第一部「統郷」 都倉(6)
目を覚ますと、自室のベッドの上だった。
暖房の温度設定を上げ過ぎたのか、無性に暑かった。
僕はベッドから体を起こし、リモコンがあるローテーブルに近づこうとした。
なぜだろう、手足がひどく重い。足を一歩、前に動かすだけで、毒液を流し込まれたような不快感がじわりと広がるのがわかる。唸りながらどうにかテーブルにたどり着くと、背後で何かがきしむような音がした。
振り向くと、壁に密着していたはずの本棚が、十センチほど前にせりだしていた。
——何だ?地震か?
そのまま見つめていると、突然、目の高さの棚板から漫画の本が、押し出されるようにばらばらと前に落ちた。
「うっ」
本が抜け落ちた棚の隙間から、人間の顔が覗いていた。
壁と本棚の間は十センチ程度しかない。その隙間に立っている何者かが、白く濁った死人のような目でこちらを見ているのだった。
ぐううっ
喉の奥を鳴らすような音が聞こえ、また、ばらばらと本が落ちた。下の段にできた隙間から、今度は骨ばった手が現れた。
いったい、何をやってるんだ?ここは僕の部屋だぞ。
ぐううううっ
先ほどの音が、一段と大きく響いたかと思うと、本棚そのものがぼろぼろと崩れ始めた。
すべてが崩れ落ち、本棚があった場所に立っていたのは、黒いコートに身を包んだ死人のような男だった。
あいつか?飛波と都倉に声をかけた刑事。……いや、刑事を名乗っていた人物。
男はぎこちない足取りで、ゆっくりと僕の方に進んできた。僕はテーブルの前を離れると、部屋のドアに飛びついた。背後からべた、べた、と粘ついた足音が聞こえてきた。
僕はドアノブを握り、力を込めた。……が、期待に反してドアノブは動かない。
開かない、そう思った瞬間、ドアの外から声が聞こえてきた。
「野間君、そこにいるの?」
飛波の声だった。なぜ僕の家にいるのか疑問に思いつつ、僕はドアの向こうの飛波に必死で状況を説明した。
「ああ、いる。黒いコートの奴が僕の部屋に隠れていたんだ!」
「部屋の中にって、どういうこと?」
「そんなこと、僕にもわからない。……それよりドアが開かないんだ。助けを呼んでくれ」
「わかったわ。ちょっと待ってて」
ドアの向こうから飛波の気配が失せ、僕は恐る恐る後ろを振り返った。次の瞬間、自分の物とは思えないような絶叫が喉からほとばしった。
すぐ目の前に黒いコートと死人のような白い顔があった。次の瞬間、僕の意識は深い闇の中へと没していった。