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甘施無花果の探偵遊戯  作者: 凛野冥
壺入り娘・幕羅家編
2/76

1「令嬢からの依頼状」

    1


 幕羅ユイから舞い込んだ依頼はちょっと変わったものだった。

 ――私を守ってください。

 ――私は家族によって殺されるかも知れないのです。

「はぁ?」

 傍らに立った僕が手紙の冒頭を読んで聞かせると、安楽椅子に腰掛けている無花果は早くも鼻白んだ。

「どうして私が子守りをしなければならないのですか。最近の餓鬼はものを知りませんね。さらに過剰な疑心暗鬼ときた。壮太、そのノイローゼ娘にカウンセラーを紹介してやりなさい」

「いやいや、この子の場合はそうでもないみたいだよ。実際、既にひとり殺されてる」

 無花果が片眉を動かす。

「二日前に幕羅ユイの祖父・峯斎が殺害されたんだ。密室状況でね」

 手紙はいておき、僕は調べた事柄を整理して話した。

 幕羅家というのはその地方では有力な資産家なのだが、峯斎は数年前から事業のすべてを息子・誓慈に任せ、自身は山奥の邸宅で隠居生活をしていたそうだ。それでも年に一度か二度、息子一家がやって来て数日間滞在することがある。いまが丁度そのときで、そこで事件は起きた。

 自室で刺殺されていた幕羅峯斎。朝にそれをユイが発見し通報、間もなく警察が駆け付けたのだが、捜査によって奇妙な点が浮上する。

 邸宅の窓も扉も、すべてが内側からしっかりと施錠されていた。息子一家と彼らの連れてきた使用人の証言では、前の晩の二十三時頃にユイが開けっ放しになっていた廊下の窓を閉めたのを最後に、以降誰もどの錠にも触れていないと云う。そして峯斎の死亡推定時刻は深夜一時から三時……。

「それは密室殺人とは云いません」

 無花果はまたも僕の話を遮った。

「死体が発見された部屋が内側から施錠されていたのではないのでしょう?」

「うん。その邸宅が大きな密室だったと云いたいんだ」

「馬鹿ですか。内部に息子一家がいたのでしょう? 密室殺人とは犯人の脱出、場合によっては侵入すら不可能な状況にもかかわらず、現場に被害者の死体しか存在しないときに使う言葉です。今回の場合、容疑者が堂々と残っているではありませんか」

 物分かりの悪い生徒に対して苛立ちを露わにする教師みたいだ。

「まぁそうなんだけどさ……だけどだよ、もしも犯人がその中にいないのだとしたら、これは密室殺人と呼称し得るんじゃないか?」

「外部犯に限定するのなら、ですか」

 胡散臭うさんくさそうな顔を僕に向ける無花果。

「そうすると彼ないし彼女は、たしかに密室状態の邸宅に出入りしてみせたことになりますが」

「ああ。この事件には現場に凶器のナイフが残されていたんだ。その柄からは犯人のものらしき指紋が検出された。それは息子一家とその使用人、つまり邸宅に滞在している者達の誰とも一致しなかった」

 そこで無花果の態度は一変した。その目が妖しい輝きを帯び、口角が不敵に上がり、いっそ挑戦的なふうに僕を見上げた。

「なるほど。現場には強盗が入ったような形跡が?」

「残されていた。多くの抽斗ひきだしが開いたまま、隅々まで物色されていて、金庫の錠は破られていなかったみたいだけど、他に金目のものがいくつか無くなっていた。でも富豪の家に押し入ったにしては、随分と地味で控えめな程度だ」

「浅はかですね」

 無花果は立ち上がった。

「しかし、それは私に愛でられるべき浅はかさです。良いでしょう」

 突然、その足が僕の爪先を思いきり踏みつける。「ぎゃあ!」と声を上げる僕に、彼女は冷ややかな視線と愉快そうな口元。

支度したくをしなさい、壮太。私が悠々と玄関へ向かう間にすべてを済ませ、必ず車のドアを開けた状態で待っていること。ゆっくりと歩いてあげますから、推定三分です」

 ……久し振りに上機嫌そうで何よりだ。

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