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零下273~君が君から去った日~  作者: 五速 梁
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第一部「統郷」 美織(2)

           

 職員室に足を踏み入れると、窓際の席にいた白崎先生といきなり目が合った。

 白崎美織先生は二十六歳の美術教師だ。美しい髪を背中まで伸ばしており、男子生徒のからかいの的になるほどの美貌だが、性格はきわめてクールで男性的だ。

 僕が前に立つと、先生はにっこりほほ笑んで一冊の文庫本を差し出した。


「図書室に置きっぱなしだったのをたまたま見つけたんだけど、野間君の本でしょ、これ?うちの蔵書じゃないみたいだし、私があずかってたの」

「どうして僕の本だってわかったんですか?」


 僕が尋ねると、美織先生は僕の耳に口を寄せ、囁いた。


「君、奥付の所にやばい書き込みしたでしょ?私にはすぐわかったわ」


 僕は、思わず息を呑んだ。なぜ、それを知っているんだ?


「……どういう意味ですか?」


 僕は平静を装って聞いた。とにかく一度は白を切ったほうがいい。


「私、知ってるのよ。君が「脳」や「網」について調べてることをね」


 美織先生の言葉は、僕の心臓を直撃した。僕が文庫本に書きこんだのは「脳の支配?」と「網の未来を予言?」という二つの文だった。


「もし、そうだとしたらどうするつもりなんですか。職員会議で報告するんですか」


 僕は声を潜めて聞いた。知らず声が震えていた。


「馬鹿ね、そんなことしないわ。それよりこの本、他の生徒に見られちゃだめよ。もちろん、教師にもね」


 美織先生はそう言うと、本を持った僕の手を手の甲でぽんと軽くたたいた。

 僕が図書室に忘れて言った本は『声の網』というSFだ。作者は星新一という二十世紀のSF作家。ある事情から、今はほとんど書店に出回っていない。古い図書館を何軒もはしごして、ようやく借りることに成功したのだ。


「先生はその……大丈夫なんですか。この本の内容を知ってるってことは、つまり先生も調べてるってことでしょ。インター……」


 そこまで言いかけた時だった。美織先生はふと厳しい表情を見せると、唇に人差し指を当てた。


「発言には気をつけて。学校だって安全じゃないのよ。……それじゃ、また授業でね」


 先生はそう釘を刺すと、子供の僕でもぞくりとするような艶めかしい笑みを浮かべた。


「あ……はい」


 僕は本を手に引きさがった。震えが止まらないのは、本の事を知られたからか、それとも先生の言葉に恐怖を感じたからか。そのどちらでもあるように思えた。


 教室に戻った僕は、文庫本を鞄にしまおうとした。ファスナーを開いたその時、何かがページの間から、はらりと落ちた。拾いあげてみると、コンビニのレシートだった。おかしいな、と僕は思った。日頃、僕はコンビニをあまり利用しないからだ。


 レシートをひっくり返し、何気なく裏面をあらためた瞬間、僕は息を呑んだ。

 そこには美織先生のものと思われる整った文字で

『この本のテーマに関係があることで、話したいことがあります。もし興味があったら来てください』

と書かれていた。レシートには場所と日時も併記されており、僕は鼓動が早まるのを意識した。


 場所は僕も知っている大型書店の中のカフェ、日時はなんと平日の午前中だ。

 よりによって学校の先生が生徒に学校をさぼれって言うのか。僕は唖然とした。

 第一、同じ時間帯に先生までさぼってたら、周りにばれちまうじゃんか。一体、何を考えているんだろう。内心で呆れつつ、その反面、僕は奇妙に胸が高鳴るのを覚えた。


 美織先生が平日を指定してきたのはおそらく、土日だと学校の顔見知り連中に見つかる恐れがあるからだ。そこまで人眼を避けるということは、話の内容そのものがすでに相当やばいということに他ならない。すっぽかしてやろうかと思う一方で、僕はいつの間にか当日、親や学校にどう言い訳するかを画策し始めていた。


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