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甘施無花果の探偵遊戯  作者: 凛野冥
血染めの結婚式・聖プシュケ教会編
51/76

千代2、紅代2「妃継百華は天才か」

   ▽千代2


「逆様ちゃんは?」

「ん、本当だ。いないな」

 少し目を離した隙に、消えていた。百華は「逆様ちゃーん、バケツをひっくり返したような雨だよー」と云いながら椅子や柱の陰なんかをチョコチョコ見て回るが、発見できないようだ。ついさっきまで隣にいたのに……まぁマジックが得意なうえ、変人だし気まぐれな性格っぽいし、驚きはしない。ちなみに、あの逆様様なる和装少女が逆さ喋りをしていたってことについては、あの後あたしも気付いた。

「むぅー……大陸! ふっ、大切な物はいつだって、この小さな掌から零れ落ちていったのさ……」

 センチメンタルぶりながら戻ってきた百華だったが、いきなり「わ!」と、雷にでも撃たれたみたいな真似をした。

「どうしたんよ」

「もしや逆様ちゃん、密室トリックを用いたんじゃ。取らぬ狸の……」

「……皮算用か。つっても、鍵開いてるけどな。こっそり出て行っちまったんだろ」

 あたし達は披露宴会場には行かず、聖堂に留まっていた。百華の興味は殺人事件の現場となったこの場所、ひいては密室の謎にあるからな。

 とはいえ、現場を目にしたところで、迷宮入りとなったトリックを立ちどころに見破るなんて真似はできない。百華はある種の天才に違いないが、別に探偵の素質なんかがあるわけじゃないんだ。

「あー、そうだよね。密室トリックなんて永久欠番だって。私はスポークスマンみたいなもんだから……」

「おい百華、どういうことだそれ」

「んあ。さっきお湯が湧いたの。私が私の可愛い頸動脈、チョッキンするじゃん。そうすれば私は告発文。へへへ……でも黒山羊さんたら読まずに食べさせられたんだ。仕方がなーいからお手紙書ーいた、さっきの手紙のご用事なーに? 千代だったら答える?」

「……答えないな。それで迷宮入りしたわけか」

 前言撤回。百華の奴、探偵の素質までありまくりやがる。

「だがその場合、凶器はどこ行っちまったんだ?」

「神父さんはシロなんだねぇ。でもあわてんぼーのサンタクロース、凶器見つける前に知らせて回った、急いでリンリンリンってこと」

「なるほど! すごいじゃんか百華!」

「えへへへへー愛してるんば、恋してるんば♪」

 百華はトタトタ駆けて行って祭壇の前に立つと、振り返ってあたしに手を振った。

「私も千代と結婚したーい!」

「おーう、それは無理だー」

 だが百華の推理はちょっと聞くと謎がすべて解けたふうに感じるし、少なくとも密室の謎についてはクリアしてるんだが、背景の事情が曖昧すぎる。情報が足りないんだから仕方ないが……それさえ掘っていければ、本当に解決できるんじゃないか?

 神父が死体を発見してから警察が到着するまでの間に、聖堂に侵入した人物……そいつが〈スパイ〉。きっとまだ、この聖プシュケ教会にいる。そいつを捕まえて、テロ組織〈悪魔の生贄〉の全貌を吐かせればいい。

「あ、千代、クラウチングスタートされてるこれ、これこれ」

 百華が慌ててあたしのもとまで小走りで戻ってきた。はじめ何のことかと思ったが、足音が近づいてきてるんだと分かった。で、披露宴会場と接続してる廊下の扉がバタンと開いた。現れたのは、悪趣味な仮面を被った女二人――つか、レザーフェイスじゃないか。

 あん? ってことはこいつら……

「お前ら、其処で何してる!」

 見つかった。間違いない。こいつら〈悪魔の生贄〉だ。は、どうして? あたし達が真相の端緒を掴んだってことを察知されたのか? いやいや、にしても早すぎるだろ? 百華もあたしの腕にしがみついて「ばばばばばばばばばば」と混乱してる。

「両手を上げてこっちに来い!」

〈悪魔の生贄〉の二人は、あたし達に拳銃を向けた。チェーンソーじゃねぇのかよ。なんてこった。


   ▽紅代2


 テレビはどの局も聖プシュケ教会について報じていた。その敷地を警察が包囲してから、もうじき一時間。中継が繋がっている現場のリポーターは皆一様に、現在は膠着状態だと述べている。テロ組織〈悪魔の生贄〉は、不幸にもこの日現場で結婚式を挙げていた二代目・甘施無花果と塚場壮太、及びその列席者や教会の職員などを人質に取り、立て籠っているのだ。

 一体どういうことなのか、私は情報網を駆使して概要を掴み、桜野美海子に報告した。それは私達がモニター越しに見ていた結婚式の映像に照らしたとき、奇妙な食い違いが起こる内容だったんだけれど、桜野美海子は「だろうねぇ」とすべて織り込み済みらしかった。

 私には理解ができない。甘施無花果と塚場壮太の結婚式で何かが起こるとは分かっていたが、こうもスケールの大きな事態になるとは想像していなかった。それに、これでは甘施無花果側が巻き込まれた格好じゃないだろうか。とすると、これは桜野美海子が仕組んだことなのだろうか。私が聞いていた計画とは違う。

 とはいえ、ここに誰のどんな思惑があるにしても、私が必要以上に干渉する筋ではなかった。静観の構えでいれば、どうせ何もかもが明らかとなる。

 だから私は、割かし些末なことについて桜野美海子に訊ねた。

「さっき妃継百華が聖堂で述べていた言葉の意味、貴女には分かるの?」

「分かるよ」

 桜野美海子は動きがあるまでと云って読み始めていた本から顔を上げて、微笑んだ。

「彼女は幼少期のトラウマから〈自分が考えていることを人に知られてはいけない〉って意識があって、それが発話にも影響してる。一方でそれを克服したいって願望もあって、小説なんかじゃ抜群の冴えを発揮するんだけどね。ともかく、ゆえに暗号めいた喋り方をするんだ。でも何てことはない暗号だよ。単なる連想ゲームだ。逆算するようにして、元のセンテンスを導けばいい」

「それで、彼女の推理は当たっていたの?」

「三十点ってところかな。着想の時点では素晴らしいんだけど、そこからの組み立てがまるで成ってない。整合性が滅茶苦茶だ。あの密室は〈意図しなかった密室が恣意的な密室に書き換えられた〉ってところが、なかなか珍しくて面白いのにねぇ。その本質に至れていなかったよ」

「そう」

 実のところ、妃継百華の喋りと同じくらい、桜野美海子が何を云っているのかも私には分からない。この人は頭の螺子ねじが豪快に外れていて、しかも常人の遥か斜め上方向にキマッてしまっているんだろう。

 私は私の目的を遂げるために彼女に協力しているが、最近では甘施無花果と塚場壮太に同情していた。こんな人に目を付けられてしまって、あの二人は本当に可哀想だと思う。

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