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甘施無花果の探偵遊戯  作者: 凛野冥
壺入り娘・幕羅家編
6/76

5、6「タイムリミット」

    5


 今回の依頼はユイちゃんの身を守ること――事件の解決もそこに包括されている――なので、僕達は幕羅家に滞在し、基本的に彼女に付き添う方針を取る。それはいいとして、具体的な取り決めを色々と行いたいところだったけれど、ユイちゃんの部屋に戻った後の無花果は呑気に煙草を吸っているだけで話し合おうとする素振そぶりを一向に見せず、結局何も定まらないまま夕食の時間となった。

 二十時。一階のダイニングルームに住人が集う。特に仕切りもなく隣り合うリビングルームには古風な暖炉があって興味を惹かれたが、どうやら飾りみたいなものらしくて普通に空調が効いていた。

 テーブルは大きいもので椅子の用意もあったため、無花果と僕を加えても窮屈とはならなかった。こちら側に左からユイちゃん、無花果、僕。向かい側にケイくん、誓慈さん、維子さん。

 音も立てず声も発さず表情も変えずの静かなる使用人・釧路さんが料理を並べ終え、夕食が始まる。釧路さんはまたキッチンの方へと引っ込んで行った。

 山奥の西洋屋敷に相応ふさわしいラインナップで、味も一級品。僕だけみすぼらしい身なりだし、恐縮してしまう。

 グリルで焼かれたチキンステーキを切り分けるのに、自分のナイフの使い方が不格好なのを恥ずかしく思っていると、維子さんが口を開いた。

「調査の方は順調なのかしら、探偵さん」

「はい。既に私は真相に肉薄しています」

 さらりと答える無花果。すると誓慈さんが「それは素晴らしい」と声を上げた。

「しかし此処に来てわずか数時間、私達は事情聴取も別段受けていない状態ですが、もしかして、やはり強盗の仕業だということですかな?」

「駄目よ」

 すかさずそう云ったのは維子さんだった。

「そんな〈逃げ〉は許さないわ。豪語していたとおり、強盗の仕業ならその強盗を捕まえるまでやっていただきませんと」

「まぁまぁ」といさめる声はケイくんだ。

「無花果さんがそう云う以上、素性も知れない強盗が犯人だなんて興醒めな展開じゃないのさ。当初の見立てどおり、俺達の中にいるんだろう。事情聴取なんてするまでもなく、わずか数時間で、その容疑がさらに固まったということじゃないかな」

「何を云ってるの、ケイさん。私達の中にお義父様を殺した人間がいるわけないわ。どうせハッタリよ。手掛かりが見つけられないものだから、揺さぶりを掛けようとしているんでしょう?」

 どうだろう。無花果はそんなチープな手法は用いないけれど、事件の調査にあたっている時の彼女の思考は僕も全然読めない。ポーカーフェイスに定評のある彼女だ。

「どう憶測しても結構ですが、疑心暗鬼に陥り勝手に揺さぶられるさまはいささか滑稽ですよ」

「ははは、なるほど達見ですな。維子、君はもう少し堂々と構えていたらどうだ」

 笑い仏みたいな夫を、不動明王みたいな妻が睨む。彼女は唇をわなわなと震わせた後に引き結び(それが癖らしい)、

「……期限を設けましょう」

 と無花果に目を向けた。

「犯人を捕まえられないのなら、いつまでも居られては迷惑です。そうですね……では明日から三日以内に――」

「今日中で結構です」

 クリームシチューを口に運びながら無花果はそう述べ、維子さんは絶句した。その手からナイフとフォークがカランと音を立てて皿に落ちる。

「やると云ったらやる人だよ、無花果さんは。ねぇ、塚場さん?」

 ケイくんにいきなり振られて、僕は維子さんを気にしつつ「まぁ……」と応じる。

「これは面白い」

 誓慈さんは相変わらずのにこにこ顔。

「不謹慎ながら、年甲斐もなくワクワクしてきましたよ、私は。あと四時間もしないうちに幕が下ろされるとは」

「無理だわ」

 呆けていた維子さんが我を取り戻す。

「できるわけない。四時間後、自分の大言壮語を悔いることね」

 周りがヒートアップするなか、その原因をつくっておきながら我関せずな態度で食事を続ける無花果。本当に大丈夫なのか? と思いながらその様子を見て、同時に僕の視界には彼女を挟んだ向こうに座るユイちゃんが映る。

 彼女もまた、不安そうに無花果を見ている。その顔を見て、今この場に幕羅家の人間が揃っていることもあり、僕はある気付きを得た。

 ユイちゃんは、他の家族の誰とも似ていない。

 兄のケイくんは顔立ちが父親と被るし、意地の悪そうな表情は母親そっくりだ。

 だがユイちゃんは…………。

 幕羅峯斎と二人、此処で暮らしてきたという彼女。家族と確執を持ち、これから家族はおろか親戚筋にも引き取ってもらえるあてがないという彼女。それどころか、自分は殺されるかも知れないとまで疑っている彼女。

 彼女は本当に、幕羅家の血を引いているのか?


    6


 無花果が宣言したタイムリミットまで三時間と少し。

 それで夕食を終えた彼女がしゃかりきに動き回るとは思っていなかったけれど、珍妙にも、彼女がまずやったのはユイちゃんに風呂を済まさせるということだった。「え? いいんですか? お風呂くらい我慢しても……」と戸惑うユイちゃんに「汚いですね。いいから入りなさい」と叱咤しった。何を考えているんだろう。

 ユイちゃんを守るという役割上、風呂場の前の廊下に番人みたく立って待つ無花果と僕。案の定、慌てたユイちゃんは髪を乾かす時間も惜しんですぐに上がってきた。白のネグリジェ、湿った髪、上気した頬、まだ十五歳とはいえ色っぽいその姿に、僕は少しドキリとした。

「それでは貴様は部屋に戻っていなさい。私達は用事がありますが、すぐに済ませて壮太を向かわせます。それからは私が事件を解決するまで、壮太が離れず貴様を守っています」

 勝手にそう決める無花果。ユイちゃんが即座には反応を返せないでいると、

「この男では心許こころもとないですか? 気持ちは分かりますが、私には単独でやることがあるので」

「い、いえいえ、そんなことありませんっ」

 彼女は首を横に振った後、上目遣いで僕を見た。

「よろしくお願いします、塚場さん」

 潤んだ瞳。悩ましげに寄った眉。小さく震える唇。

 絶対に守らなければ、と心の底から感じさせられる。

 仕事がどうとかでなく、使命として。

「うん、大丈夫。ユイちゃんには誰にも、指一本触れさせないよ」

 精一杯に胸を張って応える。彼女はしかし俯いてしまったので、やっぱり僕は頼りないのかも知れなかった。実際、喧嘩なんかしたことがないし、仕方ないか……。

 ユイちゃんがひとり、彼女の部屋へと戻って行き、此処に着いてから初めて無花果と僕の二人だけとなる。

「で、すぐに済む用事ってのは?」

「決まっているでしょう」

 無花果の口が三日月を描く。

 ……たしかに決まっていた。

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