でぶのきもち
篠田翔子は胸を強調したベージュのプルオーバーシャツに同色のボタンカーディガン、ネイビーのガウチョパンツと明るいベージュのオックスフォードシューズで武装完了だ。
「これならデブが強調されないわね」
総武線は秋葉原駅で降りた先、向かうはサイゼリヤ、大学のアニサーの飲み会に参加するのだ。
「ここのオタって酒一滴も飲まなくてみんなオタ話でいっきにテンションマックスになちゃうのよね」
どちらかといえば自分の体型に負の自信を持った翔子は同性よりも異性の友達といる時間が多い。
いつものサイゼに着き、いつものメンツといつもの挨拶。
「しょこたん、遅いぞ。相撲の稽古で遅れたか? みんなで稽古長引いたんじゃねえかって話してたとこ」
「すいませんすいません、飲み会だっていうもんだから稽古でお腹すかせてからきたんですよ、ドスコーイドスコーイ!」
おどけながら翔子は突っ張りのジェスチャーを付ける。誰かが安心したように笑う、ホントは少しだけおしゃれに時間を割いたのに
料理と一応のワインの注文の後の乾杯、よりも進撃系の話になると皆一気にテンションが上がる。回りから見てちょっと残念な人たち。
ハンバーグを食べながら楽しそうな翔子に少し悪のりした先輩がからかいにくる。
「翔子は肉食ってるとサマになるよな!」
「先輩、うちには私みたいなデブがあと三人もいるんですよ!うちン中暑苦しくって」
「お前みたいによく食うがか?」
「そーなんですよ困っちゃいますよねえ、デブってホント。わたしもデブだからわかるんすけどねえ、ああそれにしても少し駅から歩いたら暑い暑い」
「暑い?今日すごしやすくね?」
「先輩!、デブをなめちゃあいけません!ここもそうですけど私翔子はよく汗かいてるじゃないですか、デブだからですよ!」
「確かに、翔子はよく汗かいてるよな」
「ほら、今日もこんなにラードをたっぷりかいちゃって!」
「くくくくく…汗じゃなくてラードかよ」
「顔だけじゃなくて、デブっておっぱいの下にもラードでてくるんですよ、ホラッ」
「ばか、やめろ、人が見てんだろ」
「もう先っ輩たら冗談ですよ、でも体重が七〇キロ超えたら翔子は悟りがひらけちゃって、色気より食い気って真理に」
「そうか、なんだか神々しくみえてきたぞ翔子がハンバーグ食ってる姿ってすがすがしく気持ちいいくらい食うもんなあ!」
「私みたいなデブって肉食うと様になるんですよね、豚肉なんか食べてると、あっ共食いかもとか思っちゃたりなんかして」
「なんかフランスパン持たせても似合いそう」
「パリジェンヌにはならないんです、さまになっちゃうんですよ!」」
「肌が白いんだから少しは腕とか出せば?」
「丸い肩から腕なんてだしてたら犯罪レベルですよ、お巡りさんから職質されちゃうじゃないですか!」
「よく言われんだろうけど痩せようとか思わないのか」
「なんかそんなことに気を回させて、ホント申し訳なってデブはなるんです。でもデブと人間を同じとは思わないで下さい、脂肪を蓄えると簡単に痩せないんです!」
「お前食い放題とかっていくのか?」
「ていうか大好物です、家族揃っていきます。そしたら店長飛んできて『いやお客さんすいません、今日もう閉店なんです!』ってはあ?いや回りみんな食ってるし!なんでうちらだけっていう」
「食い放題お断りかよ、くくくくくく」
「止めろよ……」
右隣にいた小野寺哲也がぼそり呟いた。
さっきまで話していた先輩はぽかんとなる
「お願いだからそんな自虐的になるな」
クソデブ意識の沁みついた翔子は思考が少し止まった。
哲也は隣で話を聞いていて胸がかゆくなった、嫌だった。
「も、もーてっちゃんたら怖い顔しないでよ、ワインもっと飲んで飲んで」
翔子は哲也に腹と胸でグイグイ押しながら酒を注ごうとする。これだって翔子の自虐ネタなのだ。
そんなことをされて哲也は少し怒ったような顔になった、翔子のいう怖い顔に。怒りの出どころは哲也にはわからない、注がれたワインを一気に飲み込んだ。
「そんなにペース早かったら悪酔いする、少し気持ち落ち着けて」
翔子は哲也のふくれっ面に困った顔で笑いかけると、回りに気づかれる前に哲也をとりあえずサイゼから出すように決めた。
「ううん、やっぱりてっちゃん今日酔ってるよ。うん酔っぱらってる、取り合えず表で酔い覚まそうよ」
「別に酔ってねーよ」
「酔っ払いはみんなそういうんだよ」
翔子は腕を強引に哲也の腰に絡ませ、一緒に店から出ようとする。
「酔ってなんかないよ…」
翔子の体の柔らかさ、温かみにどきっとした哲也は小声になりながら渋々店から出ることに。
「てっちゃん、今日は悪酔いして、嫌だなわたし」
「しつこいな、酔ってねえって」
「自虐的になるな、なんてわけ分かっないこと言って、キモイよ!」
「わけわかんねーこと言ってんの翔子の方だろ!ふざけんな」
「何怒ってんのよ、ばっかじゃないの、今日は帰りなさい」
「帰るわ、ばーか」
翔子は店の中のみんなから、心臓の鼓動を聞かれているような気がした。
だた、サイゼの中のオタは全く進撃の話でもちきりだった、残念な人たち。
翔子の心は薄い桜色に染まる。
了