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甘施無花果の探偵遊戯  作者: 凛野冥
教団〈桜生の会〉・桜生塔編
32/76

15「You Fail Me」

    15


 今回――、

 無花果は僕が桜生塔に行くと知って、得意の変装で巻砂という架空の人物になりすまし、〈桜生の会〉に入信していた。そして僕がやって来ると、殺人を開始した。

 目的は〈桜生の会〉を壊滅させること。

『桜野美海子の最期』を再現して疑似体験することを儀礼としていた会なので、そこで『桜野美海子の最期』をなぞった殺人が起これば、当然、信者の誰かが疑似体験をより実際に近づけている――〈抜け駆け〉しているのだと皆は考える。そして次第に疑心暗鬼に陥り、結束は乱れ、会そのものへの不信感も浮き彫りとなる。実際、その通りの経過を辿っていった。

 どうして無花果は僕に黙ってそんなことをしたのか。〈桜生の会〉を壊滅させる必要があったのか。

 それは彼女が、僕――塚場壮太を独占したかったからだ。

 無花果は〈桜野美海子〉という存在に嫉妬していたのだ。

 現在の僕のパートナーは無花果。しかしその前は桜野だった。期間で云えば、まだ桜野と一緒にいたそれの方が長い。なにせ幼馴染である。

 無花果はそれを密かに気にしていた。云ってしまえば、コンプレックスだった。

 だから桜野美海子を信奉する教団の拠点に僕が行くことに、無花果の独占欲と嫉妬心は危機感を覚えた。

 ……もしかして桜野美海子へ対する未練があるんじゃないか。

 ……桜生塔でそれが芽生えてしまうんじゃないか。

 ……やっぱり桜野美海子の方が良かった、なんて思われてしまうんじゃないか。

 いや、そうでなくとも、〈桜野美海子〉に関するありとあらゆるすべてから、無花果は僕を遠ざけたかった。遠ざけて隔離して自分ひとりだけのものにしたかった。僕がそれを思い出すことすら許したくなかった。

 塚場壮太が甘施無花果と出逢う以前の〈過去〉。二人が共有していない〈時間〉。それが無花果には邪魔で疎ましくて憎らしくて仕方なかった。殊にその象徴――〈桜野美海子〉については。

 これが、無花果が〈桜生の会〉を破壊しようと、僕の桜生塔での滞在を滅茶苦茶にぶち壊してしまおうとした動機だ。

 しかし彼女が、それを素直に打ち明けるはずがない。

 僕のことが好きで好きで堪らないなんて、素直に口にするはずがない。

 そんなふうに自分が塚場壮太という存在に〈支配〉されていると認める無花果ではないのだ。

 それは照れるとか恥ずかしいとかでなく、屈辱ですらある。

 ゆえに、彼女は僕が桜生塔に行くのを止めはせず、秘密でこんな行動に出た。

 とはいえ、一方で気付いて欲しいという思いもあったんだろうと思う。

 塚場壮太のためになら、塚場壮太を自分のものにしておくためになら、自分がそこまでやるのだと。

 僕にとっても少し意外だった。

 他の追随を許さないプライドの高さを誇る彼女が、こんな行動に出るなんて。

 計画を多少歪めてまで、僕に色目を使ったあるいは使おうとした真白春枝や甘井無果汁をただちに殺害するほどだなんて――そう、盗聴器を仕掛けていたのはこのためだ。僕の動向を把握し、僕に云い寄る女がいた場合、それを排除すること。

 だがこれをやれば、僕が無花果の存在に気付くことは避けられない。

 殺人の手際の良さもそうだし、相手を一瞬で気絶させてしまえると示したこと、杭原あやめ殺害における早業もそうだ。

 ならば、おそらく無花果は、僕を試したのだ。

 僕を試し、その心を知ろうとしたのだ。

 自分がいないところで、僕がどう動くのか。

 無花果への忠誠、そして愛が、本物なのかどうか。

 結果はきっと、合格だったんだと思う。



 僕の運転する車は山道を下って行く。

 無花果は後部座席で落ち着かなそうに膝を抱えて座っており、窓の外に目を向けている。僕の席を蹴り飛ばしたりもしなければ、さっきから一言も発そうとしない。

 しおらしい無花果というものを初めて見た。表情そのものは怒った感じなのに、全然怖くない。子供が拗ねているみたいだ。

 あまりじろじろ見ても虐めているみたいで可哀想なので、僕は前だけ向く。

 山を下りたあたりで、一台の車とすれ違った。無花果が目を向けているのとは反対側だ。

 これから山を上って行こうとする車――運転席には鯖来来館という名のバイオレント紅代、後部座席には桜野美海子が乗っていた。

 桜野が手を振っていたけれど、僕は反応を返さない。無花果は気付かなかった。


 僕らが家に到着したころには、もう真夜中だった。

 この夜、僕は初めて無花果を抱いた。

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