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第4話 机が真っ二つ


行きたくない。

馬車の中で震えあがる。

あれから数日が経っていた。

どうやら僕は彼女の父に嫌われている様で日取りがなかなか決まらなかった。

僕の父は仕事を理由に逃走。

一人息子の僕がどうにかなったらどうするつもりなんだ……


「ああ……」


見えてきた。立派な門構え……私兵が入り口を守っている。

身分を提示すると、門を開けてくれた。

ギギギ、と、ゴゴゴ、の中間の音を立てながら門が開く。


森。


僕の家もそうだが、広い土地の真ん中に屋敷があって、周りは森なのだ。

馬車が必須だ。

ゆっくりと敷地内へ入って行く。

馬車が通れる道は一本で、迷う事はなさそうだ。

しばらく道なりに進んでいる時だった。


「スーリア様ぁ!」


聞いた事のある澄んだ声。

馬車から顔を出す。


「ロザリア!?」


大きく手を振りながら正面からロザリアが走りながらやって来た。

相変わらず走るのが早、って、


「うわあぁあッ!!!」


窓から顔を覗かせていた僕に抱き着いて来た。

ロザリアは窓からするりと馬車の中に入り、華麗に着地を決めていた。

暗殺者か何かだろうか?

僕はと言うと……


「いててて……」


引っ繰り返って頭をぶつけていた。


「坊ちゃま! 大丈夫ですか!?」


僕をここまで連れて来てくれた御者が心配そうに言うので、心配ない事を伝える。


「スーリア様っ! 会いたかったっ」

「うん……僕もだよ」

「本当ですか! ああっ、嬉しくて目眩が……」

「おぉっ、とと……」


本当に目眩が起きたのかロザリアは僕の腕にしがみ付く。

彼女は僕の事が本当に好きなんだなぁ、と改めて思う。

今日のロザリアは動きやすそうなぴったりとしたシャツにハーフパンツだ。


「ロザリア、どうして此処に?」


聞くと、僕が到着したとの知らせを聞いていてもたっても居られなくなって、家を飛び出し会いに来たとの事だった。


「君のお父上は、あれからどうだい?」


くっ付くロザリアに、今一番気になっている事を聞いた。


「私がお嫁に行くってなってからずっと機嫌が悪いの……今日は特に悪いわ」


うぐぅ……説得出来てないではないか……

呻き声を何とか飲み込む。


「でも大丈夫、私が守るわ……スーリア様、好き」

「うん……ありがとう、ロザリア……」


胃がキリキリと痛い……穴が開かない様、祈っておく。

行きたくない。

此処まで来て往生際が悪いとは思う。

でも僕は、まだ死にたくは……


「あそこよ、あれが屋敷」

「ああ、うん」


玄関前で馬車が止まる。

僕が先に降りて、ロザリアに手を貸す。

ロザリアは嬉しそうに微笑んで僕の手を取った。

玄関から品の良い女性と何人かのメイドが現れた。


「ようこそ、当家へ」

「初めまして、スーリア・スガナバルト・ナイトレイです」

「話はロザリアから伺っておりますわ」

「お母様、お父様は……?」


女性はロザリアの母親の様だ。確かに顔が似ている。


「それよりも、ロザリア……部屋で大人しくしていなさいって言ったでしょう?」

「だって……じっとしていられなかったんだもの」

「はしたない事はしてないでしょうね?」

「……してない………と、思っています……」


彼女の母は大きく溜息を吐いた。


「申し訳ございません、娘がご迷惑を……」

「い、いえ……気にしていません! とても可愛らしいお嬢さんで」

「可愛らしいのは見た目だけなんです……」


……ん? どう言う意味の発言だろうか?


「立ち話もなんですから……さあ、どうぞ」

「はい……お邪魔致します」


玄関をくぐる。

一級品の調度品が並び、目の前には大きな絵画が掛けられていた。

男性と、女性の絵だ。これは、もしかして……


「これはお父様とお母様よ。グラスバルト家は代々の当主と妻の絵を描いて飾るのよ」


この家の風習か……僕の家にはない風習だ。

とても素敵だなと思った。

絵を……特に男性の方を見る。

僕は今からこの方に何を言われるのか……それだけが心配だ。


「主人はすでに部屋で待っております、私はお茶の用意をして参りますのでロザリアと一緒にどうぞ……」

「スーリア様、部屋はこちらです」


部屋でもう待ってるって事?

ロザリアの母と別れ、腕をぴっぱられるまま、付いて行く。

部屋の前に着いて、ごくりと生唾を飲み込む。

と、取り敢えずノックを……手を伸ばす。


「お父様!」


ロザリアはノックもせずに扉を勢いよく開け、中に入って行った。

僕はノックをしようとしたポーズのまま固まる。

恐る恐る部屋に眼を向けると、


「ぃ、っ……」


ロザリアと同じ赤い瞳が射殺さんばかりに僕を睨んでいた。

父親である閣下とは髪の色も瞳の色も違うが……顔の造りは良く似ている。

この方が次の元帥になられるお人か……


「失礼いたします……」


僕はゆっくりと部屋に入った。

ロザリアに促されて椅子に座った。

蛇に睨まれる蛙ってこんな気持ちだろうか?

つまり怖い……

ロザリアが僕のすぐ隣に座る。

また強く睨まれた。隣はやめてほしかった。


「スーリア・スガナバルト・ナイトレイ、と申します……お義父さ」


ダンッ!!! バキバキ! メキメキ!


「君にそう呼ばれる筋合いはない」


ひ、ひいいぃい……

机が真っ二つに……!

僕もああなってしまう運命なのか!?


「も、申し訳ありません! ……なんとお呼びすればよいでしょうか?」

「………副隊長と呼べ」


役職か。

名前呼びも怖いし丁度いい。

ロザリアは机が割れてしまった事に対して、あらまあと軽い反応だった。

日常茶飯事なのか?


「副隊長殿、その……僕が此処へお邪魔したのは」

「知っている、ロザリアとの婚姻の事だろう」

「は……はい」

「認められない、諦めろ」

「お父様! あんまりだわ! 折角いらしていただいたのに……」


ロザリアを盗み見る。

怒っている様で頬が赤くなっていた。


「できれば理由をお聞かせできないでしょうか?」

「……」

「納得できる理由なら、諦めますので」

「! い、嫌よ! もう婚約したのよ!」

「ごめんね、ロザリア……理由を聞いてから判断するから」


そう言うと、ロザリアは大粒の涙を零し始める。

父親の事をこれでもかと睨み付けている。

副隊長も、これにはたじろいでいる。

親子の関係にヒビが入りかけている時、ロザリアの母が部屋に入った。


「まあ……ロザリア落ち着いて」


母親になだめられたが、ロザリアの悲しみが薄まる事はない。


「お母様っ、お父様は酷いの……私が選んだ人ならどんな人でもいいって、言ったのに……!」

「お父様はあなたの事をよく考えていらっしゃるのよ」

「考えてなんかいないわ! 私は幸せになりたいだけなのにっ」


母と娘の会話を聞きつつ、父親の発言を待った。

僕の家は三大貴族と呼ばれる由緒正しい家だ。

どのような理由だろうか。


「……君の事は良く知っているよ。スーリア・スガナバルト・ナイトレイ」

「光栄です」

「君は魔法具開発の第一人者だ。君が作った魔法具は当家にもある」

「では、何故駄目なのでしょう」


副隊長が一つ、息を吐いた。


「君に戦う力が無いからだ」


黙った。


「ロザリアは魔力を持っている、誰かの庇護のもとに居なくてはならない」


この世界で女性は基本、魔力を持たない。

持っていると、攫われ他国で高値で売られるのだ。

世界では人さらいが横行しているのだ。


「君はもしもの時にロザリアを守れるのか?」


僕は、何も言えなかった。

言葉もなく、ただ、俯く。

何か言い返す気力もない。

そうだ、僕は……ロザリアを守れない。


「その様な事……」


すっとロザリアは立ち上がった。

ぼんやりとその横顔を見上げる。


「私は、自分の身は自分で守れます! わざわざ守っていただかなくても結構です!!」

「ロザリア」

「自分の身も守れないならばグラスバルトの名が泣きます! 私はグラスバルト家の人間なのですよ、お父様!」


ロザリアは胸を張った。自分がグラスバルト家の人間であることを誇りに思っているようだった。


「それっぽい理由を付けて、私を嫁に出したくないだけでしょう!!」

「なっ、違うぞ! ロザリア!」

「私に婚約者を作らなかったのはそう言う理由があったからでしょう? 分かっているわ!」


親子が言い争いを始めた。

父親が劣勢の様だ。どうやらロザリアが言った事は図星らしい。

争いはヒートアップしていく。


「分からず屋! もういい!! お父様なんて大っ嫌い!!」

「親になんて口を聞くんだ!」

「結婚を認めてくれないなら、私はこの家を出ます! 二度とこの家には帰りません!」


そこまで言い切ったロザリアは僕の腕にがっしりと、しがみ付いた。

父親は呆然としている。


「スーリア様は私は貴族で無くなったら嫌?」

「え? えぇ?」

「私、グラスバルトの名前を捨てるわ……貴族でない私と結婚してくれる?」

「それは問題ないから大丈夫だけど……」


ロザリアの笑顔がはじけた。


「嬉しい! もっと早く捨てておけばよかった!」


あの……その発言は如何な物かと思いますよ?


「今すぐ荷物を纏めて来るから……」

「まあまあまあ、待ちなさいロザリア」


ロザリアを引き留めたのは彼女の母親だ。


「ロザリア、本当に家を捨ててしまうの?」

「うん」

「……お父様もお母様もとても悲しいわ、考え直して」

「考え直したら結婚できるの? 出来ないでしょう?」

「はあ……分かったわ、少し待って」


ロザリアの母は自分の未だ放心状態の夫の方へ向かって行く。


「旦那様、もういいではありませんか」


二人の視線が合った。


「良く見て下さい、二人はとってもお似合いですよ……ね?」


副隊長の視線が注がれ、自然と背筋が伸びる。


「ロザリアが何時かお嫁に行ってしまうのは仕方の無い事だって、分かっていたでしょう?」

「……ああ」

「ほら、そんな顔しないで……祝福してあげましょう?」

「分かってはいたが、キツイな……父上の事を馬鹿に出来ない……」

「ふふ、代わりに私がずっと側にいますから」


少し、羨ましくなった。

二人は理想の夫婦像だった。

僕とロザリアもあんな風になれるだろうか?


「二人とも、悪かった」

「そ、そんな頭を下げないで下さい」


頭を下げた彼女の父親にそう声をかける。

すっきりしたのかもう睨まれる事は無かった。


「婚姻を認めよう……グラスバルト家の当主にもそう伝えておく」

「ありがとうございます」

「それから……ロザリア」

「はい、なんでしょう?」

「幸せになれよ」


ロザリアは笑顔を作った。


「もちろんです!」

「できれば結婚してもたまには帰って来てほしい……」

「旦那様!!」


未練が残る発言に妻がたしなめた。


「スーリア様が良いって言うなら」

「良いよ! 好きに帰っていいから……」


慌ててそう言うとロザリアは花の様に微笑む。

ああ、やっぱり美しい。

話しはまとまった。

上手くいってよかった。安堵からほっと一息つく。


「それでは失礼いたします」


ロザリアの両親に頭を下げる。


「ああ」

「お気をつけて」

「私、お見送りしてきます」


部屋を出るとロザリアが付いてきた。


「ありがとうございます、スーリア様」

「いや、僕は何もしていない様な……」


部屋で話を聞いていただけの様な……?

説得は彼女の母親がしたから……


「父の為にお手数をおかけしました……おじい様に似てお父様は少し頑固なのです」

「そうなんだ……閣下も頑固なんだね」


他愛もない会話をして、質の良い調度品が置かれた廊下を進んで行く。

すると、ドンッ! と横から衝撃があって、倒れ込む。


「いてっ! な、なんだ?」


年の頃、十代中頃だろうか?

仁王立ちして僕を見下ろす少年。黒い髪に赤い瞳。


「ぅ……」


赤い眼に再び睨まれ、呻く。

少年の姿には覚えがあった。

ロザリアの父を小さくした様な感じだ。

少年は、見下す様に一度笑い、


「よわっちいの」


そう一言。


「コラ! 何てこというの!」

「こんなのと結婚するって? 姉上目ん玉入ってるの?」

「謝りなさい!」

「やだね、考え直した方が良いよ」

「いい加減にしなさい!!!」


ロザリアに怒られて、ぴゅーっと少年は風の様に走り去って行った。


「い、今のって?」


ロザリアに手を貸してもらいながら立ち上がり、聞くと、


「私の弟なの……ごめんなさい、嫌な思いしたでしょう?」

「いや、別に大丈夫だけど」


僕が弱いのは変えようの無い事実だから……


「弟もね、私の結婚を良く思ってないみたいなの……」

「そうなのか」

「うん、たった一人の姉弟だから……置いて行かれるみたいで寂しいみたい」


僕には兄弟はいない。

気持ちはよく分からないけど、置いて行かれる気持ちは想像できる。


「結婚までに寂しい気持ちを何とか出来ると良いね」

「うん……ありがとう、スーリア様」


無事に玄関を出て、ロザリアに別れの挨拶をした。


「それじゃあ、また」

「はい、お元気で」

「予定は後で詰めよう……今日、僕の父が来れなかったから……」


顔合わせを改めてする必要がある。

おのれ父上。


「私は早く結婚できるのを心待ちにしております」

「うん、早く出来ると良いよね」


僕の言葉にロザリアは眼を輝かせ、嬉しそうにしている。

馬車に乗り込んで、ロザリアに手を振る。


「またね」

「はい」


ふと上を見ると、ベランダに弟の姿を見つけた。

弟にも手を振ると、弟はものすごく嫌そうな顔をして部屋の中に走り去って行った。

あらら……嫌われてるなあ、僕。

屋敷を後にする。

ロザリアが何時までも手を振るので僕も振り続けた。

ベランダに、また弟の姿を見つけた。

僕の事が気になっている様だ。

今度会った時に少しでも話せたらいいな、そう前向きに考えながら帰路についた。


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