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零下273~君が君から去った日~  作者: 五速 梁
9/21

第一部「統郷」 都倉(3)



「んー、冷たいな」


 用を足し終え、手の水気を切ると僕は呟いた。二月の始めは水も空気も何もかもが冷たい。おまけに風邪もはやっているというし、何もかもが憂鬱だ。


「あ」


 トイレのドアを押し開けると、入れ違いに入ってきた人影があった。神坂だ。


 神坂は僕の顔を一瞥すると、気まずそうに視線をそらした。僕は訝った。神坂との間にこれといったトラブルはない。強いて言えば、電話ボックスのところで遭遇した一件が、気になっているのだろうか。確かにあの時の神坂は、人目をはばかっているようだった。


 あれこれ考えながら教室に足を向けると、誰かが背後から近づいてくる気配があった。思わず歩調を緩めた途端、白っぽい人影が追い抜きながら僕の手に何かを握らせた。


「あっ……」


 僕の目の前を美織先生の背中が去ってゆくのが見えた。僕は足を止め、手の中を見た。開いた手の中から、小さくたたんだ紙片が現れた。開いてみると、紙はコンビニのレシートだった。プリントされた部分の余白に、

「X駅近くのY公園で明日七時、待ってます」

と書き記されていた。


 やれやれ、今度は早朝か。僕はため息をついた。

 部活にも入っていないのに、いきなり早起きをしたらきっと、不審がられるだろうな。


 両親は喜ぶかもしれないが、妹にはきっと、からかわれるだろう。僕はレシートをポケットに突っ込むと、周囲を見回した。先生の手際は鮮やかだったが、誰かに見られていないとも限らない。幸い気づかれた様子はなさそうだ、ほっと息を吐いた、その時だった。


「野間、ちょっと話があるんだが、いいか?」


 不意に背後から声が飛んできた。顔を向けると、同じクラスで学年でも指折りの秀才と噂の高い、生徒会長の郷堂修吾が立っていた。スポーツ選手のような体格と端正な顔立ちで、男女を問わず人気があるが、同時に近寄りがたい雰囲気も漂わせている男だった。


 なんでも代議士の息子だという噂があり、そのせいか発言も、立ち振る舞いも他の同級生たちと比べて明らかに大人びたところがあった。


 誘われるまま、僕は図書室の奥まった自習ブースに足を運んだ。隣同士の席に収まると、修吾はいきなり声を低めて切り出した。


「白崎先生と最近、親しいようだね」


 修吾はいきなり、刺激的な言葉を僕に向かって投げかけた。


「これはクラスメイトとしての忠告だ。あの人には気をつけたほうがいい」


 僕はどきりとした。……が、言われなくてもそんな事は十分にわかっているつもりだった。


「美術教師なんてのは表向きの顔に過ぎない。あの人の本当の姿は、恐ろしい毒蛇だ」


 修吾はあたかも見たことがあるかのような口調で言った。呆気にとられた僕は、相槌を打つのも忘れて修吾の顔を見返した。その表情は、真剣そのものだった。


 まったく、どうして僕の周りにはこう、癖の強い連中ばかりが集まってくるのだろう。


「それはわざわざご忠告ありがとう。……でも何でそんな裏情報を知ってるんだ」


 僕は浮かんだ疑問を口にした。もう何を聞いても驚くまい。


「詳しく話すと長くなるが、ただならぬ因縁があるのさ。とにかく忠告したぜ」


 修吾は整った顔に不敵な笑みを浮かべた。美織先生に明日の早朝、公園に来るよう呼び出されたと知ったら、どんな表情をするだろう。僕は少しおかしくなった。


「ありがたく承っておくよ。……じゃ、もうすぐ午後の授業だから」


 僕は修吾に礼を述べると、図書室を後にした。誰もかれも、互いに「あいつには気をつけろ」と言ってくる。そして信じた途端、「裏切りは許さない」と言われるのだ。


 本当の味方なら、少しは優しくしてくれよ、と廊下を歩きながら僕はぼやいた。


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