逃避雪国(前編)
どこか遠くへ行きたかった。
私は今旅に出ている。俗に言う自分探しの旅と言うやつだ。うわぁ、恥ずかしい。
まあ、半分は真実で半分は嘘だ。簡単に言えば家出なのだ。中学生の私は中学生らしく健全に家出をした。
理由は、何だろう。
彼氏がいないとか。彼氏どころか友達も居ないとか。
先生にまで笑いのネタにされているとか。テストでぶっちぎりの最下位取って進級のピンチとか。その割には親が過保護過ぎて先生にもクラスメイトにも若干嫌われているとか、あとは……あれ?意外とあるなぁ。
まあ、親のせいとか、先生のせいとか言い訳は色々出来るけど詰まるところ私が悪いのだ。やむなし。
この生活に満足している。こんなもんだろと思っている。だから何も変わらない。
それでも、何か変えたくて、でも今流行りの自殺とか暴力なんてする勇気もなくて、だから家出。
計画的な家出。必死にお小遣いを貯めて、休んでも余り迷惑がかからないような日程を選んで、家に書き置きを残して、での家出。つまらない人間だな本当。
こんな小さい人間だから、少しでも大きい所に行きたくて来てしまったのは北海道。しかも冬。
「……これから、どうしよ」
そう呟いても。北の大地は何も答えてくれない。家出だけあって。金もそんなにない。スマホも居場所がバレると思って家に置いてきた。その位の知恵はある。
まあ、着いたあと非常に困るとは考えていなかった訳だが、私のバカ。
何とかなると飛行機に乗って、北海道に来たが。
この大地は想像以上に不便だった。
まず、寒い。東京の寒さとは比べ物にならない。寒いというより痛いって感じ。手袋がないと手がどんどん凍っていくような気がする。そして、コンビニが少ない。空港の中と出てすぐは良かった。だけど少し歩くと、もうまるで人間の住むところでは無かった。ゴメンなさい北海道の方。
そうしているうちに周り一面は銀世界。上も下も右も左も全てが白に溶けている。人けも無ければ民家もない。そして四方が白過ぎて元の道にも帰れない。あんなに大きな空港はどこへ行ったのだろうか?
「誰か助けてよお!もう限界だよ!ゴメンなさい!」
叫んでも何も変わらない。ここは学校と一緒だった。
ここまでか私の人生。さようならお父さん、お母さん家出なんてしなきゃ良かった。
「……あの、もしかして迷子ですか?」
突然目の前に現れたのは小学4年生位の少年だった。
「なんだい?僕。お姉さんが迷子になると思うのかい?失礼な子だな」
「……よく、そんな状況でお姉さんぶったり出来ますね」
何を、生意気な子だな。友達居ないと年下相手には厳しくなる事を知らないのか。
「まあ、とにかくさ、少年。空港までの道知らないかな?贅沢言うとバスなんかあるとありがたいね」
「……知ってます」
「私に案内してくれないかな?」
「案内するのは良いです。でも今日の分のバスはもう無いですよ」
「……まだ6時だよ?」
「ここではもう6時ですよ」
「ん〜それは困ったなぁ」
バスが無いとすると明日までどこかに泊まらなくてはいけない。でも道が分からない。またこの白い所を歩き続けなきゃいけないだなんてもう無理だ。
「もう一度聞きます。迷子なんですよね?」
「……まあね」
「もし良ければ今日1日僕の家に止まりますか?」
「それは私を誘っているのかい?残念だけど私はそこまで安い女では無いんだ……」
「分かりました。お元気で。さようなら」
「ちょ、ちょっと待って。ゴメン冗談。冗談だから」
「……どうするんですか?」
「はい、すみません。一晩よろしくお願いします」
こうして私は見知らぬ男の家に泊まる事になった。
こう言ってみるといよいよ家出感が出てきたなあ。
まあ、現実は迷子になった挙句に小学生の男の子に同情されただけなのだけど。
「しかし、少年お父さんとお母さんの許可は取らなくて良いのかい?」
「母はだいぶ前に亡くなりました。父は1週間に1回しか帰ってきません」
「……それはそれは」
反応に困る話な事で。
「とりあえず、どうぞ入ってください」
「おじゃまします」
着いた家は良く言えば趣がある。悪くいえばボロっちい一軒家だった。しかし、この大地で迷子になっているよりは数万倍マシなものだった。
「ところでさ少年。自己紹介といこうか。私はね中学2年生で東京から来たんだけどさ」
「……あなた中学2年生だったんですか」
「ん?そういう君は何年生だい?6年生とか?」
こういうませた子は年齢を大きく見積もって言うと満足するのだ。どうみても小学4年生以下だが、年上に見られて怒ることはあるまい。
「……教えたくないです」
「え?」
「知らない人には個人情報を教えるなって言われているので」
「な、なにおうっ!?」
家にまで呼んでおいて、その言い草とはなんだ全く。
最近の子は失礼な奴だ。泊まらせてもらっておいて言うのも何だが。
「じゃあ、いいさ。こっちだってこれ以上の情報は漏らさないもんね。残念だったな少年」
「構いませんよ、おねえさん」
そんなこんなで家出していきなり最大のピンチを脱した私は名前も歳も分からない少年のどこだかまるで分からない家に泊まることでなんとかなったのであった。