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黒鳥地区  作者: からすみ
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第一話 金子眞白

2xxx年、若者たちのメンタルが著しく弱まっていることにより自殺者が増え、日本は劇的な少子化に悩まされていた。

そこで日本は財力のある者とない者、年齢や職種によって住む場所をA地区からE地区に分けた。

日本の片田舎である“D地区”、そこには大学生程度の財力を持ち、独立し一人暮らしをしている人々が多く住んでいた。

D地区のとあるアパートの一室には一人の女性が住んでいた。

「…………」

セミロングの黒髪がボサボサなのも構わず眠気を覚まそうと目ヤニを取る。

さして広くない部屋は、せいぜい布団とテーブル、簡易的なキッチンと小さな液晶テレビが置いてあるだけで閑散としていた。

女性の名は「金子眞白(かねこましろ)」。美大生で抽象画を描くのを好く一風変わった大学生だ。

眞白はしばらく、ぼうっとしていたが思い出したように布団の傍にあるスマートフォンを手に取り電源を入れた。

「……」

その画面には収まりきらないほど不在着信通知がビッシリと連なっていた。眞白はあからさまに嫌悪した顔をしてパスコードを開き、まとめて通知を消去する。

「なんで知ってるんだか……」

非通知の不在着信を大量にかけた相手に向かってか疑問を口にするが当然返事は聞こえない。だが盗聴されているのかもしれないという可能性をかけてのことだった。

途端、一通のSNSメッセージが飛び込んできた。


“いつも見守っているからね”


まるで先ほどの声に応えるような物言いに眞白は体を庇うように抱きしめた。全身の毛穴が収縮し鳥肌が止まらない。

「……そうだ、大学行こう」

思い出したようにのろのろと布団から這い出しTシャツと下着だけの、だらしない格好で洗面所まで猫背で歩く。髪をブラシでときヘアバンドで髪をまとめる。そして軽く歯磨きを済ませ洗顔していく。

「………………」

ポタポタと水が滴る眞白の右頬には赤茶色に変色した痣がある。忌々しげに眉間にシワを作り指先で火傷の痕をなぞる。

ヘアバンドをしたままリビングに戻りTシャツを脱ぎ捨て側に置いてある洗濯カゴに乱雑に放り込む。淡いクリーム色のシャツを着てからタンスの上に畳んで置いてある藍色のガウチョパンツを履く。

それを終えてから買い置きのパンを部屋中央のテーブルで開封する。

「イタダキマス……」

律儀にスマートフォンをテーブルに置き、もそもそと甘味のあるメープルパンを口に入れていく。

「あ」

口いっぱいに頬張り眞白は重要なことに気付いた。

「牛乳……」

モゴモゴとパン一杯の口では、くぐもった音しか出なかったが、ひとりごちる。

眞白は簡易キッチンの冷蔵庫に向かおうとしたが、ふとスマートフォンがヴヴヴとテーブルの上でけたたましく揺れたので手に取る。

“牛乳は切らしてたんじゃなかったかい?”

眞白は眉間を押さえた。どこまで把握しているのかと。

冷蔵庫の中までストーカーは見ていた。

結局、牛乳は帰路に就く頃に買うことを決め眞白はアーガイルの入った抹茶色のカーディガンを羽織り髪を顔の右半分に流し右目を隠す。

そしてアパートを出て大学へ向かった。徒歩で行けるほど近場の大学へ向かう通い慣れた道が、今の眞白にとっては神経をすり減らす戦場のようなものなのだ。

「…………」

画材と少量の参考書が入ったバッグを片手に寂れた大通りの歩道で人の間を縫って歩く。足早なペースに釣られてか自然と表情も穏やかなものではなくなってくる。

最初の頃こそ虚勢を張っていたが次第に感情に対し表情筋が抗わなくなった。

眞白は歩く。無心で大学への道を。

「っすいませ……」

ふと、すれ違ったキャリアウーマンの肩にぶつかった。

小さく謝罪の言葉をかけるが相手はカツカツと高いヒールの音を響かせながら歩いて行ってしまった。

「なにあれ……」

無視されたような感じがして眉間に皺を寄せ、すれ違った背中を目で追う。自身が悪いのは否めないが一言くらいはと眞白はイラついた。

「きゃっ?!」

だが突然、そのキャリアウーマンがバッグを抱えてしゃがみこむ。

一瞬道行く人々が振り返るが、すぐに無関心になったように歩き出す。

「新しいバッグなのに! もう!」

キャリアウーマンはバッグの革を握り締め一人嘆いた。バッグの持ち手である革が切れ中身が散乱したことに一人憤慨している。

眞白は特別憐れみの感情も抱かず、ただ冷めた目で傍観した。ぶつかり会釈もしなかった名も知らない彼女に別段同情する必要性を感じなかった。

眞白は朝から嫌な気分と冷めた気持ちになってから、また大学へ向き歩き出した。

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