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黒鳥地区  作者: からすみ
4/5

第四話 ストーカーの青年

『………………、』

「ねーくみっち、コイツこっち来るとかほざいてるんですケド?」

眞白はぞわりと鳥肌を立たせた。

とうとうストーリーと顔を合わせる。しかも、このような最悪な形で、紅美子たちに知られる形で。

「え~今から~? 無理でしょ~」

「それな! マジここもわかんないのに来るとかありえな」


い、と発せられるべき口は胸の悪くなるような音を立てて眞白の目の前から吹き飛んだ。

その拍子に美々子の手に持たれていた青いカバーのスマートフォンが音もなく床に落ちる。


「……え?」

眞白は小さく声をあげ紅美子と美智恵は、ただ口を開けて絶句していた。

吹き飛ばされた美々子は、こめかみを撃ち抜かれ横倒れになりピクピクと痙攣したまま動かない。

そこへ静かに落ちた眞白のスマートフォンが拾い上げられた。その場の誰でもない人物が。

「……………」

紅美子と美智恵が一斉に見やる。


そこに立っていたのは、ぼさぼさとした黒髪に濃いクマ、大きな瞳は左右非対称であることを主張するように右目だけが白く濁っていた。工場で作業している中から抜け出してきたような作業衣を着た青年だった。

右手に眞白のスマートフォンを持ち、左手は耳に当てた三日月のカバーのスマートフォンを持っていた。


「やっと、会えたね」

その声は先程聞いた声と同じで、背筋が凍るような感覚を覚えた。

青年はニヤリと不気味に笑うと眞白を見る。目を細められ眞白はギョッとした。慣れた手つきで左手の三日月のスマートフォンから通話を切る。

青年は眞白しか見えていないようにスマートフォンを眞白に差し出した。だが眞白は羽交い締めにされており手を伸ばすこともできず、戸惑いの声をあげた。

「え…………えっ?」

「無視しないでよ! あなたは誰な」

ピシュン、と頬を掠め何かが背後で爆発した。だが眞白はセミロングの髪に多少の風を感じただけだった。

「え……」

何が起きたのか分からず眞白は青年を見た。青年は、いつの間にやら黒く大きな三日月に黒い球体をはめたような何かを背負っていた。そして左目の下に同じ形をした痣が浮き出ていた。

それから2秒ほど経って羽交い締めにしていた美智恵の腕が、ゆっくりと弛緩して崩れ落ちる。

「え?」

眞白は床に倒れた美智恵を見やる。それは眉間に小さな穴を開けられ、何も理解できないまま息絶えた肉でできた血袋だった。

紅美子は眞白から飛びのき、青年を睨みつけて後退りする。だが青年は紅美子など眼中にないように眞白だけを見ていた。

青年をよく見れば三日月は背負っているわけではなく、青年の背後で浮遊している。三日月の先端の間にある球体も挟まっているわけではなく、わずかに独立して浮いていた。

「エージェント・パール! あなたに白鳥は渡さないわよ!」

紅美子は目を見開き青年に向かって飛びかかった。

人ではあり得ないように目の色を真っ赤にさせ、青年と同じように背中側に正方形の黒い物体を浮かび上がらせた。

青年の背中の三日月に浮かぶ球体から弾丸のようなものがピシュンと風を切り射出される。紅美子の背中に浮く黒い正方形が回転しながら紅美子の眼前を塞ぎ弾丸のようなものを防いだ。

カン、カツン、ガッ、と鋭い音と鈍い音を繰り返しながら弾丸のようなものと正方形の何かがぶつかり合う。正方形が回転し90度の鋭い角度で青年を攻撃しようとする。

紅美子は鬼のような形相で青年を睨みつけるが青年は緩んだ表情で、だるそうに正方形を撃ち落としていた。

「眞白は君のことが苦手なんだ。さっさと死んでよ」

眞白に話しかけた時とはうって変わり、青年は酷く冷たく言い放った。それと同時に長身を紅美子に向けて歩き出す。威圧するように、白く濁った右目にも光のない黒い左目にも何も映さず。

それに圧されるように紅美子は後ずさりしていた。

「だ、れが……死ぬもんか……!」

紅美子はそれでも負けぬと青年を睨みつけた。だが青年からの弾丸は雨あられとなり防ぐだけでも精一杯と紅美子は息をあげる。

正方形が弾丸を防ぐたび、弾かれ縮まり背後に戻る。正方形の数は9つ。青年からの弾丸を防ぐには、あまりにも不安定すぎた。

ぼんやりと突然やってきた非日常を眺めていた眞白は、苦手とはいえ数ヶ月の仲の紅美子と出会って数分の青年、どちらを応援するかは火を見るより明らか。

だが得体の知れない能力を使うガタイのいい青年を止められる自信はなく、ただ横で声もあげられず傍観する。喉を引き絞られたように声が出ない。

「や、やめ……」

やっとのことで絞り出した声は酷く掠れており、青年は眞白の言葉を聞き入れる素振りもなく紅美子を攻撃し続けた。

「眞白、心配しないで。君のことは僕が守るからね」

紅美子を押しつつ青年は眞白に妖しく笑いかけた。

一方的な良心なのか、良心とすら言えない愛情か、眞白はどこまでも身勝手な青年に憤りを隠すことができない。

紅美子は青年の弾丸を黒い正方形で受け止めながら横目で眞白を見やる。怒りを抑えきれないと眉間にしわを寄せた眞白を認め、攻撃を受ける最中に声を張り上げた。

「眞白! 気を確かに!」

「いい加減にして!」

眞白が声を張り上げたと同時に、攻撃を受け止めそこねたのか紅美子が吹き飛び、浮いた正方形がガラスが割れたような音と共に粉々に砕ける。

吐血したような、殴られたような鈍い呻き声をあげ床に倒れこんだ。

「……!」

眞白は気を失った紅美子を見やり息を飲む。叫んだ反動と突然やってきた非日常に、へなへなとへたり込む。

青年は紅美子が倒れたことにより攻撃をやめていた。床に座り込んだ眞白を見下ろし、痩せこけた自身の輪郭を骨ばった指先でなぞった。

「…………痛」

白濁した右目の下。遅れて黒く短いもみあげの髪がはらりと落ち、鮮やかな赤い雫が滲み出す。青年の右頬に一筋の切り傷がつけられていた。

傷付けられてなお、にやにやと気味悪く笑う青年を眞白は背筋が凍る思いで見つめる。

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