千代1、煤音2「教会の黒い噂」
▽千代1
郊外にあって広い敷地を有する聖プシュケ教会。あたし達が此処にやって来たのは、甘施無花果と塚場壮太の結婚式に招待されたから――そして百華がそれに興味を示したからだった。二人の結婚式ってよりは、この聖プシュケ教会で昨年に起きた密室殺人について。
まぁそれはいいとして、控室に通されてみて参ったね。女しかいない。さすがに絶句しちまった。率直に云って、頭おかしいんじゃないの?
「グミが絡む。グミが絡むよー千代ー」
〈愚民共のこちらを見る目が気に入らない〉という意味のことを、百華があたしに耳打ちした。
「仕方ないさ。パーカー着て来てるのなんて百華だけだからな。しかもクラゲみたいなパーカー」
そう云うあたしはパンクファッションだが、これは百華がひとりで浮かないようにしてやる配慮だ。誤解されがちなんだけど、あたしは極めて常識人なんだよ。
「クラゲ。油揚げ。むふふふ……」
笑いのツボに入ったらしい。
「ところで千代、あそこに座ってる子は鬼に育てられたの? それなら灯篭に火を灯してやるのが義理堅い私のチョコレートだと思うんだけど」
「あん……ほんとだ。異彩を放ってるな」
部屋の隅のソファーにひとり、年端もいかない少女が腰掛けていた。年齢もさることながら、あたし達とは別の意味で浮いている――その子はひとりだけ和装なんだ。白い着物に紅い帯。だが佇まいは肝が据わってるっつーか、年齢不相応に大物な感じさえある。その周囲だけ結界でも張ってあるかのように、誰も寄り付いていない。
「そうだなぁ、チョコくれてやってもいいかも知れん」
「では委託します、唯々諾々とっ」
「はいはい」
百華の手を引いて、和装少女の方へ近づいて行く。向かいのソファーに腰を下ろして、あたしはとりあえず「よう。ひとりで来たの?」と訊ねてみた。少女はあたしと目を合わせ、妖しげに微笑した。
「でせくいつ、いさなんめご……ホホ」
そして空のコップを口元にあててぐいっと上げると、そこにオレンジジュースを吐き出した。平然として、再びそれをローテーブルの上に戻す。
「たしまいらもてっくおにちだもとお、えい」
……さて、どうしたもんか。想像以上におかしい奴だ。
と思っていたら、百華が自ら口を開いた。
「よいなわまか、んうう」
それを受け、和装少女は今度は愉快そうに笑う。
「気転の利くかたですこと」
普通の日本語だ。しかし百華は調子を良くしたのか「はえまなのたなあ」だなんて、まだ訳の分からない言語を喋る。いつもの百華特有の言語センスからも外れていて、あたしにはサッパリ理解できない。
「逆様、と申しますわ」
「とひいろしもお、はっあ」
「私からしましても、貴女のようなかたは初めてです」
「でんすできせんげはしたわ、ふん」
「なるほど、原石とは云い得て妙ですね」
「ばとこまさかさ、よてっやたまもたなあ」
「たしまりかわ……ホホ」
「はははあ、いーろしもお」
……まぁそうだな、百華が自分と似た電波を受信してる子に出逢えたんなら、良かったんだろう。微笑ましいし喜ばしい。滅多にないことだ。
だが、それにしても和装少女が先ほどやった〈吐き出し〉……些細なことだけど、あの直前、内容はともかくとして声そのものは普通に発していた……よく飲み物を口に含んだままできたもんだ。初対面の人間相手に手品で迎えてくれるなんて、澄ました見た目と裏腹に茶目っ気があるんだな――なんて思いつつコップを見ると、いつの間にかまた中身が空になっていた。
んん……?
▽煤音2
「テロ組織ぃ? ですかぁ?」
我ながら間の抜けた声を出しちゃった。
「そうです」
しかつめらしく頷く碧田さん。
碧田さん――フルネーム・碧田愉々さんは以前、壮太がまだ桜野美海子と組んでたころに、彼女が巻き込まれた殺人事件を解決してもらった縁があって、この結婚式に呼ばれたらしい。控室で知り合いもいなくて手持ち無沙汰だったんで私からてきとーに話し掛け、そのうちに話題が去年ここの聖堂で起きた殺人事件に及んだのでした。
そんな事件があったってのは知ってる。当時、聖堂はすべての扉が内側から施錠された密室状態で、被害者の女性は祭壇の上で死んでたそうな。殺人が行われたのは真夜中で、鍵はきちんと管理されていて異常はなかった。発見されたのは明朝、発見したのは神父さん。結局その事件がどうなったのかまでは大して興味もなかったし知らなかったけど、どうやら迷宮入り――碧田さんの言葉を借りるなら、闇に葬られたようだ。
なぜかと云えばその被害者が、あるテロ組織と繋がりのある人だったから――とのこと。
「本当ですかぁ? 教会とテロ組織って、何だかミスマッチな気がしますけどねぇ」
「噂の出どころに関しては、私も知らないです。教えてくれたのはフリーライターをしてる友人でしたけど……私が此処で開かれる結婚式に出ると云ったら、あそこには黒い噂があるんだよって」
「それでも来たんですね?」
「そりゃあ……塚場さんにはお世話になりましたから、すごく」
碧田さんは決まり悪そうに視線を外して、顔をちょっと赤らめた。うん、さっきから端々に表れてるんだけど、たぶんこの人は壮太のことが好きなんだね~。壮太ったら罪な男~。ぶっ殺したくなっちゃうな~。
「こほん……話を戻しますが、火のないところに何とやらって云うじゃないですか。現にさっきも、この教会と何某かの犯罪組織の癒着って話をしているかたがいましたよ、あっちに」
「ふわっふわしたお話ですな」
「む……」
碧田さんは不服そうな表情を浮かべた。
「噂なんて、得てしてそういうものじゃありませんか?」
「あー……ご気分悪くされました? ごめんなさい、私ってよく無神経って云われるもんで」
「いえ、魅力的なかたと思いますよ。当たり障りないようなかたよりずっと良い」
「そうです? いやぁ……」
世辞ね、世辞。分かってますよー。
「他の根拠としましては――この教会とテロ組織の話です――怪しい人物が出入りしているのを見たという証言は実際にいくつかあるそうです。周りに民家なんてないのでそう多くもないんですが、それらの証言によれば、出入りしていたのは奇妙な仮面をつけた複数人の集団だとか」
「仮面舞踏会っすね。ちゃらら~ん。ところで疑問なんですけど、テロ組織に繋がりのある人が、そのテロ組織と繋がってる場所でどうして殺されちゃったんですかね?」
「さぁ……」
たじろぐ碧田さん。
「敵にやられたんじゃないですか?」
「敵って? 反体制の敵っていうと体制ですけど、逆ならともかく、どうして反体制側がひとりだけ殺されちゃうんです? それともライバル関係の別のテロ組織があるんですか? それってマフィアとかと混同してません? そもそもテロ組織って定義が曖昧ですもんね~」
「じゃあ……組織内の裏切り者を処刑したとか?」
「わざわざ自分たちと繋がりのある、しかも発見されて当然の場所で? そのせいで変な噂まで立っちゃってるんでしょ? てんで無関係な場所でこっそり始末するのが普通じゃないですか?」
「わ、分かりませんよ……私は噂を耳にした程度なんですから……」
あははっ。困ってる困ってる。
はい。噂話愛好家が嫌いなわたくしなんですよ、実は。
「そう云えば、聖堂で殺されたって人は、どんなふうに殺されてたんです?」
「えーっと、たしか首を切られたんでしたっけ」
「おっ、首切りっすか。私、首切りには一家言ある立場なんですよ」
「首切り……と云いますと、首と胴体が完全に切り離されたイメージじゃありませんか? その被害者はそうじゃなくて、頸動脈を切られていただけみたいですが……」
「ふーん、そうですか」
お喋りはそこで打ち切りとなった。「お待たせいたしました。これより聖堂の方へご入場いただきます」との声が控室に響き渡ったからだ。
はは~ん。探偵アリスちゃんは閃いちまいましたよ。たぶんですね、これで私達が聖堂に這入ってみたら、其処には新たな首切り死体が!って展開ですわ。間違いない。ほら、前の事件をなぞってそういうふうにすれば、実在するのかも不明のテロ組織さんに容疑をなすり付けられるでしょ? 此処に集ってるのはどうやら壮太に未練たらたらの女共らしいからね~、惨劇を起こして結婚式をぶっ壊しちまえって思っても不思議はないじゃん? てか、私がそう思ってたんですわ。気分が乗ってればやってたね。
なーんちゃって。




