言えば、お前を想うことで変わってしまいそうな自分が怖い」

ミリアは目を丸くした。

ルーカスの胸元に飛びつく。

「それ、わたしのことが好きって曲解しそうなんですけどよろしいですか」

「……正直、好きという気持ちが分からない」

「……ルーカスさま、確か年齢百は余裕で超えてますよね?」

「おそらく二百は超えているな」

「それで初恋まだなんですか」

「恋など、しようとしてするものではないと祖父に教えられた」

「いやまぁそれはそうなんですけど……そうですね、好きっていうのは」

ミリアは我が身を振り返る。

「少しでも顔が見たいって思ったり、お話したいって思ったり……でも好きだからこそ些細なことで感情が大きく揺れたりみたいな感じですかね」

「……難しいな」

ルーカスはふと、思い出したように口にした。

「近ごろ、お前を見ていると胸が苦しいのだ」

ミリアはその言葉の意味を理解するのに少々時間を要した。

そして理解すると、ルーカスの頭を背伸びして撫でた。

「それは病気ですよ」

ルーカスは目を見開いた。ルーカスが何か言う前に続ける。

「恋っていうなかなか治らない病です。ちなみにわたしも重篤な患者です」

「そう、なのか」

ミリアは喜びに身を震わせる一方で、先ほど、どうしてルーカスに怒られたのかは忘れていなかった。

「ねぇ、ルーカスさま。想いが通じた記念に、あなたが恋をしたくない理由を教えてください」

ルーカスは頷く。

「……わかった。お前にも、知る権利があるからな」

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