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甘施無花果の探偵遊戯  作者: 凛野冥
桜野美海子の逆襲・探偵学校編
69/76

12、13「玩具をなくした子供」

    12


 窒息しかけて目が覚めた。

 寝ている僕の鼻と口を、無花果が足で塞いでいたせいだ。

「おはようございます。二秒で起きて五秒で支度しなさい」

「うん……おはよう……分かった……」

 朝の光が満ちた部屋。無数の埃が宙を舞い、陽光を受けてキラキラ輝いている。

 僕は三十秒くらいオーバーして指示内容を完遂した。腕輪を見るとデジタル表示は『08:19』。

「結構、早起きだな……学校だからか?」

「長閑はるかの死体が発見されたそうです」

「そうか。花組でひとり目の死者か……」

 道理で窓の外からざわめきが聞こえる。運動部の朝練ではないのだ。

〈探偵学校〉での二日目が始まった。



〈空原館〉を出て左へ十メートルほど行ったところに人だかりができていた。彼女達が輪になって囲んでいるのが、はるかちゃんだった。

 ただし、半分だけ。上半身だけだ。はるかちゃんは臍の上くらいで横に切断されていて、中身がごっそりこぼれ出してしまっている。赤く染まったセーラー服の裾が切断面の上から被さって隠しているけれど、それでもあまり見ていて気持ちの良い光景ではない。

 傍らには、失意の誠くんが地面に正座して、先輩の変わり果てた姿を見下ろしていた。泣いてるわけでも茫然自失しているわけでもなく、苦悶の表情のまま動かないはるかちゃんとは対照的に、困ったような顔をして「うーん、うーん」と前後に揺れている。

「タロットカード殺人じゃねぇな」と、あからさまに眠そうな顔であくびを噛み殺しながら述べるレイモンドさん。

「ええ、ここでまた新たな趣向の殺人ですね」と、死体を前にしては常に楽しげに両手を揉み合わせているジェントル澄神。

「まさか本当に。罪もない参加者まで手に掛けるとは……」と、昨日よりも表情を険しくしている桝本さん。

「痛ましいことじゃな。若い命が奪われるのは一段と」と、杖の頭を握りしめて痛切そうな覇唐さん。

「………………」と、相変わらず月子さんのことを思って心ここにあらずらしい陽子さん。

 他にも、雪組・月組の生徒達がざわざわと話を交わしている。妙にわざとらしく、軽薄な調子の目立つ話し方。いかにも素人による、白々しい演技である。

 レイモンドさんがはるかちゃんの死体に歩み寄ってしゃがみ、セーラー服の裾をめくった。露わになった切断面はボロボロで、何度も刃を当てて乱雑に切断したことが窺えた。

「鋸だろうな。それから、血の量が少ねぇ。どこか別の場所で切断されて、上半身だけ此処に運ばれたんだろう。こうして制服は切れてねぇところを見るに、切断時は裸にしといて切断後にまた着せたとも分かる。だから何だって話だが」

「ふむ。制服なのですね」

 句詩くん、とジェントル澄神は呼び掛けた。

「昨晩、長閑さんは何時に就寝したのです? そのときの服装は?」

「えっと……はるか先輩ずっと寝転がってぐったりしてたんで定かじゃないっすけど、七時過ぎにお風呂入りに行って、戻ってきて……僕が八時半くらいにお風呂入りに行って、そんで戻ってきたとき……九時前っすかね、そのときにはもう眠ってたんじゃないかなぁ。浴衣に着替えてたっすよ。呼んでも応えなかったんで、僕もすぐ電気消して寝ました」

 ここで桝本さんだけ「何だ、一緒の部屋だったのか」と驚いた。

「そうっすよ。ははっ、やだなぁ、刑事さん。僕はよくはるか先輩が下宿してる部屋に泊まり行ってましたんで、普通のことっすよ。此処は部屋数も限られてるそうですし」

「で、お前はそのまま朝までぐっすりだったんだな?」とレイモンドさんが話を戻す。

「はい、残念ながら。さっき染袖副会長に起こされて、はじめて隣の布団がもぬけの殻に――って云うか、はるか先輩が殺されちゃったこと知ったわけっす。寝耳に水ってこのことっすねぇ……」

 生徒会は転校生がいつやって来てもいいように二十四時間、四時間おきの交代制でひとりずつ校門のところに待機している。さきほど八時に庶務の宗頃と代わるために〈空原館〉を出た染袖さんが、はるかちゃんの死体を発見し、知らせて回ったのだった。

「ちょっとよろしいかな?」

 覇唐さんが生徒会役員たちの方へ振り向く。

「午前四時に宗頃譲と代わったのはどなただったんじゃろう?」

「それはわたくし――会計の禎片さだかたですわ」

 元〈桜生の会〉会員なのだろう、しゃくれた桜野って感じの顔をしている。

「では禎片譲と宗頃譲、そのときには此処に長閑譲の死体はなかったのかな?」

 訊かれた二人は顔を見合わせ、宗頃の方が答えた。

「なかった……いえ、分かりません。四時じゃまだ暗かった。気付かなかっただけかも知れません」

「こほん……」

 支槻生徒会長がまとめに入る。

「では、長閑はるかは夜中のうちに、何者かによって外に連れ出されたか、自ら外に出た。いずれにせよ、それは彼女の自由意志によるものだった。隣で眠っていた句詩誠が目を覚ますような騒ぎはなかったことや、彼女が制服に再び着替えていたこと等からそうと分かる……これでいいですか?」

「そんなところだろうな。だが、」

 レイモンドさんが懐から煙草を取り、立ち上がった。

「長閑ちゃんは昨日入学したばかりの新入生だ。まだ雪組・月組の誰とも、夜中に呼び出されてついて行くような信頼関係は築いちゃいねぇ。じゃあ長閑ちゃんは、ひとりで外に出たところを襲われたんだろう。なぜ、外に出たりしたのか……もしかすると、何か思いついたことがあって確かめたくなったのかも知れねぇぞ。そして見事に、手掛かりを見つけた。だが都合の悪いものを目撃された犯人――左条と断定はできねぇが、とにかくそいつによって、口封じのため殺された。タロットの見立てが施されてねぇのは、こいつが予定外の殺人だったからか、長閑ちゃんに手掛かりを掴まれたことを隠したかったからと考えれば説明がつくぜ」

「おお。それなら、のどか先輩は真相に肉薄したんすねー。すごいっす」

「私にはとてもそうは思えませんね」

 ジェントル澄神は半笑いを浮かべてかぶりを振った。

「彼女に探偵としての才覚はゼロでした。ひとり真実を垣間見たばかりに殺害されるなど――そんな有能そうな役回りとは無縁のキッズですよ!」

「嫉妬っすか~? はるか先輩の閃きは特筆に値するもんなんすよ~」

「馬鹿な。そもそも夜中に調査に出たなら、君を連れて行くのではありませんか? 後輩の命を危険にさらしたくないから自分ひとりで――だなんて、そんな殊勝なことができる人間ではないでしょう?」

「澄上、昨日会ったばかりのてめぇにどうしてそこまで云えるんだ?」

「何を云います! 私は天衣無縫の名探偵ですよ! あんな薄っぺらな人間、オブラートのように一口で溶か――」

「死者を侮辱するんじゃねぇ下種がッ!」

「――っひ!」

 恫喝され続ける一年間を過ごしてきたせいか、ジェントル澄神は怒声に対して脊髄反射だ。顔を引きつらせるだけでなく、一瞬にして冷や汗が噴き出す。

「し、しかしですね、桝本さん、ははっ、私達は道徳をやりに来たんではないのです――事実に忠実でなくちゃあね! 長閑さんは単に夜中に目が覚めてしまって、散歩に出ただけですよ。浴衣では寒いですからね、制服に着替えるのは不自然じゃない。そして偶然、犯人にとって都合の悪い何かを目撃し、殺されたのでしょう。その方がずっと〈らしい〉じゃありませんか!」

「何にせよ、長閑ちゃんは何かを知っちまったらしい」

 煙草の煙を不味そうに吐き出すレイモンドさん。

「長閑ちゃんが雪組・月組の誰とも大した関係を築いちゃいねぇ以上、向こうも長閑ちゃんを殺さなくちゃならねぇ因縁は持ってねぇんだ」

「でも、それってどうなんでしょう」と、僕も意見を述べることにする。

「無差別殺人であれば、因縁なんて必要ないですよね。これはタロットカード殺人じゃありませんけど、昨日から見てる限り、此処では動機に重点は置かれていないように感じます。はるかちゃんが夜中にひとりで歩いてたなら……そんな〈殺しやすい人〉は、やはり殺されてしまうんじゃないでしょうか」

「あー……しかしだな塚場くん、此処の殺人は桜野美海子が書いた筋書きに従ってると見てまず間違いねぇ。いくら殺しやすくたって、予定外の殺人を行えば筋が乱れるぜ。だから俺は、花組の生徒だって大いに被害者なり得るってのには懐疑的なんだよな。やむを得ない事情で、はるかちゃんは殺されたんだ」

「なるほど。ただ、そうだとすると、よく分からない点があるんです。はるかちゃんは真相に近づいたから殺された……それって、この謎解きゲームの趣旨に矛盾しませんか? 挑戦者が正解しかかったら退場させられるって、フェアプレイどころじゃありませんよね」

「そうだな、それはその通りだ。だからはるかちゃんのやり方は何か、反則的だったのかも知れねぇ。閃きや偶然でゲームを終わらせられちゃあ、向こうの本意とあまりにズレちまうわけだし……」

 ここでしばし、無言の間が生まれた。口を開いたのは、覇唐さんだった。

「そうさなぁ……焦点を当てる箇所を見誤れば、これは難しい謎じゃよ」

 彼が口を開くと、場が引き締まる感がある。

「儂は、長閑譲が二つに切断されて、その上半身だけが此処に置かれたことの意味を考えるのが一番良いように思う」

 うん、さすがである。おそらく彼は、既に答えに辿り着いているだろう。まぁ、どうして他の人達がその考えに思い至らないのか、不思議なくらいだけれども。

 皆は再び、各々の考えに没頭し始めた。そんななか「いやぁ、それにしてもショックっすねー……本当にショックっすよ……」と、参ったように首を振る誠くん。彼は、はるかちゃんの死顔から、ふちの大きな眼鏡をそっと外した。

「これ、形見として貰っていいっすか? もうこの上半身、運んで行っちゃうんでしょ? はぁ……僕は部屋に戻りますね。ちょっとひとりになりたいっす。はるか先輩の活躍が見たくてついて来たのに、これってなかなかハードな展開っすよ本当。悲しいなぁ……」

 彼が〈空原館〉の中へ引っ込んで行くと、他の人々も徐々に散り始めた。花組の者達も一言二言交わした後に、とりあえずは解散する。

 こうして、二日目の朝は、またひとつ、謎を攪拌かくはんされる格好で幕開けたのだった。


    13


 朝食を簡単に済ますと、無花果は〈空原館〉へ向かった。『豹』の部屋の前を通り過ぎ、『蛇』の部屋の扉をノックもせずに開く。

 中には布団が二組敷かれていて、その片方で誠くんが爆睡していた。無花果が「枕」と云うので、僕は使われていない方のそれを手渡す――と、彼女は誠くんの寝顔に向かって容赦なく叩きつけた。

「……っつ~~、誰っすかぁ~」

 適当に笑いながら枕をどかし、誠くんは僕らを見上げると「あ、どうも」と会釈する。

「昨晩はあまり眠れなかったのですか?」

 冷たく問い掛ける無花果。

「いや、違うっすけど。不貞寝ふてねくらいしかすることがなくって。はは」

 彼は上体を起こすと、枕元に置いていたはるかちゃんの眼鏡を手に取り、自分に掛けた。

「これねぇ、伊達なんすよ。自分では似合ってるつもりだったんすかね? はるか先輩は可愛いな~」

「長閑はるかの身体を切断したのは貴様ですね」

「え、違いますよ。やだなぁ、人聞きの悪い」

「長閑はるかは昨晩、貴様と共に脱走しようとしたはずです。彼女は自信を喪失しており、それは不安と恐怖へ転じ、倍加していました」

 そう、昨日の――特に目の前で呉山が射殺されて以降の――はるかちゃんの様子を見ていれば、明らかに分かることだった。推理の失敗、己がキャパシティを越えた異常な事件、あまりに多くの死の直視、自らもまた標的にされるかも知れない可能性、傷つけられたプライド、自分は場違いであるという劣等感、間違った場所に来てしまったという後悔。それらすべてが、彼女には荷が重すぎた。強がろうとすれば強がろうとするほど張り詰めた糸は、限界を迎えればプツンと切れる。

「しかし〈探偵学校〉は脱走を許さないでしょう。では〈探偵学校〉は脱走をどうやって防ぎ、また脱走しようとした者に対しどのような対処をするのか。それが結果となって現れることになるだろうと、昨日の私は考えていました。果たして、現れたのがあの、長閑はるかの上半身――そして、知らぬ顔で生きている貴様です。友情や義理は措いておくとしても、その不安と恐怖から、長閑はるかが貴様を連れて行かなかったとは考えられません。であるならば、諸要素を蓋然性と本質によって統合することで、容易に結論は出ました」

 ヘラヘラしながら聞いている誠くんに、無表情の無花果は右手首に嵌められた腕輪を指し示す。

「これは単なるデジタル時計でなく発信機も兼ねているはずだ、という話が昨日に一度出ましたが、そのときに貴様と長閑はるかはいませんでしたね。〈探偵学校〉はこれによって生徒達の位置情報を捕捉している。とはいえ、それだけではすべての脱走に対して素早く対処することはできません。これは遠隔操作もしくはセンサー感知によって、装着している者に毒を注入するか電流を流すかし、気絶あるいは絶命させる装置でしょう。結果を見れば、センサー感知、毒の注入、絶命の組み合わせであったと分かります。

 長閑はるかは先にエリアを出た。直後、絶命した。それを目撃した貴様は、腕輪の仕組みに気付き、自分はエリアから出なかった。長閑はるかが死に、貴様が生きているのはこういうわけです。

 ところがなぜか、その後に長閑はるかは身体を二つに分けられ、上半身は〈空原館〉の前に置かれ、下半身は未だ見つからず。貴様は何も知らない振りをしている。〈探偵学校〉による脱走者・長閑はるかへの制裁は、腕輪からの猛毒の注入で済んでいます。それ以上の手を加える必要はありません。腕輪の仕組みを隠そうとすることもないでしょう。貴様が他言無用を強制されたとも考えにくい。それであれば、脱走しようとしたのは貴様も同様なのですから、長閑はるかと同じく始末する方が合理的です。

 さて、核心に移りましょう。

 貴様は長閑はるかを屍姦しかんしたのです。

 それを貴様は隠蔽したかった。死体を残せば、身体――その下半身に痕跡が残ってしまっている。〈探偵学校〉には男性がいないので、貴様がやったことと露見してしまう。しかし死体を隠して行方不明ということにすれば、昨日の様子から長閑はるかは逃走したのだと皆に推測され、それでは貴様が共に行かなかったのがおかしいという話になってしまう。ゆえに、貴様は長閑はるかを上半身と下半身に分け、下半身は処分する一方で、上半身はすぐに発見される場所に置いたのです。誰も、そこまでするとは思いもしないだろうと考え、ならば屍姦の事実は完全に隠せると――」

「う、あ~~~~~~」

 変な声を出して、誠くんは両手を上げた。〈解決編〉を遮られるのが大嫌いな無花果は内心ご立腹だろうけれど、顔には出していない。

「すっごいっすね~、そこまで分かっちゃうもんっすか~、しかもこんなに早く~、感動しちゃったっすよ~……はいはい、おっしゃるとおりっす。深夜二時半っすね、長閑先輩は脱走を決意しまして、僕も仕方ないな~と思いつつ従いました。体育館裏はフェンスが低いじゃないっすか、あそこを狙ったんす。でもはるか先輩がフェンスをよじ登って、あとは向こうに飛び降りるだけってときに『痛いっ』とか呻いてこっちに倒れたんすよ。したら息してねーの。うわ、そういうことか、おっかねーって。そんでぇ、あ~~、恥ずかしいっすね~、だからバレたくなかったんすよ~、おかしい奴だと思われるじゃないっすか~、やだな~」

 いかにも軽い調子でペラペラまくし立てる誠くん。もはや僕らに対して語っているふうですらない。

「いちおう、はるか先輩ん中に残っちゃったあれ、掻き出したりしたんすけどね、真っ暗だったし、よく分かんないじゃないっすか~。だいぶ激しくやっちゃったし、はるか先輩処女だったし――そうっすそうっす、ここが重要なんすよ。ちょっと聞いてくださいよ~。僕ね、はるか先輩にずっと憧れてて僕の童貞ははるか先輩に捧げるっきゃねーって思ってましたし、それにはるか先輩も絶対ぇ処女じゃないっすか~。もうそのときを楽しみに楽しみに、ここまではるか先輩に犬のように尽くしてきたんすよ~。特に今回の〈探偵学校〉では吊り橋効果やら何やらで、ついに今まで頑張って張ってきたフラグが成就するかもって期待してたんすよ~。なのに! なのにはるか先輩、死んじゃったんすよ! ちょっと~、そんなのあまりに殺生じゃないっすか~。大損っすよ~。これまでどれだけの手間と時間をはるか先輩にかけてきたと思ってるんすか~。ギャンブルで大負けどころの話じゃないっすよ~。死体ととはいえ、最後にきちんと元を取っておかないと。ねぇ、そうでしょう? 僕の考え、なーんもおかしくないっすよね? そりゃあちょっと下世話かも知れませんけど、話せばみんな共感してくれるはずっすよ。あーでも恥ずかしいな~、おかしい奴だとか思わないでください~」

「何を云っているのですか。〈おかしい奴〉だと思われたいくせに」

 その無花果の言葉に、誠くんは「ん?」と首を傾げる。適当な笑顔を貼り付かせたまま。

「貴様は自分が〈おかしい奴〉であることに酔っている、くだらない人間ですよ。屍姦の事実を隠すための工作として、貴様がやったそれは杜撰であり、無駄が多い。その有効性よりも、いっそ工作そのものが目的化したようです。貴様は実は屍姦の隠蔽などどうでもよかった。ただそれを理由付けとして、〈おかしいこと〉を思い付いたからやりたくなっただけでしょう。子供じみた、浅ましい思考と行動です」

「あはは、そりゃあ子供っすもん。でも甘施無花果さぁん、その推理は違うな~。僕は本当に〈普通の奴〉なんすよ~。屍姦したのも説明しましたように普通のことですし、隠蔽工作の拙さについては素人なんで目を瞑ってください~。ともかく、恥ずかしいんでこのことは秘密にしておいて欲しいんす。腕輪が嵌ってる以上は出られないですし、僕は此処に滞在中、花組の皆さんから白い目で見られたくないんすよ~。〈探偵学校〉側の人達は僕がやったことに気付いてるかもっすけど、彼女らは高メタレベルの言動を禁じられてるんで、この事件が終わるまではそれを口に出せないでしょ? はは。で、事件が終わった後に彼女らがそれを喚いたって、誰が信じるんだっつーのって話っす。だからお願いっす~っては云いつつも、安心してますけどね。僕を吊るし上げるつもりがないから、皆さんの前じゃなくて、こうして部屋に来て三人だけでお話してくれてるんでしょ?」

 無花果は、無表情の中にも、ゴミを見るよりもひどい軽蔑の視線で以て、誠くんを見下ろしている。大抵の人間は無花果からこんな目で見られると本気で死にたくなるみたいだが、誠くんには効かないだろう。彼には自分の欲望と、あとはおべっかくらいしかない。

 空っぽの人間――しかし、僕とは別種だ。無花果が昨日、云っていたとおり。

「私はノイズを消し去りたかっただけです。桜野美海子が意図していることと、意図していないこと、その二つは選り分けて考えなくてはなりません。私は此処に、桜野美海子に会うために来ています。貴様には毫も興味がありません」

「そっすか。良かったっす。応援してるっすよ~。はるか先輩の仇討ち、よろしくお願いします~」

 誠くんの言葉にはこれ以上聞くそぶりも見せず、無花果は部屋を出て行った。

 部屋を出て行った後も、もう誠くんについては一言も触れなかった。

 でも、いいのだろうか? 玩具をなくした子供は、新しい玩具を探すものだが……。

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