汝、中道を往く者
薄暗い石室。何かの儀式の為か祭壇が設けられている。
静謐な空気に満たされ、松明の火が時折はぜる以外何の音もしない。
「………………………………。」
祭壇の前に一人たたずむ老人はその中空を見上げ、沈黙を守っている。
「準備は整いましたか?」
「おお、これはこれは姫様」
後ろからかけられた声。老人は破顔し笑顔を浮かべつつ石室の入口に立つ女性へ振り向いた。
「挨拶は結構。神官長、先ほどの問いの答えは?」
「期は満ちました。儀式自体は滞りなく行えます。……しかし、よろしいのですか。」
神官長と呼ばれた老人にはためらいがあった。
「私たちにはもう時間がないのです。一刻も早く行わなければ。」
「……かしこまりました。では、再度の、マレビトたる勇者召喚の儀を行いましょう。」
「姫様は此度の勇者にいったい何を望まれますか?」
神官長が私によくわからないことを聞いてきた。
「急にどうしたの?」
「滞りなく儀式が終わり、後は勇者が異世界より現れるのを待つばかり。ふとした年寄りの思い付きでございます。」
勇者に何を望むか、ね。私は、この国を襲う惨状を思い浮かべた。
「……苦しみの中にいる民を救う、慈愛の心を持った者であればと、そう願います。あなたは?」
「わしは、そうですな。今度の勇者は人の善と業を知り、その中道を往ける者であればと」
……その答えは、優しすぎたあの人への……。
「ねえ、その願いはあの方に対する皮肉?」
「いえ、そのような……」
剣呑な雰囲気が立ち込めようといった時
「え、ちょっとなに!?んぎゃん!!」
祭壇の中空から人間が現れ、悲鳴を上げた。
「……勇者が現れたようね。」
毒気を抜かれてしまった。結局、どのような勇者にせよ現状を変えるきっかけになってくれればいいのだけれど。
「大丈夫……、か?」
「……え、女性?」
年齢は20代といったところか。黒い髪。口に紅を塗り、目元が黒くまつ毛が長い。女性にしては妙に筋肉質ね。
「ん゛も゛ー、いったいわねー!なんなのよー!!」
「「男!?」」
これが、後の世に、人類を滅亡から救った『慈母が如き勇者』と称えられることになるあの男との出会いである。