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甘施無花果の探偵遊戯  作者: 凛野冥
血染めの結婚式・聖プシュケ教会編
52/76

3「悪魔の生贄」

    3


〈悪魔の生贄〉は国内で活動しているテロ組織だ。

 規模も目的も不明だが、構成員が皆、破壊活動に及ぶ際には映画『悪魔のいけにえ(邦題)』に登場するレザーフェイスの仮面を被っており、現に〈悪魔の生贄〉と名乗っていることは知られている。また、確認されている限りでは、構成員は全員が女性。他にも、悪魔主義者の集まりであるとか、何らかの宗教団体が母体であるとか、指導者はかつて存在した革命的犯罪組織〈夜の夢〉の元メンバーであるとか、色々と信憑性の低い噂が囁かれている。

 さて、僕らがそんな奇天烈なテロ組織の人質に取られて、早くも一時間が経過した。〈悪魔の生贄〉は手際よく聖プシュケ教会の敷地内にいた人間をこの披露宴会場に集めてきて閉じ込めた。カーテンが閉められてしまったために目で確認はできないが、外では本当に警察やマスコミが敷地を包囲しているようで騒がしい。

 今、披露宴会場に集められた人質全員のボディチェック及び、携帯電話などの没収が済まされたところだ。会場には武装した七人の〈悪魔の生贄〉メンバーがいて睨みを利かせており、脱出や抵抗を図る者はいない。おかげで誰も目立った危害は加えられておらず、これはやや驚いたことに、手足を拘束されたりもしてないので、それほど居心地が悪いわけじゃなかった。まぁ、今にも泣き出しそうな人も多いけれど。

「噂は本当だったんだね~」

 声を潜めてこそいるものの、口調は呑気なままで煤音がそう云った。皆が〈悪魔の生贄〉が現れた時点で立っていたところから動かずにいるなか、彼女だけは僕らのところに移動してきたのだ。肝が据わっているというよりは、天然なだけだろう。

「ああ、この教会がテロ組織と繋がってるだとかいうやつか」

 これは無花果が此処を会場に選んだと分かってから、ざっと調べた中で僕も知った。

「それが〈悪魔の生贄〉だったわけだ」

「ふむー。で、繋がりどころか聖プシュケ教会は〈悪魔の生贄〉の根城でしたっと?」

「状況を見ると、そんな感じだな」

「じゃあ……こういうこと?」

 乃絵さんが険しい顔で話に加わった。

「警察はこの教会に〈悪魔の生贄〉が潜伏してるって掴んでやって来た――それを〈悪魔の生贄〉は察知して、突入される前にうちらを人質に取った――そしてこの、膠着状態が生まれた。みたいな?」

 この乃絵さん、僕の中学時代の同級生だと云っていたが、同じく僕の中学時代の同級生である煤音とは初対面らしい。つまり、乃絵さんのいた中学っていうのは僕が転校する前にいたそれだってことだ。ならば僕が彼女を思い出せないのも仕方ない。

 それはいいとして、僕は彼女の問いに「うーん……そうなんじゃないかな」と答えておいた。答えておいたけれど、その推測には不自然な点がある。警察がこのタイミングで動いた理由が分からないということだ。なぜ、教会にいる一般人が人質に取られてしまうに決まっているこの時間でなければいけなかったのか。この間抜けな展開の裏には、何かがある。

「無花果はどう思う?」

 式を台無しにされたせいか、先ほどからツンとしている無花果に水を向けてみると、彼女は小さく嘆息した。

「どう思うも何も、センスを疑いますよ。『The Texas Chain Saw Massacre』なんて、組織のモチーフに掲げるような大それた作品ではありません。あれはゴミです」

 そんなことを聞いてるんじゃない。

 が、煤音は「わ。バッサリ斬るね~? あんなに根強いファンが多い作品を~」と囃し立てるような調子で反応した。

「無花果はどんな映画にもこう云うんだよ」

「いいえ。たとえば『エル・トポ』は素晴らしいです」

「それはそれで謎なんですけど……」

 困惑している様子の乃絵さん。

 無花果は構わず「モグラは穴を掘って太陽を探し、時に地上へたどり着くが、太陽を見たとたん目は光を失う」だなんて『エル・トポ』の冒頭で表示される一文を述べて、僕に思わせぶりな目配せをした。ちょっとこれは意味が分からない。

「でもさ~、噂まで出来上がっちゃってたのに、まだ此処を根城にしてたってのは〈悪魔の生贄〉もお馬鹿さんだよね?」

 ちゃっかり話題を戻す煤音。彼女にはこういうところがある。

 すると、今度は無花果が意外にまともな言葉を返した。

「それは聖プシュケ教会が〈悪魔の生贄〉にとって重要な意味を持つ場所だからですよ」

「え、甘施さん、何か知ってるの? 詳しいこと」

「考えれば分かることです――去年、此処の聖堂で起きた殺人事件について」

「あ~、その事件が切っ掛けで噂も生まれたらしいもんね。じゃあ甘施さん、迷宮入りしたっていうその事件についても、全部解明済み?」

 と、そこでバンッと後ろのテーブルが叩かれた。私語が過ぎたんで〈悪魔の生贄〉が怒ったのかと思ったが、振り返ってみれば違った。

 其処にいたのは作家・妃継百華とその友人・府蓋千代だった。二人とも式の招待客だけれどトイレにでも行っていたのか、後から〈悪魔の生贄〉に連行されてきて、僕らのテーブルの近くにいたのである。

「あー……その事件なんだけど、さっき百華も解明したんだよ。だから思わずテーブル叩いちまったみたい。盗み聞きして悪いね」

 海野島で会ったときもそうだったように、妃継さんが府蓋さんの耳元で何やら囁いて、府蓋さんがその意を伝える。

「それ、話してくれませんか?」

 そうお願いしたのは乃絵さんだった。

 引き続き妃継さんの耳打ちからワンテンポ遅れる格好で、府蓋さんが話し始める。

「聖堂は密室状況だったって話だが、何てことはない、あれは単なる自殺だったんだよ。

 あたし達はマスコミとコネがあるもんで、一般人以上には詳しく知ってるんだけどさ、被害者の子が祭壇の上で、レザーフェイスの仮面を被って死んでたってのはあんた達知ってる? この事件に〈悪魔の生贄〉が関わってると見做されたのはそれが理由で、そこから聖プシュケ教会とあるテロ組織との繋がりっつー噂が生まれたわけ。死んでた子の素性は分からず終いだったんだけど、おそらく〈悪魔の生贄〉の構成員だったって話だよ。

 百華の推理に話を戻すが、どうして〈悪魔の生贄〉の構成員が聖堂で自殺なんかしたかって云うと、おそらくテロに嫌気が差したんだろ。この事件の数週間前に〈悪魔の生贄〉は政府の重役が会談に使ってたホテルを襲撃して、一般人にも被害が出たじゃんか。そこらへんが関わってたんじゃないかな。だが単に死ぬだけじゃなくて、自分の死で以て、此処が〈悪魔の生贄〉の根城だってことを告発しようと目論んだ。レザーフェイスの仮面被った自分が自殺すれば、警察は此処を調べるはずだろ? 聖堂を選んだ理由はたぶん、其処なら第一発見者が神父さんになると分かっていたからだ。第一発見者が〈悪魔の生贄〉側の人間じゃあ、死を揉み消されちまう。つまり神父さんは〈悪魔の生贄〉との繋がりはなかったんだな。

 しかし、これが上手くいかなかった。第一発見者は神父さんになったが、彼は祭壇の裏にでも落ちちまってたんだろうナイフまで見たりはしなかったんだよ。人が死んでると分かるや、それを他の人に知らせて警察に通報した。で、警察が来る前に、それを知った〈悪魔の生贄〉側の人間――つまりは内通者――スパイみたいな奴が、ナイフを回収した。このせいで事件は密室殺人になって、〈悪魔の生贄〉との関係までは憶測を許したが、被害者の子が実は自殺で、これが一種の告発だっていう意味合いは隠れちまったんだ。それでも聖プシュケ教会はいくらか調べられただろうが、〈悪魔の生贄〉はそれをかわしたし、事件の真相は有耶無耶になった……と、まぁこういうことだね」

「うひゃあ。すご。なるほどね~、そういうことだったの」

「うーん、筋は通るみたいですね」

 煤音と乃絵さんが良い反応を示すと、府蓋さんの陰に半分隠れている妃継さんは照れたみたいに頬を赤らめた。シャイなのか何なのか、よく分からない人だ。海野島で作家・矢峰方髄が死んだときには、えらく派手に哄笑していたのに。

 しかし残念ながら、

「はっ」

 無花果が、今日初めてこの笑い方をした。妃継さんの方を見もしないまま。

「笑止。自殺した女性が〈告発〉を目的としていたなら、ただ自殺するだけでなく、手紙を残すなり、もっと云えば警察機関に密告するなり、他にやり方があったでしょう。その目論見に気付いたという〈内通者〉がナイフを回収するのみで満足したという点も、納得がいきません。自殺でも密室殺人でも変わりませんよ。貴様が云ったように、結局は聖プシュケ教会は調べられているのです。〈かわした〉とはどうやってですか? その粗末な推理モドキ、まったく検討が為されていない。前にしか進めない兎ですか、貴様は」

 結婚式がぶち壊されたいま、本来の容赦なき無花果であった。

 妃継さんは府蓋さんの腰に抱き着いてぎゅーっと顔を埋めてしまい、府蓋さんは「あのさぁ、」と苦笑。

「百華は褒められて伸びる奴なんだよ。気を遣ってくれない?」

「知るものですか。それからもうひとつ。此処の神父・巣蛾すが徳都とくとは〈悪魔の生贄〉と通じていますよ。彼の行方不明ということになっている実姉・巣蛾未知来みちここそが、〈悪魔の生贄〉の創設者であると思われます」

 皆がしばし、呆気に取られた。

 取られていると、無花果は不意に「〈悪魔の生贄〉のかた、」と声を大きくして呼びかけた。会場中の人間がギョッとする。「何だ」と反応を返したレザーフェイスに無花果は、

「お手洗いに行きます。着いてくるなら着いてきて結構ですよ」

 呆気に取られるどころではない。これには〈悪魔の生贄〉さえも、いっそ唖然とした。

 だが無花果は既に歩き始めている。レザーフェイスは遅れて「おい!」と咎めようとして――そこで意外なことに、乃絵さんが割り込んだ。

「乱暴なことはしないでください! 私達は貴女方に従ってるんですから、些細なことで揉めるのは旨くないでしょっ、お互いに!」

 これは肝が据わっている。隣で煤音が「はえー」と感心の声を洩らした。そして〈悪魔の生贄〉の面々も、渋々といった感じで承服したのだった。ひとりが無花果のすぐ後ろについて、披露宴会場から出て行く。皆がにわかにザワつき始めたのには、レザーフェイスのひとりが「騒ぐな!」と恫喝したが。

「勇敢だね」

 僕は乃絵さんに述べた。

「ううん、黙ってられなかっただけだよ。ハラハラしたからさ……」

 ほっとひと息つく乃絵さん。

「それにしても、これから本当、どうなっちゃうんだろうね……」

「さぁ。無花果には何か考えがあるかも知れない。戻ってきたら聞いてみようか」

 しかし、無花果はそれきり戻ってこなかった。

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