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甘施無花果の探偵遊戯  作者: 凛野冥
桜野美海子の逆襲・探偵学校編
73/76

18、19「ついに完成する四ツ葉」

    18


 湯夏は気絶したまま生徒会によって地下室に運ばれ、拘束されたうえに腹を刺されて放置された。左条の死体は回収され、また、空原神社には誠くんも樽木さんも厄火ちゃんもいなかったとの話だ。湯夏はじきに多量出血がゆえに死亡し、体内の爆弾が作動。久井世池に蓋をしていた部屋がなくなったことで、濁った池の水が地下の溝に流れ込んだ。

 空っぽになった久井世池の側面には階段がついていた。例の小舟は空原神社から通じる地下洞窟を通ることはできなかったけれど、小部屋が消えて生まれた空洞から地下に運び入れることが可能だった。ちなみに久井世池の底面には、重りのつけられた女の子の下半身が残っていた――誠くんが沈めておいた、長閑はるかのそれだろう。ここでレイモンドさんが誠くんの犯罪について皆に語った。彼も気付いていたようだ。

 さて、奏院姉妹の推理は正しかった。溝に溜まった水の高さはちょうどぴったりであり、僕らはそこに小舟を浮かべて水面を渡り、北東を向いた新たな洞窟の入口を発見できた。


挿絵(By みてみん)


 小舟に乗るのは一度に五人が限度だったけれど、ひとりが漕ぎ手となって戻ってくることで、皆が新天地への道に這入った。メンバーは無花果、僕、レイモンドさん、ジェントル澄神、桝本さん、覇唐さん、奏院姉妹の八人。誠くんと樽木さんはちょっと探した限りでは見つからなかったので、放っておくことになった。

 北東を向いた洞窟もやはり横に二人並べる程度の幅で、左右に多少うねりながらも、方向としてはおよそ真っすぐ続いていた。這入ってしばらく行ったところに、空港で見る金属探知機に似たゲートがあり、これを潜ると手首に嵌められていた腕輪が勝手に外れた。地図上の赤線は越えずにくぐればいいのだというレトリックだったけれど、それでもセンサーに感知されれば毒が注入されてしまうからだろう。

 終わりに近づいていく。〈真実〉に近づいていく。

 洞窟は長く、三十分は歩かされたと思う。そこでまたゲートがあって――もう一組の人々のためだろう――その後すぐ、ようやくまた陽の光を浴びられた。僕らが出たのは急峻な崖の下に開いた穴からであり、周囲には砕け散った岩がゴロゴロと転がっていた。

 旧・地波良総合病院――その廃墟を背景に、ひとりの少年が僕らを出迎えた。

「こんにちは。旧・楚羅原高等学校からお出でになった皆さんですね。待っていました。此処は〈探偵病院〉。僕は探偵をしています、白山書店といいます。此処では患者の役割をあてられています」

 ちょっと弱弱しいが、穏やかな笑顔。車椅子に乗る彼は、病人のように白い肌を持ち、これで患者役というのがかえって皮肉じみて聞こえた。髪も総白髪だけれど、まだ十代前半。

 そう、僕は初めて会うが、彼こそ現在、日本一の頭脳を持つと云われる天才――白山書店。人呼んで〈奇蹟の名探偵〉。病弱であるがゆえに活動するのは稀ながら、どんな事件でも一瞬にして完璧に解決してしまえるという神童だ。

「そうか。書店くん、お主はこちらに来ていたんじゃな」

「はい。眞三郎さんはそちらに行くようでしたから」

「ほほ……お主がいたからには、こちらの事件は大方、片付いておるのじゃろう」

「そちらこそ、此処にやって来られたということは、そういうことでしょう。既に八人、首を切られたはずです。天と地は繋がりました。あとはただ、四ツ葉を完成させるだけですよ」

 この互いに尊敬と親しみが窺える老人と少年の会話に、奏院姉妹が加わる。

「それは四ツ葉教についての言及か」

「こっちの――〈探偵学校〉の事件では、いちおうの犯人は四ツ葉教なる宗教の信者だったみたいなの」

「だが詳しいことは分からなかった」

「もしかして、〈探偵病院〉では四ツ葉教がメインテーマだったりしたのかな?」

 白髪の少年は、すべてを見通す灰色の瞳で双子を見詰め、首肯する。

「ご明察です。この病院は四ツ葉教の巣窟となっていて、その教義に則った連続首切り殺人がメインに据えられていました。そちらでは、空原神社に伝わる伝説――特に〈天と地を繋ぐ〉という部分がメインだったでしょう。それはこちらでは逆に、軽く触れられる程度でした」

「なるほどな」

 レイモンドさんが苦笑する。

「まるで陰陽太極図じゃねぇか。〈探偵学校〉と〈探偵病院〉……二つ揃ってやっと全体像が掴めるってわけだ」

 あるいは双子だろう、と僕は思う。図らずも、奏院姉妹は実に象徴的だった。二人の再開が天と地の邂逅に繋がったのは、必然的だったと云えるかも知れない。

「陰陽太極図の例えは面白いです。しかし、先ほども述べましたように、これは四ツ葉――四ツ葉のクローバーですよ。〈探偵病院〉と〈探偵学校〉でそれぞれ八人の首が切られました。数字の〈8〉と〈8〉を重ねれば、四ツ葉が描けますね。だから十六の贄なんです」

 既にすべてを、理解しているのだろう。白山書店は微笑む。

「よろしければ、解決編を僕に任せていただけますか? 僕の病室へお連れします。そこで早速、お話ししたく思います」

 誰も異論はなかった。


    19


 洞窟の入口(僕らにとっては出口だった)があったのは〈探偵病院〉の裏庭だ。これは当初、巨大な石碑によって隠されていたそうだが、連続首切り殺人の終盤において患者役をしていた域玉が――〈探偵学校〉における湯夏みたいに――自らの死を以て体内の爆弾を作動させ、破壊したとの話である。

 このように、〈探偵学校〉と〈探偵病院〉には、対応している部分が多く見られた。

 まず〈探偵病院〉にやって来た挑戦者は問診を受け、これは入学試験ならぬ入院試験であり、暗号を解いたことを示すと入院を認められる。そして持ち物をすべて没収されたうえで、病衣や入院道具一式を与えられて腕輪を嵌められる。また、それぞれ寝泊まりする病室を割り当てられる。病院の敷地がそのままエリアとなっており、入院患者であるがゆえに、外へ出ることは禁じられる。

 事件の経過についても同様だった。まず初日に医者役や職員役の人々が一斉に消失を遂げ、患者達の中で連続殺人事件が幕を開ける。連続首切り殺人――被害者となった八名は球磨くま典友のりとも深袴みばかま端宮はしみや蝉味せみあじ猪池いのいけ梅汁うめじる砂針すなばり――しかし〈首切り〉以外の趣向も多く凝らされていて、病院内に仕掛けられたギミックなどと絡めながら、多くのダミー解答を経由していく必要があった。そうして次第に浮かび上がるメインテーマが、四ツ葉教だった。

 四ツ葉教とは、江戸時代、この地方の斬首人が起こした宗教らしい。それぞれ別の斬首人によって斬られた八つの首と八つの首――これを合わせた十六の首が、〈真実〉を表していると気付いた者がいた。はじめは占いとして密かに流行していたが、徐々にその手法や意味が体系化し、宗教となって伝わった。

 曰く――『四ツ葉は十六の首によって完成する。その筋道こそ真実の啓示である』。

〈8〉と〈8〉を重ねることで描かれる四ツ葉。〈8〉は〈∞(インフィニティ)〉に通じる。すなわち、『無限大と無限大が重なれば神へも到達できる』という思想なのだ。

 これは空原神社の伝説『天と地を繋ぎ、十六の贄を以てして、真実に到達する』に対応している。と云うより、四ツ葉教には空原神社の伝説を下地にして成立したところがあるらしい。ならば湯夏と左条が〈探偵学校〉で事件を起こしたのも、不自然ではなかった。

 ただ、四ツ葉教の教義では〈首切り〉に重きが置かれ、空原神社の伝説では〈天と地〉に重きが置かれている。だから〈探偵学校〉と〈探偵病院〉を繋ぐのは僕ら側の仕事だった。洞窟の存在には〈探偵病院〉側の方が早くに気付いたようだったけれど、あの溝に水を満たすのが〈探偵学校〉側からしかできない以上、彼らは僕らを待つしかなかったのである。

 彼ら――〈探偵病院〉に集っていた挑戦者は、十人だった。白山書店を筆頭に実力ある探偵が半数を占めているほか、ボディガードだったり推理作家だったりフリーランスの雑誌記者だったり桜野の元ファンだったり普通のサラリーマンだったりも混じっていた。

 その中に符奈ふな爪瓜つめうりの姿があって、彼女は病院内の廊下で僕を見るなり抱き着いてきた。

「やー壮太くん、先日は君の結婚式に出席できなくて済まなかった。実は会場には行ったのだが、開式の前に帰ってしまったんだ。君を祝いたい気持ちはあった。でも知ってのとおり、ぼくは甘施無花果が嫌いだ。あの女性ゲストのみの控室を見せられた途端、あまりの甘施無花果っぽさに気が滅入ったのさ」

 サバサバした口調で述べ立てながら、僕の胸板に頬を擦り付ける。相変わらず前髪だけ妙に短くて、目が虚ろで、何を考えているんだか分かりかねる人だ。

 僕は彼女の肩に手を置いて、府奈さんと呼びそうになったところで思い止まる。気まぐれな私立探偵・符奈爪瓜は自分が気に入った人間にしか名乗らないことで有名で、仕方なく〈ぼくっ子さん〉等と呼ばれていることが多い。そういうわけだからその名を知る者も皆の前では勝手にそれを口に出しちゃあいけないのだった。

「……会えて嬉しいですけど、すいません、僕ももう妻帯者ですし、こういうのは少し困ります」

「壮太くんは子供だねー。大人の恋愛は結婚してからが本番さ。ぼくはサッパリした性格だから、愛人としてとても都合が良いはずだよ。嫁に隠れながら育む背徳の愛の味を教えてあげる」

「その嫁の前なんですけど……」

 すぐ隣で、無花果は先刻から絶対零度の瞳で以て符奈さんを見ていた。

 符奈さんは「なんだ甘施無花果、いたのかい」と云って肩を落とした。

「あまりに背が低いものだから、気付かなかったよ」

 直後、無花果の回し蹴りが符奈さんのこめかみにヒットして、僕も巻き込まれて床の上に吹っ飛ばされた。符奈さんは気絶。問答無用とはこのことだ。

 無花果は僕の胸倉を掴んでぐいっと起こして顔を間近まで近づける。おお、この冷え切った無表情……本気で怒っているときの顔なんだけど、久し振りに見た。そして僕にしか聞こえない声量で云う。

「泣きそうです。ちゃんと後で慰めなさい」

「………………」

 え、そっち? 予想外すぎてしばし言葉を失ったけれど、何だかかつてないくらい悪いことをしてしまったような気持ちになって、これこそ久し振りに、慌てる僕。

「わ、分かった、任せて。全力を尽くすから。な、そんな顔しないでくれよ」

 無花果は無言で頷いて、僕の胸倉から手を離した。正直、何が何だか分からないのだが……。

 と、このようなひと悶着が途中あったりしたものの、〈探偵学校〉側から来た僕ら八人と、〈探偵病院〉側の――気絶した符奈さんを除いた――九人が、白山書店の病室に集った。基本的な情報共有は既に為され、早速、白山書店は解決編を開始した。

「この解決編はとても短く済みますよ。皆さんは見事、謎解きゲームをここまで進めてきました。〈探偵学校〉の事件も〈探偵病院〉の事件も、犯人や犯行手段や動機は割れています。四ツ葉教信者が四ツ葉を完成させるために別々の地で八つの首を切ったという、それだけのことでした。あとは僕らが、それによって示された〈真実〉を読むだけです。

 その読み方もまた、頭文字を連ねるという、それだけのことです。

 十六人の被害者を、〈探偵学校〉と〈探偵病院〉に関係なく、殺された順に並べて、頭文字を繋げればいいんです。

 頭文字――〈首切り〉の意味とはそれでした。空原神社の伝説においても『人の命は、魂は、頭にある。霊力もまた、頭に宿る。この地に満つる大霊力が十六の贄を連ねるはずである。真実を読むことができるはずである』という記述があったそうですね。抽象的なようでありながら、これはとても直截的に、〈真実の読み方〉を教えていたと云えます。

 では、十六の名前を並べてみましょう。〈探偵学校〉側の左条から始まって、基本的には〈探偵学校〉と〈探偵病院〉で交互に並ぶ格好となります。ただ〈探偵病院〉側で蝉味と猪池の、〈探偵学校〉側で出殻と品歌の殺人が、短い時間で連続していました」

 白山書店は、ホワイトボードに十六の名前を、上に漢字、下にひらがなで、右から順番に並べて書いた。


  左条 さじょう

  球磨 くま

  蘭佳 らんか

  典友 のりとも

  観篠 みしの

  深袴 みばかま

  粉沼 こなぬま

  端宮 はしみや

  鞍更 くらさら

  蝉味 せみあじ

  猪池 いのいけ

  遠茉 とおまつ

  梅汁 うめじる

  出殻 でがら

  品歌 しなうた

  砂針 すなばり


「そうです。僕らが到達した〈真実〉とは、この十六字の文章です」


  桜野美海子 白生塔で死す


 人々は言葉を失った。

 信じられないとばかりに、何度も何度も、並んだ頭文字を目で追おうとした。

 だが白山書店はお構いなしに、解決編を締め括ってしまう。

「彼女が生きていたなんて、嘘だったんです。彼女はちゃんと五年前に、白生塔で最期を迎えていました」

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