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零下273~君が君から去った日~  作者: 五速 梁
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第一部「統卿」 都倉(9)

                                 

 翌朝、目を覚ましてベッドから体を起こした僕は、全身のあちこちを襲う痛みに昨日の大立ち回りを思い出した。


 畜生、派手にやってくれやがって。外から見えないようにダメージだけを残すってか。プロじゃないんだからよ。


 ぶつくさい言いながらシャツに袖を通すと、電話機が鳴った。


 ボタンを押すと、いきなり切羽詰まったような声が耳に飛び込んできた。飛波だった。


「おはよう、野間君。……今、自分の部屋?」


「……ああ。朝から一体、何だい?」


「その部屋に、テレビはある?」


「あるけど、それが何か?」


「今すぐつけて。ニュースをやってる局よ」


 飛波の口調にただならぬものを感じた僕は、リモコンを手にした。テレビの電源を入れると、雑木林のような風景が映し出された。


「ニュースが出たら、テロップを見て」


 僕は言われたとおりに画面上に現れた文字を見た。そして思わず「えっ」と声を上げた。


 画面には『死亡 都倉彰吾さん(34)』とあった。まさか、あの都倉が?


 ナレーションが「都倉さんは帰宅途中、何者かに襲われたものとみられています」と繰り返していた。画面下に小さく表示された写真の人物は、まぎれもなく先日、ゲームカフェで会った男性だった。


「都倉が……まさか」


「そのまさかよ。殺されたんだわ。野間君も身の周りに気を付けて」


「気を付けてったって……何をどうすりゃいいんだい」


「取りあえず、人気のない場所へ一人で行かないようにして。そうね……夕方四時に、いつもの神社で落ち合いましょう。それから、できたらありったけの現金を持って来て」


「現金?なぜ?」


 飛波は僕の問いには応えず、電話を切った。僕は呆然とその場に立ち尽くした。気が付くと、テレビのニュースは違うトピックに移っていた。


 飛波に言われたからというわけではないが、僕は部屋にあった少々の現金を封筒に入れると、バッグの底につっこんだ。都倉の件はさすがに親にも言えず、もやもやした思いを抱えたまま、僕は家を出た。


 それにしても、と僕は思った。飛波と会ったからと言って何か新しい情報が得られるわけでもない。二人で額を突き合わせてうんうん唸るのがせいぜいだ。

 暗号の謎が解けて、北開道に行けたところで、未来が開けるとは限らない。それどころか、PCについて調べていることがばれたら、逆に未来が閉ざされるかもしれないのだ。


 ——このへんで、飛波と縁を切るべきかもしれないな。


 そんな事を思いながら、僕は暗い気持ちで学校への道を辿った。


 その日は授業を受けていても、まるで上の空だった。何度頭の中から振り払っても、朝見たニュースの映像が甦ってくるのだ。いてもたってもいられず、僕はこっそり鞄からウォーキングプレーヤーを取りだした。


 超小型ナノディスクを再生する一種のアナログプレーヤーだが、ラジオのニュースを聞くこともできた。板書する先生の目を盗むようにそっとイヤホンを差し込んだ、その時だった。


「野間君。……これ、回ってきた」


 隣の席の女子が、丸めた紙のような物を机の下から僕に手渡した。僕は受け取った紙を先生に見つからないよう、教科書に隠して広げた。


 ——よくある授業中の手紙ごっこか。


 僕はうんざりしながら中を見た。次の瞬間、僕は目を見開いた。そこには美織先生と思われる文字で一言「今すぐ逃げて できれば学校の外へ」と書かれていた。


 いったい、なんのことだ?一気に心臓の鼓動が早まった。

 とにかく猶予のならない事態であることは間違いない。僕は意を決して席を立った。


「先生」


 生徒たちに背を向けて板書をしていた歴史の教師は、肩越しに僕を一瞥すると、怪訝そうな顔つきになった。


「何だ、一体」


「何かお腹が痛くて……トイレに行ってもいいですか」


「しょうがない奴だな。許可するから、行ってこい。……ただし早くだぞ」


 渋い顔の教師にむかって「すみません」と頭を下げると、僕は席を離れた。


 廊下に出ると僕は手紙の指示通り、まっすぐ玄関へと向かった。階段の手前まで来た時、ふいに僕の前後で物音がした。足を止め、前方をうかがうと、教室の戸がゆっくりと開いて中から数名の生徒が顔を出すのが見えた。


 僕は反射的に背後を振り返った。すると後ろの教室も出入り口の戸が開け放たれ、数名の生徒が廊下にわらわらと出てくるところだった。前方の生徒たちも、後方の生徒たちも、同じように僕の方を見ていた。


 生徒たちの中には、何度か会話したことのある顔も混じっていた。が、皆一様に表情がなく、うつろな目をしていた。たちまち僕の中で警戒音が鳴り響いた。


 ——こいつらは、僕の脱出を阻止しようとしているんだ。


 気が付くと、僕は駆け出していた。一人の生徒が飛びかかってくるのをどうにかかわし、階段の前へと躍り出た僕は、そのまま二段飛ばしで階段を駆け下りた。


 踊り場のところで体の向きを変えると、今度は下の階の廊下に複数の生徒が待ち構えているのが見えた。僕は手すりによじ登ると、最もスクラムの薄そうな位置をめがけてダイブした。衝撃とともに二、三名の生徒が床に倒れ、バリケードの一角に突破口が穿たれた。


 僕は体勢を立て直すと玄関に向かってダッシュした。下駄箱の前にはすでに五、六人の生徒がバリケードを築いていた。驚いたことに人垣の中には担任の岡野の姿まであった。いよいよ普通じゃない、と僕は思った。何か異常な出来事が起きているのだ。


 はたして突破できるだろうか。僕は突進しながら考えた。行く手に立ちふさがっている数人はいずれも屈強そうな体格の連中ばかりで、僕の力では突破は困難なように思われた。


 ——南無三!


 僕は目を固く閉じると、人垣に向かって全力で突っ込んで行った。せめて一人でも蹴散らしたいという僕の願いは次の瞬間、あっさりと潰えさせられた。下駄箱にたどり着く前に僕の身体は数名の生徒たちによって押さえつけられたのだ。


 僕は床の上に組み伏せられ、さらにその上から数名がのしかかって僕の動きを封じた。手も足もしっかりと抑え込まれ、一切の身動きがままならなくなった僕は「離せ、ばかやろう」と毒づくのが精一杯だった。


 やがて、集団の中の一人が「このまま連れて行こう」と言い出すのが聞こえた。必死でもがいてみたものの、抵抗もむなしく僕は左右の腕と両足ごと、床から抱え上げられた。


「よし、行け」


 岡野の声が聞こえた、その時だった。


 ぐうっという呻き声と鈍い音が立て続けに聞こえ、手足に自由が戻った。

 周囲に目をやると、僕の両脇にいた男子生徒たちが床の上に崩れていた。


「今のうちに、外に出るんだ」


 気が付くと目の前に、生徒たちをなぎ倒す修吾の姿があった。


「君はどうするんだ」


「俺のことは気にするな。早く行け」


 遠くからばたばたという足音が聞こえた。さらに援軍が到着しつつあるらしい。


「すまん、恩に着る」


 僕は修吾に礼を述べると、下駄箱の間を駆け抜けた。校庭に出ると、自転車置き場の陰から数名、グラウンドの方からも数名がばらばらと現れるところだった。


 僕はわき目も降らず校門に向かって駆け出した。その直後、駐車中の車両の陰から躍り出てきた数名が僕の前に立ちはだかった。


 ——くそっ、突破できるか……?


 覚悟を決めて突っ込もうとした瞬間、突然、エンジンをふかす音がして、一台のバイクが目の前に現れた。


「野間君、乗って」


 ヘルメット姿のライダーは、美織先生だった。僕は飛びかかってきた細身の男子生徒に体当たりをくらわすと、バイクの後部席にまたがった。


「行くわよ。しっかりしがみついて」


 美織先生はグリップを握る手に力を込めると、アクセルをふかした。エンジン音に驚いたのか人垣が割れ、次の瞬間、バイクは校門に向かって飛び出していた。


 門をくぐり抜けて道路に飛び出すと、背後から岡野の「待てっ」という叫び声が追いかけてきた。僕は一切振り返ることなく、美織先生の背にしがみつき続けた。


「野間君、家についたら、中から鍵をかけて誰も入れちゃだめよ。いい?」


「誰もって……家族はどうするんですか」


「ご家族はまだ大丈夫。誰にも狙われてないわ。今は自分の事だけ考えて」


「どうしてそんなことがわかるんですか」


「……後で話すわ。とにかく家から出ちゃだめよ。わかった?」


「……はい」


 先ほどの出来事が嘘のように静まり返った街を、美織先生のバイクは疾走した。

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