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甘施無花果の探偵遊戯  作者: 凛野冥
逆様様奇譚・雅嵩村編
43/76

12「The High Cost of Playing God」

    12


 洞窟を出たところで、強力なLEDランプを手に提げ、大きく膨らんだリュックサックを背負った織角ちゃんがチョコンと立って待っていた。洞窟に這入って五メートルほどまで、壁にはダイナマイトがぺたぺた貼り付けてあった。

 昨日、村の出入り口が岩で塞がったと聞いたすぐ後で、僕が砂漠の真ん中からでも繋がるという触れ込みの衛星電話で以て連絡し、指示を与えてあったのだ。この位置はGPSで苦もなく分かっただろう。木立に隠れていた小道についても、昨日村を回ったときに僕は発見してあったので、ちゃんと説明しておいた。

「さっき到着したの。例の大岩も爆発させたよ」

「ありがとう。無事に着けるか、少し心配していたんだ」

 なにせ子供が無免許で車を運転するのだから、途中で捕まってはえらく時間を食うことになる。アクセルに足が届くかも、ちょっと危うい。

「心外。私はそんな間抜けじゃないよ」

 織角ちゃんは可愛らしく唇を尖らせて、導火線にライターで点火した。ジリジリジリ……。爆発音が轟いたのは、僕らが崖の壁面に沿った道を登り始めたころだった。森の中から、驚いた数羽の鳥が飛び立った。これで、洞窟は塞がった。

「逆殿に行きましょう。逆様様には既に話を通してあります」

 無花果が云った。昨晩、竹家への往復で一時間も掛かるわけがない――つまり彼女がどこかに寄り道したのだとは分かっていたけれど、それは逆殿であったようだ。

「ところで織角ちゃん、あの確認も取ってくれた?」

「取ったよ。壮太お兄ちゃんの云ったとおり、無花果お姉ちゃんに恨みを持ってる人達が数ヶ月前から行方知れずになってた」

 雅嵩村の人々の内、特に僕と目を合わそうとしなかった人なんかは、どこかで見覚えがあるような気がしていたのである。それから、これは御三家において、血の繋がりがあるはずの人同士がまったく似ていなかったり、喋り方が微妙に統一されていなかったり、そもそも田舎者めかした演技が全体的に下手くそだったり、そういった諸々から、そうだろうと思っていた。

 要するに、過去に無花果の探偵活動によって弄ばれた人々――本人ではないにせよ、その近親者や友人などが、此処に集っているのだということ。

「逆恨みですね。ゆえの〈さかさま〉という主題であったなら、その点は評価しますが」

 無花果は飄々としたものだ。

「三下がいくら寄り集まったところで、出来上がるのは特大規模のお粗末です」

「彼らなりに頑張ったと思うけどなぁ……」

 僕はちょっと同情した。



 逆殿において今、大穴で隔てられた〈こちら〉と〈あちら〉は繋がっていた。普段は御簾に隠れて見えないものの、〈あちら〉の廊下は二枚重ねになっていて、上側のそれを機械仕掛けでスライドさせれば大穴を渡る橋を架けられるという仕組みだった。

 その橋の真ん中に、墓地でも一度相見えた逆様様はこちらを向いて立っていた。

「上手くいったのね。ホホ……冒険家ですこと」

 逆様様は持っていた小刀を適当に穴へ投げ落とした。縄を切るのに使ったのだろう。これで穴の底に閉じ込められた人々は、上がってくることもできない。その騒ぎ声は此処まで届いているけれど、姿までは闇に呑まれて見られないのはしかし幸いだと思った。きっと、見るに堪えない地獄絵図が広がっているだろうから。

 無花果は橋の上を進んで行く。

「誘いに乗れば、結果的に全員があの場所に集うとは分かっていたことです。一網打尽にするのに最も効率的な手を取ったまでですよ」

 二人は間近で向かい合った。

 感慨深げに二度、三度と頷く逆様様。

「貴女の誘いに乗るわ。あのときの言葉――『その飼い殺しは、傍から見れば失笑の一言』――あれは、さかさま。この村の人々でなく、私のことを云っていたんでしょう? 支配者という籠の中で無知に、蒙昧に、虚飾の幸福にある私のことを」

 僕の隣で、織角ちゃんが「支配者は被支配者から逆に支配を受ける――ジョージ・オーウェルが『像を撃つ』で描いたテーマだね」と呟いた。有為城煌路から仕込まれた文学知識だろう。それに対し、無花果が「いえ、」と首を横に振る。

「もっと直接的に、この人は単なる傀儡に過ぎなかったのですよ」

「ホホ……」と笑う逆様様に自嘲的なところはなく、既に吹っ切れているようだった。

 僕は織角ちゃんの肩に手を置いて、無花果越しに逆様様へある提案をした。

「どうかな、逆様様。この織角ちゃんと、友達になってみたら」

 織角ちゃんが驚いた顔で僕を見上げた。「そのために私を?」だなんて、胸を打たれた様子だった。こういうところだけ妙に純情だ。

 逆様様もまた虚を衝かれたような可愛い表情に変わっていた。それから「ホホ、ホホホホ……」と傑作らしく笑った。

「良い気持ちです。非常に。ええ……織角さん、よろしくお願いしますわ」

「私こそ、よろしく、お願いします」

 にわかに緊張して片言になる織角ちゃん。微笑ましい光景である。

 共に特殊な生い立ち――飼い殺され続けていた二人の少女。きっと解り合えるだろう。

 無花果は身を翻して、橋を引き返し始めた。

「真の充足に、唯物も唯心も関係ありません。ただ己が力でそれを掴まんとする恒常的に向上的な姿勢。貴様はそのふちに立ったのです――自ら」

 彼女にしては人情味ある台詞だった。取り澄ましていても、やはり今回の彼女は幾分かセンチになっているらしい。

 逆様様は深く微笑みを刻み、織角ちゃんと手を繋いで、無花果の後ろを歩き出した。

 僕も同じようにして、そこで初めて、橋から廊下へ這入るところの壁――その上部に英字が横書きされているのを発見した。そう云えば、逆さ巫女となる者は死の間際に真実を読むのだったか。

 osn nquaz

〈a〉だけ少し不恰好だが……ああ。いや、無花果と僕とはさかさまに吊られて此処まで上げられる予定だったのだ。逆様様も前に『逆さに見ること』で『真実は容易に読め』ると述べていた。彼女からはいつもこの文字列が見えていた。

 zenbu uso――〈全部、嘘〉。

 無花果に復讐してやりたかったあの連中は、雅嵩村を舞台とした一大茶番劇の最後に無花果にこれを読ませ、そうして腹の底から笑い転げたかったのだろう。無花果を最後まで手玉に取って弄んで、そうすることで初めて溜飲りゅういんが下がるはずだったのだろう。

 橋を戻りきったとき、織角ちゃんは「手が滑った」と云って、点火したダイナマイトを大穴に投げ込んだ。続いてもうひとつ、もう二つ、もう三つ、「手が滑った。手が滑った。手が滑った」

 穴の底で未だ続いていた喚き声は爆発音に呑み込まれ、そして絶えた。



 織角ちゃんと逆様様には先に行っているよう頼んで、僕は無花果を村の外れにある墓地まで連れてきた。懐中電灯を受け取ったので、光には困らない。

 奥の土蔵は、扉が開け放してあった。詰め込まれたおびただしい量の死体とガソリン。両者のにおいが混じり合って、鼻が曲がりそうだ。ガソリンについては、村に到着したら松尋さんの車に入れてあったものを此処に撒いておくよう、織角ちゃんにお願いしてあった。

 この死体の山が、本当の雅嵩村の人々だ。

 さっき穴の底で爆死したのは、偽者達だ。

 無花果がこの村の出身――かつての竹彌であり、親によって外へ逃がされたというのは事実だろう。その心当たりがあったから無花果は此処にやって来たのだし、無花果を嵌めようとした連中もその秘密の事実を下敷きにして茶番劇を練り上げたのだ。復讐のために無花果の過去を探り、ついに見つけた彼女の生まれ故郷。これを、完全無欠めかした彼女の弱点になると考えた。

 そうして大虐殺を行い、村人として丸ごとすり替わり、準備を整え、無花果を迎えた。

 雅嵩村の秘密、無花果の秘密、いずれもどこまでが真実でどこからが脚色であったのかは分からない。あの逆様様は本物だろう。大穴のせいで手が出しにくかったのか、本人が協力を受け入れたのか、ともかく彼女は殺されなかった。しかしこっそりと抜け出して、見るも無残に変わり果てた本当の村人達の姿に涙を流していた。

 竹帆はどうだろうか。あれは本物の竹帆――無花果の母親だったのだろうか。それとも本物はこの土蔵の中で他の死体に埋もれているのだろうか。

「別に、余計な気を利かせなくてよかったのですよ」

 無花果は煙草の煙を吐き出して、ポツリ……と云った。

「郷愁なんて、ありません。この死体の山に、思うところなどありません」

 顔を俯けて、ポツリ……ポツリ……と続けた。

「これまでだって、気になってなどいませんでした。滅茶苦茶にされたって、大いに結構。何も堪えませんよ。こんな村の記憶、断片さえもないのですから。本当に……可笑しい」

 少しの間、黙り込んで、それから、顔を上げた。

「葬りましょう」

 煙草を、指で弾いた。それはくるくると宙を舞い、死体の山――その上に撒かれたガソリンに接し、瞬間的に一切合財が炎に包まれた。燃える過去。在りし日の真実。別れの刻。

「壮太、」

「うん?」

未来さきの話をしましょう。貴様は何年先になっても、ずっと私にかしずいていますか?」

「ああ。どちらかの命が尽きるまで」

 無花果は僕の手をぎゅっ……と握った。僕を見上げたその顔は、燃え盛る炎に照らされて、この世のものとは思えないくらいに美しかった。

「結婚してください」

 真っ直ぐに僕を見詰め、ハッキリと告げた。

 当然、僕は彼女の小さな手を、シッカリと握り返した。



 土蔵を焼き尽くした炎は森へ移り、たちまち広がって、雅嵩村の全域を覆うに至った。星空は真昼間のように赤く赤く染まった。夜明けを待たずして、すべてが灰燼に帰するだろう。

 僕ら四人は織角ちゃんが乗ってきた車で、永き歴史を終えようとする村を去った。

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