第1話 ジャガイモ
最後にネジを止め、魔力石の代わりに自分の魔力を流してみる。
出来たばかりの自作、魔法具が動き出す。
「………」
出力が少し弱いように感じた。
もう少し強く出した方が良いだろうか?
その場合、魔力を多く使う事になる……どこかで軽減しなくては。
組み上がったばかりの魔法具を再び解体し始める。
ああもう、長い髪が邪魔だな。ヘアゴムで適当にまとめる。
夢中になって作業を続けていると……
バタン!
勢いよくドアが開いた。
恐る恐る音のした方を見る。
「坊ちゃま! 何をしていらっしゃるのです!?」
「ひえっ」
赤身の強い茶髪に、同じ色の瞳。
自分の母親とそう変わらない年齢のメイドは、僕を仁王立ちで見下ろす。
「な、何って魔法具を作ってたんだよ……」
「家に仕事を持ち込まないで下さいませ!」
そう言う事は女性が一番嫌う事ですよ! と、離婚経験があるメイドは叫ぶ。
「わ、分かったよ……ちょっと落ち着こうよターリィ……」
「落ち着いてなど居られません! 今日は侯爵家御令嬢とのお見合いの日です! それなのになんですかその恰好は!!」
僕の恰好は家着兼作業服だ。さっきまで作業をしていて、オイルで汚れているし、油臭い。
仕方ない、僕はすっかり見合いの事など忘れていたのだから。
「分かった着替えるから」
「着替えるだけでは足りません! お風呂に入って来てください!」
「えー? そこまでしなくても」
「すべこべ言わずにさっさと行動!!」
バチン! とお尻を叩かれる。
「ひえっ! 分かりましたあっ!」
痛みに驚いて部屋を飛び出す。
そのままお風呂場に向かった……
*****
僕はスーリア・スガナバルト・ナイトレイ。
この国、アークバルトの公爵家、スガナバルトの嫡子だ。
スガナバルトはこの国では三大貴族とも言われるほど有名な貴族だ。
国の建国に携わったもっとも古い家の一つ。
それがスガナバルトだ。
「ほら、しゃんとして!」
「……はい」
「猫背禁止! 折角背が高いのです、アピールしてください!」
さっきから僕に激励を飛ばしているのがメイドのターリィだ。
僕の母は子供の時に亡くなってしまっている為、彼女がほとんど母親代わりと言って良かった。
彼女は夫と離婚して子供達とひもじい生活を余儀なくされていた庶民だったが、哀れに思った僕の父が拾い上げた。
下級メイドからスタートして忙しい仕事に家事に育児……とても大変だったようだ。
しかし、それ以上に僕の父に対して感謝の念が強いらしく、今では子供も独り立ちして自由になり、仕事では僕付きの専属メイドになっている。
「今回で決めて下さいね! 坊ちゃま!」
そんなターリィは僕が結婚する事を夢見ている。
僕の年齢は25歳……婚約者が居なくてはおかしい年齢だ。
しかし、そんな僕には浮いた話一つない。
僕は話すのが苦手だ……特に女性……何を話して良いのか全く分からないのだ。
今まで僕は仕事一筋だった。
僕の一族は代々魔法具生産を王家から言い使わされている。
魔法具生産のプロ中のプロ。
幼少期から僕は魔法具に触れあって来た。
僕の世界には魔法具しか無かった。魔法具の世界にたっぷりどっぷり浸かって行く事になり……僕は婚期を逃し続けている。
正直、結婚したいか? と思うと……そうでもない気がする。
魔法具が有れば、僕はそれだけで生きていける。
そうなると……跡継ぎ問題が勃発することになるが……
「今日の相手はどんな子?」
ターリィに聞いてみる。
この前の子は見た目が派手すぎて断ったんだよな……
「むっふっふっふー」
ターリィは笑った。そして手を腰に当てた。
「今日の子は一押しですよ! 坊ちゃまの希望、そのまんまの子です!」
「僕、何か言ったっけ?」
「もうお忘れですか? ええっとですね、」
僕の希望の子。
一緒に居て気疲れしない子。
あんまり華やかではない子。
おしとやかでうるさくない子。
……胸が大きい子。
「そんな事言ったっけ?」
「ええ! このターリィ、しかと聞きましたよ!」
胸の大きさ云々は……言った気がする……
茶色の髪の、茶色の瞳の持ち主で、年齢は21歳。
貴族女性としては行き遅れの年齢だが、何か理由があるのだろうか。
僕も人の事は言えないか……
「さあ、こちらにいらっしゃいます」
「うん」
「ファイトです! 坊ちゃま!」
ドアノブに手をかけ、ゆっくりと開けた。
彼女の後ろ姿が眼に入った。
「……?」
あれ? なんだろう、大きく見えるが……
彼女はゆっくり振り向いた。
「うっ……」
僕は静かに呻いた。
彼女は……僕の見合い相手は脂肪の塊だった。
手も足も沢山の脂肪がついている。
普通の人間のそれでは無い。
「まあ、初めまして……私、サンドラと申します……」
「あ、ああ……僕はスーリア、よろしく……」
ジャガイモ。
彼女の容姿を表現するならば、ジャガイモに眼をくっ付けた、が一番近いであろう。
ジャガイモがピンクのドレスを着てる……普通ではありえない光景だ。
「……」
確かに胸は大きい。
顔を歪める。胸以外にも脂肪が付きすぎなんだよなあ……
彼女……サンドラが行き遅れている理由が分かった。
サンドラはジャガイモ令嬢なのだ……ジャガイモと結婚したい人間がはたしているだろうか?
さして異性を意識していない僕でもキツイ……
ジャガイモに埋もれていたが、部屋にはもう一人人間が居た。
「初めまして、スーリア様」
「ああ……侯爵ですか?」
「ええ、いかにも……サンドラの父です」
サンドラの父は普通の人間だった。
ジャガイモの父は人間だった?
……うん? 何だか混乱して来た。
「どうぞ、お二方座って下さい……」
自分も座ってから改めて自己紹介をした。
しばらくして、僕は仕事が好きなのでそれとなく家庭を顧みないかも、と言う話をする。
できれば諦めてくれ……僕に君は重すぎる……
しかし、サンドラは頬を赤らめる。
「そんな、構いませんわ……」
「その……忙しいと何日も帰って来れませんし」
「ご心配、痛み入りますわ……私の事を心配して下さるなんて……」
ジャガイモが赤くなる。
隣に居た侯爵は何やら泣きそうな顔をしている。
「サンドラ! 良かったではないか! お前の事を考えて下さる方がいらっしゃって!」
「はい、お父様!」
「ようやくお前の晴れ姿が見れそうだよ!」
「まあ、お父様ったら! まだ早いわ」
親子は楽しそうに笑いあう。
どうしてこうなった。
……もしや親子はこうして結婚相手を探していたが見た目のせいで門前払いを貰い、この歳になるまでふらふらしていたのか?
門前払いが多かったのに僕が断ろうと切り出した会話……結婚したら苦労するよ、と言う未来の話をしたせいで親子に謎のスイッチが入ってしまったのか?
ようやく結婚できるぞ、サンドラ!
ええ私、やりましたわ! お父様!
そんな幻聴が聞こえる。
ちょっとまって……僕を置いて行くな……
「お話、よく分かりました……こちらからまた改めてお返事いたします」
頭の中で断わりの文面を考える。
空気に耐え切れず先に部屋を出た。
目眩を覚えながら自室を目指す。
何だあれは……一体なんだったんだ……夢なら覚めてくれ……
「坊ちゃま! 早かったですね!」
後ろからターリィの声がした。
どうやら紅茶の準備をしていた様だが、出番は無かった。
「おまえぇえ!!」
言いながら振り向き、ターリィにくってかかる。
「何だよアレ!」
「アレ、とは?」
「あんのジャガイモの事だよ!!」
「坊ちゃま……御令嬢にジャガイモとはなんです?」
「………」
ターリィに凄まれて静かになる。
僕は争い事が苦手だ。こればかりは昔からだから仕方ない。
「何時までも決めないから、ああ言う御令嬢も候補になってしまうのです」
「……はい」
「嫌なら積極的にパーティや夜会に参加なさってください」
「でも仕事が……」
「シャラップ」
「ぅ……」
「仕事終った後にいくらでも行けます、お分かりですか?」
ターリィはわざとらしく溜息を吐いた。
そして唐突に下ネタ爆撃し始める。
「胸が大きいからと言ってジャガイモにたちますか?」
「な! 何言って」
「ジャガイモと子作りできますか?」
「………」
「服の下もジャガイモですよ?」
「っ! ジャガイモに対して性的欲求がある訳ないだろ!」
ジャガイモで発散するとか上級どころではない……変態だ。
変態? いや、それはもう人間ではないだろう。
「早く決めて下さらない様ならまたお見合いをセッティングしますからね!」
「……ええ? またジャガイモ?」
「いいえ、今度は……」
通称『蛇』と呼ばれ一向に結婚相手が見つからない御令嬢……
鳥肌が一気に立つ。
「僕が爬虫類苦手な事知っててか!」
「勿論です! いい子を紹介してくださいね、待ってますから!」
この鬼畜メイド!
……でも、この状況を作り出してしまったのは自分か。
「はあ……」
仕事があるのか去って行くターリィの背中を見つめながら重たい溜息を吐く。
パーティとか何年振りだろうか? 気が重い……
*****
馬車で職場に向かう。
場所は王都にある王家が住む城の隣だ。一応国家機密が詰まっているので最優先で守られるべき場所だ。
守るのは代々争い事が苦手な我が一族では無く……国防を一手に司っているグラスバルト家の仕事だ。
グラスバルト家もスガナバルト家と同じ、三大貴族の一つだ。
「おはようございます」
「はよ、スーリア」
「スーリアさん、おはようです」
一人一人に声をかけて行く。
皆、魔法具に命を懸けている魔法具馬鹿ばかり。僕もその一人だ。
此処では日夜、生活に役立つ庶民向けの魔法具や、いざ戦争になった場合に役立つ魔法具などを制作している。
僕はどちらかと言うと庶民向けの道具を作る方が好きだったりする。
「父は……所長は知りませんか?」
「親父さんなら専用部屋じゃないか?」
父は此処のトップだ。トップは世襲制で次は僕の番だろう。
専用部屋、とは魔法具大好きな父専用の部屋の事。
昨日、父は帰ってこなかった。
魔法具開発に熱が入って時間を忘れてしまったのだろう。僕も経験があるから分かる。
「父上? 生きてますか?」
問いかけながら専用部屋のドアを開ける。
「!?」
父は部屋に有った大量の魔法具の雪崩に巻き込まれ、うつ伏せに倒れてぴくりとも動かない。
「何してるんですか!?」
駆け寄ると、その振動でさらに違う魔法具の山が崩れた。
「うわああぁああっ!!」
僕は魔法具の雪崩に巻き込まれた。
音で起きた父と眼が合った。
「どんくさいなあ、スーリア……」
「誰に似たんですか! 誰に!!」
父はどんくさい。息子の僕もどんくさい。完全な遺伝だ。
何とか山から抜け出して、父を引っ張り出す。
「いやあ、スマン」
「何故助けを呼ばなかったのです?」
「なんて事は無いさ……」
沢山の魔法具に襲われていると思ったら興奮してしまったらしい。
父上……母が亡くなってしまったから無機物に性的興奮を……?
僕はそれを冷たい眼で見る。
「そんな眼で見るな……ぱぱでちゅよ?」
「突然ボケるのやめて下さい……」
「む……昔はこれで喜んでいたのに……」
「何年前の話ですか……」
もう一度父の顔を見た。
黒っぽい茶色の長い髪に、長い前髪から覗く特徴的な青い瞳。
僕と同じ、水の魔力が宿っている。
この世界には火、風、水の三種類の魔力がある。
瞳の色を見ればどの属性か分かる。僕ら親子は水属性だ。
「昨日見合い相手が来たのですが」
「ああ……素直な性格のいい子だったろう?」
「ボケてるんですか?」
「? ボケてなどいないが。もう少し痩せればあの子は化けるぞ」
性格が良いだって? そうだったのか?
ジャガイモに驚いてしっかり話さなかったからよく分からない……
「そんな事より」
ジャガイモはもう終わった事だ。
僕は部屋で一人作っていた魔法具を取り出す。
「ほう」
形を見て父が唸る。
「持ち運びが簡単な明かりです」
「中に蝋燭が入っているのか?」
「いいえ……中に入っているのは魔力で光る石です」
魔光石と言って、与える魔力の量に応じて輝きが変わるのだ。
魔力の量が多ければ多いほど、太陽の様に光る。
蝋燭と違い、石が砕けるまで半永久的に使える魔法具だ。
「魔力供給用の魔石を入れれば、蝋燭などよりはるかに持ちます」
「ふーむ……」
「僕はこれを懐中電灯と名付けました」
父は魔法具に自分の魔力を流し、光り具合を確認している。
「噂に聞く電気魔法と似ているな。それで電灯、か」
しかし問題点もある。
石の供給量が少ない事と、同じ石でも光り具合が違う点だ。
「何処で取れる石だ?」
「ストーラです」
魔鋼鉄採掘場として有名なストーラにとって、魔光石などと言うのは邪魔な物らしくその場で捨ててしまう事が多い。
父は何度も明かりを付けたり消したりしている。
「これは画期的だな」
「そうでしょう」
「これを部屋の明かりにする事は出来ないのか? 蝋燭よりはるかに明るくなるだろう」
「なるほど……大きい魔光石が手に入ったら早速作ってみます」
父とあれやこれやと議論を交わす。
機能を確認した後、魔法具をばらして内部の確認。
父にダメ出しを貰い魔力循環効率の修正をする事となった。
循環効率については僕が散々悩んで結局答えが出なかったので父に助言がもらえて良かった。
その他、父が現在制作中の魔法具にまで議論が及んだので時間がかかった。
「もうこんな時間か」
父がぼやいた。
もうすぐ太陽の光が赤くなる頃だ。
僕達は昼食を食べ損ねたようだ。何時もの事なので気にしない。
「そろそろ帰ったらどうだ? スーリア」
「? 何故です?」
僕はこの後研究室に籠る気でいた。
早く懐中電灯を完成させたい。
「今日は陛下主催のパーティがあるはずだが」
「ああ! でも参加するなんて返信してないですし」
「代わりに返信しておいたぞ」
「……はい?」
「是非参加いたします! とな」
「何してくれちゃってるんですか!」
久しぶりに参加するパーティが陛下主催? まずい! まずすぎる!
僕は何も準備をしていない!
「僕をスガナバルト家の恥にするおつもりですか!?」
「何、心配はないさ。準備ならターリィがしてくれている。お前は帰るだけだ」
「そうでは無くて! 心の準備がですね!」
「お前の前髪は長いから切った方が良いぞ」
「父上にだけは言われたくない!!」
やんややんやと言い争っていると……
バタン!
勢いよくドアが開いて、
「坊・ちゃ・ま!!」
スタッカートが良く効いていた。
余りの声の大きさに奥にあった魔法具の一山がガザザザーと崩れる。
「ああっ、ターリィ」
「何しておられるのですか!?」
「仕事……」
「もう終わりましたよね!?」
「いやこれから」
「終わりましたよね!?」
「……」
「帰りますよ! 旦那様! 坊ちゃまをお借りします!!」
「スーリアをよろしくな」
「このターリィにお任せを!!」
首根っこを掴まれた僕は、憐れターリィに引きずられて行く……
「行きたくないぃい!」
そんな言葉を残して……