14、15「天と地と悪魔崇拝」
14
タロットの大アルカナ四番『THE EMPEROR』は、空原神社へと上がって行く階段――途中にある分かれ道と空原神社との中間あたり――に現れた。校長室にあった椅子に粘土でつくられた羊の頭の装飾などが付けられ、そこに腰掛けた死体には、演劇部の小道具らしい白の付け髭が付けられ、金の王冠を被せられ、右手に木の枝を握らされ、これも校長室にあった西洋甲冑の足を履かされ、セーラー服を真っ赤に塗られたうえに、赤いマントを羽織らされていた。
被害者は雪組の演劇部員、遠茉。朝食の後くらいから姿が見えないと生徒達の間で話が広がって、そして正午に差し掛かったころ、発見された。彼女は風紀委員にも所属しており、武装していたはずだった。いわば〈探偵学校〉の自警団である風紀委員に被害者が出たという事実は、これまで以上の衝撃となった。
「あらあらあらぁ、遠茉が身に着けていた武器は、すべて奪われてしまったみたいですぅ」
巻き髪の風紀委員長・嬌橋は、癖の強い口調で嘆いた。対照的に落ち着き払っている生徒会長・支槻に「何があっても手放さないように、ちゃんと教え込んでいたのですか」と問われ、
「もちろんですぅ。怪しい人が近づいてきたら襲われる前に撃ちなさぁいとも云っておきましたし、とにかく疑わしきは殺し尽くせぇと指導してたんですよぉ。これは戦争と同じだ、殺した数だけ英雄になれると思いなさぁいって」
「表現が極端すぎます。それだから貴女の話は本気にされないんですよ。遠茉の死には、貴女も責任があると思いなさい」
「そう云ってやるな」と、口を挟んだのはレイモンドさんだ。
「遠茉は例によって毒殺されてる。その手口はどうあれ、身体の内側から襲われたんじゃあ、銃も役に立たないぜ」
毒といえば、僕は皆がつけている腕輪を思い出す。エリアから出るとセンサーが感知し、一瞬で死に至らしめる猛毒を注入する装置。連続毒殺のタネがそれということはないだろうか?
しかしまぁ、想像しにくい可能性だった。相手に脱走を促すにしろ、その身体を無理矢理エリアから出させようとするにしろ、手口としてスマートじゃないし実現性に欠ける。それこそ、殴るなり刺すなりした方が遥かに勝手が良い。
「やはり、手口こそが肝じゃな。これが筋書きに沿った大茶番とはいえ、殺しの手口は、お主らが云うところの低いメタレベル……筋書きの中だけでもある程度は現実的で納得できるそれが〈設定〉されてるはずじゃ」
「ふふふふ……その通りですよ、覇唐氏。やはり貴方は優秀だ」
何やら、やけに不遜な態度でそう云ったジェントル澄神に、皆の視線が集まった。
彼は倒錯した満足感とでも云うべき歪んだ微笑を浮かべた。
「私は既に、真相の輪郭をこの脳内に描き出せているのです。今はまだお話できませんがね、この遠茉の死によって百パーセント、私の辿っている線は正しいのだと確信できましたよ。実は――彼女は悪魔の生贄なのです」
「〈悪魔の生贄〉だと? 先日も話題になった、あの腐ったテロ組織か?」
怪訝そうな顔をする桝本さん。だがジェントル澄神は不気味に笑うだけで、それ以上を語ろうとしない。そこで今度はレイモンドさんが問う。
「たしかに、桜野美海子が電波ジャックで宣戦布告したのは、聖プシュケ教会の騒動があった翌日だったな。そこの甘施ちゃんと塚場くんも巻き込まれた。〈悪魔の生贄〉が今度のことに噛んでたっておかしくないかも知れねぇが――遠茉がその構成員だったって云うのか? そいつは此処での設定上なのか、それとも現実での話か?」
「ですから、今はまだお話できないと云ってるじゃありませんか。もう少し、調べなければいけないのですよ。ええ、では――一時間後の十三時! 十三時に花組の教室にお集まりください! すべてが明らかとなる時です! そこでまた会いましょう!」
踵を返して階段を下りて行くジェントル澄神。鎖で引っ張られる桝本さんが「おいっ、遊んでる時間はない、早く説明しろ! あの金庫から見つけた紙切れが、やはり手掛かりだったのか! おい!」と怒鳴るが、真相が見えているらしい坊主の探偵はいつになく強気で「あっはっは! あっはっは!」と高笑いしていた。
「……お前はどう思う、甘施ちゃん。〈悪魔の生贄〉と接触したんだろう?」
レイモンドさんに水を向けられると、無花果は「はっ」と鼻で笑った。
「くだらないレトリックのつもりでしょう。〈悪魔の生贄〉は桜野美海子などに手を貸したところで何のメリットもありません。彼女らの主義にも反します。関係ありませんよ」
そりゃあそうだ。〈悪魔の生贄〉を味方につけているのは無花果であって、それは桜野がどんな手を打ってきても対抗できるようにするための備えだったのだから。
「しかし、たしかに此処で殺された人々の多くは、悪魔の生贄のつもりだったでしょうね」
無花果の言葉はそう続いた。周りで聞いていた者達は当惑した。
なるほど。くだらないレトリックである。
15
〈空原堂〉と校舎に挟まれた通路を出て、一段低い校庭へと下りるところに、一隻の小舟が飾ってある。木製の古いそれで、この学校――〈探偵学校〉? 旧・楚羅原高校?――が建てられた当時から此処にあり、雨風を凌ぐための屋根まで設けられて、大事にされているらしい。其処に木のベンチが二つあって、無花果と僕は並んで腰掛けていた。
「思いの外、良いペースで進んでいるようです。このぶんなら、もしかすると今日中に片を付けられるかも知れませんね」
煙草の煙をふーっと吐き出して、無花果は何だか無責任な物云いだった。
「最後の良いところだけ持っていく魂胆なのか?」
「そうですよ。この事件を進めるためには、用意されたダミーやフェイクを消化していく必要があります。そんな雑事は、私自らやることではありません。安い仕事をすれば、その者の価値まで安くなってしまうのです。それに、今のところは、彼らに任せておいても大きなロスにはなっていませんから」
「ああ、それで、あまり口を挟まないようにしてるのか。でもどうなんだ、良いペースとは云っても、十六人まではまだ遠いけど」
すると無花果は、こちらに顔を向けてじっと見つめてきた。精巧な人形を思わせる大きな瞳に、映り込んでいる僕。
「……何だ?」
「まだ分かっていなかったとは、意外です。此処では十六人も死にませんよ。さては貴様、全然考えていませんね?」
「考えろって云うなら考えるけど、今回は手を出さなくていいっておっしゃられてたからな、無花果さんは」
「生意気な葦。引っこ抜きますよ」
煙草を地面に放って、無花果は立ち上がった。
「時間です。行きましょう。あの道化が道化なりに仕事をしてくれるようですから」
あと五分ほどで午後一時だ。僕は煙草の火を踏み消してから拾って、しかし立ち上がる前に、無花果に問う。
「無花果、昨晩の言葉……此処で死ぬなんて嘘だろ?」
「あら、気にしていたのですか? いいですね。まだ気にしていなさい」
雑にあしらわれてしまった。
まぁ、たぶん、気にしなくていいはずだ。やはり僕をからかっているのか、あるいはこれもレトリックみたいなものだろう。たとえどんな理由があっても、彼女が死ぬつもりでいるなんてあり得ない。そこを見誤っては、四年間彼女に連れ添って結婚までして、一体何を見てきたんだって話になる。
ただ……無花果がこういう〈誤魔化し方〉をするときは、実は本気だったりすることも僕は知ってしまっているのだが……。
花組の生徒は全員、花組の教室に集合した。誰が気を遣って呼んだんだかは知らないが、誠くんも戦線に復帰していた。彼はまた、これまでの被害者を黒板にまとめていた。
《十月十八日》
・蘭佳(月組、バレー部) 花壇にて発見。『魔術師』に見立てられ、四肢を切断される。
・観篠(雪組、生物部) 生物部室にて発見。四肢を縫合され、蜘蛛に見立てられる。
・粉沼(月組、陸上部) 空原神社の境内にて発見。『女教皇』に見立てられる。
・鞍更(月組、文芸部) 空原神社への階段の入口にて発見。『女帝』に見立てられる。
《十月十九日》
・長閑はるか(花組) 空原堂と校舎の間にて発見。切断された下半身は未だ行方不明。
・遠茉(雪組、演劇部) 空原神社への階段の途中にて発見。『皇帝』に見立てられる。
《備考》
・蘭佳の四肢を持ち去り、観篠を殺害したのは、呉山(月組、美術部)。支槻生徒会長によって制裁を加えられ、死亡。
・蘭佳、粉沼に見立てを施していたのは、久架(雪組、天文部・部長)。焼身自殺。
・重要参考人の左条(雪組、天文部)は、一週間前から行方不明。ただし十月十八日の朝、呉山の下駄箱に犯行を促す手紙を入れた疑いあり。
・久架と左条の他の天文部員は全員、体育館二階に幽閉中。
「さて、紳士淑女の皆さん、真実のお時間です」
皆を着席させると、教壇に立ったジェントル澄神は芝居がかった口調でそう告げた。しかし手錠を嵌められて監視役の刑事と繋がった状態ではどうにも格好が付かなかったし、さらに間が悪いのか何なのか、教室の扉が開いて生徒会の禎片さんが顔を出した。
「お話し中のところ、失礼しますわ。転校生のかたをお連れしましたの。樽木張江さんとおっしゃるそうよ。歓迎してあげてくださいまし」
そして禎片さんは去って行き、樽木さんが這入ってくる。大学生かそれくらいの若い女性だけれど、その顔はえらくやつれていて、両の瞳だけがギラギラ妖しく輝いている。茶色く染めた髪もボサボサだし、何だか異様な雰囲気だ。
「あたしは桜野美海子に復讐できればそれでいい」
僕らを順々に睨み据えつつ、彼女は低い声でそう云った。
「双子の娘が殺された。蒼子と浦子だ。あたしが買い物から帰ると、娘たちはそれぞれ首と腰のとこで身体を切断されて三つずつに分けられていた。血まみれの部屋には、そんな娘たちのバラバラ死体と、どっから運ばれてきたんだか、これも腹のとこで切断されて二つになった騾馬の死体とがゴッチャにされて並べられていた。おおよそ左から見れば、蒼子の頭、騾馬の前半分、騾馬の後ろ半分、浦子の胴体、蒼子の下半身、浦子の頭、浦子の下半身、蒼子の胴体の順だった。娘たちが三つに分けられたのは、名前が三文字だったからだ。騾馬は二文字だから二つに分けられた。〈頭文字〉って云うくらいだから、蒼子の頭が〈そ〉で浦子の頭が〈う〉で騾馬の前半分が〈ら〉だ。蒼子の胴体は〈う〉だし下半身は〈こ〉だし浦子の胴体は〈ら〉だし下半身は〈こ〉だし騾馬の後ろ半分は〈ば〉だ。バラバラにされて並び替えられた死体の読み方は〈そらばらこうこう〉だ」
決して早口ではないのだが、その語りは一瞬も途切れなかった。繰り返し繰り返し考えてきて、もはや自分の一部になっている話なのだろう。
「こんなくだらないパズルのために、その条件にたまたま合ってたってだけの理由で、娘たちを殺した桜野美海子にあたしは復讐する。娘たちはあたしのすべてだった。あの子達の父親はあたしが妊娠したと知ったときに逃げ出した。あたしの親もあたしを勘当した。あたしにはあの子達だけだった。あたしからすべてを奪った桜野美海子に復讐するため、此処に来た」
「ああっ、それっすよ! まさにそれっす!」
誠くんが勢い良く席を立った。皆がどうしたのかと驚くなか、彼はおもねるようにしなをつくりながら、樽木さんに駆け寄って行く。
「復讐! 素晴らしいじゃないっすか~、感激したっすよ~、蒙を啓かれたっす~」
「……何だ、お前は」
目尻に皺をつくって見下ろす樽木さん。
「句詩誠っていいます~。僕達もそれぞれ事情があって、桜野美海子に挑戦しにやって来た同志っすよ。ただ、もうお聞きかも知れませんけど、此処じゃあ桜野美海子は存在すらしないことになってるんすよねー。とにかく何をするにも、いまどんな状況で、何が分かってて何が分かってないのか、知らないといけないでしょ? とゆーわけなんで、僕がお教えしますよ。そっちに掛けてくださーい」
「……軽い餓鬼だな。慣れ合うつもりはないよ」
誠くんを胡散臭そうに見ながら、樽木さんは勧められたとおり、隅の方の席に着いた。誠くんは彼女と向かい合うように近くの椅子を移動させつつ、
「ジェントルさん、どーぞどーぞ。僕も張江さんにご説明しながら、ちゃんとジェントルさんの話もちらちら聞くようにするんでー」
「ひっ――」ジェントル澄神は顔の筋肉を痙攣させたが「――いいでしょう!」大声を上げることで自分を抑えたらしかった。
「皆さんはきっと、この一時間、私が与えた〈悪魔の生贄〉というヒントについて考えを巡らせたことだろう。しかし、その意味に至った者が果たしていただろうか? ふふふ。
ところで皆さん、皆さんとて左条について聞き込みなどして調べたに違いない。なら知っているでしょうが、彼女は多くの生徒達から慕われていました。雪組、月組を問わず、彼女は皆の良き相談相手だった。それは彼女にとって、多くの人々と接するなかで、今回の被害者――いえ、いまやこの表現は正しくない――協力者を選定するためだったのです。そして四人まで、それを発見することができた。だが、彼女の目的のためには五人が必要でした。ゆえに、ひとりはまた違ったかたちで――この者のみは被害者として――計画されたのです。その例外者こそが観篠でした。左条が呉山をコントロールすることで観篠を殺害したらしいのは明らかですね? そう、久架および天文部員たちを利用した連続タロットカード殺人でさえ、左条にとっては真の目的を見破らせまいとする隠れ蓑に過ぎませんでした。このことをよく、頭に入れておいてください。
整理しますと、左条がその真の目的のために揃えた五人の生贄は、蘭佳、観篠、粉沼、鞍更、遠茉の五人であり、これですべてだったのです。ちなみに、ええ、長閑はるかの死は無関係でしょう。彼女にとっては必要がないばかりか邪魔でさえある殺人でありますし、事実、これに関してだけは背後に左条の影が見当たりません……」
ジェントル澄神は桝本さんに顎で指示して、胸ポケットから二つ折りにされた紙切れを取り出させた。何が記されているのかはまだ分からない。
「私は校舎四階にある天文部の部室を訪れました。そこで小さな金庫を発見したのです。体育館二階に幽閉されている天文部員に確認したところ、それは左条が使っていた金庫とのことでした。三桁の暗証番号を揃えて解錠するものです。つまり組み合わせは千通り――ですが、全部試すのに三十分とかからない。私はこれを十九分で開けました」
「何だ、」
レイモンドさんが呆れ顔で言葉を挟んだ。
「推理によって番号を当てたんじゃねぇのかよ」
「はっはっは! 理想主義的な探偵論は結構! 私は結果にこだわる! 結果を出せない探偵に価値はありませんからね……ええ、そして私は、この事件を紐解く最大の手掛かりにして、最大の証拠を掴んだのです!」
……ではやはり、本来の順序としては別口から推理を組み立て、金庫を開け、裏付けの証拠を掴むということが求められていたんだろう。ジェントル澄神は段取りをひとつか二つほどすっ飛ばしたわけだが……その点ではいつもの無花果がもっと酷いので、人のことは云えない。
「暗証番号は〈666〉――そう、〈悪魔の数字〉でした。さらに金庫の中に入っていた紙がこれです。桝本さん、皆さんに見せてあげなさい」
助手の役割をやらされて不服そうながらも、桝本さんは紙切れを開いて、掲げた。そこには生徒手帳にも載っている〈探偵学校〉の地図が印刷されており、その上から緑色のペンで逆五芒星が描き込まれていた。
「ご覧のとおり、逆五芒星ですよ、皆さん。逆五芒星もまた、悪魔主義者たちのシンボルマークです。正五芒星は天と繋がり、逆五芒星は地の底と繋がる。地と繋がった逆五芒星は、悪魔を降臨させる。お分かりですか? この地図に書き込まれた逆五芒星の五つの頂点は、蘭佳、観篠、粉沼、鞍更、遠茉の死体の発見現場ではありませんか! 彼女達は悪魔を降臨させるための生贄――悪魔の生贄だったのです!」
「なるほどのぉ……」
これには覇唐さんも相槌を打った。
「左条は悪魔主義者だった。五人の被害者もまた……観篠は除くものの……同じく左条によって見出された悪魔主義者であり、協力者だった。そう申すんじゃな?」
「いかにも! 我々を悩ませていた殺人の手口ですが、そもそも殺人などなかったのですよ! 蘭佳と粉沼と鞍更と遠茉は、服毒自殺です。悪魔降臨という大いなる目的のために、自らひとりで現場に出向き、毒を飲んだのです。そこに後から、蘭佳と粉沼には久架が、鞍更と遠茉には左条がタロットカードの見立てを施したわけですが、そんなのはどうでもよいことでした。五人の死を以て、この連続殺人は既に完了しています。果たして悪魔は降臨したのでしょうか……? さぁ、そこで注目しなければならないのが、逆五芒星の中心――久井世池なのです。この一時間、私が調べてきたのが、この久井世池についてでした」
ジェントル澄神はすっかり興奮しており、推理を開陳される側の聴衆よりも開陳する側の探偵の方が昂っているというのはいささか以上に滑稽な絵面だったけれど、本人はそんなこと気にもせずに続ける。
「生徒達の中でも知っている者と知らない者とで分かれましたが、久井世池にはその名前の由来となった、久井世冬詩の伝説があるのです。ええ、空原神社から出ている小径の先に墓がある、その久井世冬詩ですよ。
彼女はかつての空原神社の巫女でした。しかし彼女は村の男と駆け落ちしようとして捕まり、空原神社の社殿に外から錠を掛けられて閉じ込められることとなりました。これは罰でありましたから、食事も出ず、彼女は非常に苦しい思いをさせられたとの話です。しかし、一週間ほど経った日の朝、なんと彼女の水死体が久井世池――当時は名前がありませんでしたが――あの池に浮かんでいるのが発見されたのです。空原神社の社殿には、やはり外から錠が掛けられたままでした。想い人と引き裂かれ、小さな社殿に閉じ込められた若き巫女は、どうやって密室から抜け出したのか? どうして池に死体となって浮かんでいたのか? 多くの謎を残しつつも、その悲しく恐ろしい死を遂げた彼女は、墓をつくられ供養されたのです。そしてあの池は、久井世池と呼ばれるようになった……。
あっはっは! そうです! 神に選ばれし名探偵たる私には、こんなものは怪談でも御伽噺でもない。この話から分かることとはすなわち、空原神社の社殿と久井世池とは、秘密の地下通路で結ばれているということですよ! ねぇ覇唐氏、貴方が読んだあの巻物で『天と地』の『地』の字は、掠れていたか汚れていたか、とにかく不鮮明に書かれていたのではありませんか?」
「そうじゃったなぁ……なにぶん、古い巻物であったからなぁ……」
「やはりね! ならば『天と地』は誤読です。『地』ではなく『池』と書かれていたのですよ! 〈空原〉という地名は〈海原〉の対比でつくられた語であり、つまり〈天〉を表しています。空原神社と久井世池が繋がっていることから、あの〈天と池を繋ぎ〉の文句が記されたのです。あの巻物もまた、左条がミスリードとして用いたダミーの手掛かりではありましたが、大切なのは地下通路の存在――そうです、左条は久井世池の地下にいます! 五人の生贄が揃い、逆五芒星が完成し、そしてその中心たる久井世池の底で、左条は悪魔を降臨させた!」
さぁ! とジェントル澄神は両手を広げようとして――手錠のせいで広げられなかったが――代わりに大きく腰を振り、僕らに起立を促した。
「行きましょう! この事情を話すことで、厄火さんも我々を社殿の中に入れてくれるに違いありません。そこに地下通路への入口があります。待ち受けているのは左条と、もしかすると、降臨した悪魔まで一緒かも知れません――それが桜野さんであったなら、我々は其処で〈真実〉と相対すことになるでしょう!」




