第九羽 目覚め ~唯編~
「ここ…は……」
目が覚めると私はいつもと違う場所にいた
変わらず真っ白な病室なのに、置かれている物や窓から見える景色でいつもの病室ではないとわかる
目頭の違和感に私は自分が泣いている事にも気付いた
私はずっと長い夢を見ていたの
目覚める事のない悪夢が私を苦しめていたのに、突然私の目の前に神様が現れたような気がする
気がすると言うのは目が覚めてから少しずつ夢の中の記憶が薄れていくから…
でも、まだハッキリと覚えている事がある
夢の中の神様は私に言ったわ
人を愛する事も愛される事も素敵な事だと
そして…
思い出して、耳を塞がないで目を背けないで
本当に貴女を苦しめるものは何1つとしてなかったはず…
その言葉はずっと私の心を曇らせていたものを記憶が鮮明になると共に少しずつ晴れていく
私は…そうだ私は……
文人さんを心から愛していた
私よりずっと大人で理想の人だと…憧れて……
でも、それがダメだったんだ
本当は文人さんが何かに悩んでいるコトに気付いていたのに
私は文人さんが「なんでもないよ…」って私に心配をかけないようにとついたウソを見破るコトもせず…何もしなかった…
文人さんは私が思ってた以上に本当は心の弱い人だったのかもしれない
私は文人さんが大人だから理想だからと、押し付けてばかりで文人さんの支えにもならなかった…
ただの大きな負担でしかなかったのよ
私はなんてバカで子供で愚かだったんだろう…
人はとても弱い生き物だと、大人だからって1人で生きていくなんてできないのに
いつかの雪村先生が言ってたのを思い出す
心に余裕がない時が人の本性と思って相手を否定するのではなく力になったり支えてあげる事が良いのだと…
文人さんが悩んでいた時に気付いて支えてあげられていたら私達は…それこそずっと幸せな夫婦でいられたかもしれない
「ごめんなさい…文人さん……私、今の今まで貴方の気持ちに気付かなかった」
言葉と共に涙がとめどなく溢れ流れ落ちる
私を苦しめるものは最初からなかったんだ
私が気付かなかっただけで、私が幸せを壊した
文人さんは悪い人なんかじゃない
だって…私が好きになった人だもの
ただお互いに心が弱かったから合わなかった
それだけだったんだ
やっと私は文人さんが最期に伝えてくれた言葉も思い出した
「唯、すまなかった…
…生まれ変われるなら……今度こそ」
最後まで文人さんは言葉を伝えられなかったケド、私には聞こえたよ…
『もう一度、君と出会って必ず幸せにすると誓う』
と…文人さんはわかっていたの
自分が弱かったから私を傷付けていた事も
もうどうしようも出来なくなっていた事も
……どうして私は愛しい人からのその愛の言葉を塞いでしまっていたの
苦しかったから…恐かったから……
私の心が弱かったせいで、文人さんを追い詰めてしまって
大切な幼なじみの…和也に……人を殺させてしまった
それを認めるコトが信じるコトがとても苦しく恐かったのよ……
私のせいで不幸になった人達がいる
その事実から私は逃げていただけ
もう…私は耳を塞いだりしない目を背けたりしない
過去をちゃんと受け入れる
「……綺麗な……羽根…」
ふと私はずっと握っていた手を開けるとその中には1枚の真っ白で綺麗な羽根があった
この羽根を見て私はすぐに雪村先生が見せてくれた真っ白な綺麗な小鳥を思い出す
「あっ…宮崎さん!目が覚めたのですね」
私の様子を見に病室に来てくれるのはいつも雪村先生だったのに、今日は珍しく朝日奈先生が私の病室に来てくれた
朝日奈先生は雪村先生並に人気のある女医さん
担当医でもないのによく私のコトまで気にかけてくれたとても心優しくて綺麗で美しい人だった
朝日奈先生は、男にモテるだけじゃなくて女からも人気があり同じ女として私も憧れる1人だわ
「はい…何日眠っていたかわかりませんが、とても長い事……」
「本当によかった…」
「あの…雪村先生は?」
朝日奈先生が目覚めたばかりの私を診察しようとするから不思議に思い聞くと一瞬表情が凍りついたように見えた
でも、朝日奈先生はすぐにいつもと変わらない女神のような微笑みを浮かべる
「雪村先生は長期出張中でお帰りになられるまで宮崎さんの担当は一時的に私が受け持つ事になりましたの」
「そうですか…」
少し心の整理ができた私は前にくれた雪村先生の言葉のおかげもあるからお礼を言いたかったのだけれど…
早く帰ってくるといいな…私が余命で死ぬまでに
「ところで朝日奈先生、病室が変わったような気がするんですがどうしてですか?」
「それは…」
また…朝日奈先生の凍りついたような表情
「朝日奈先生~!朝日奈先生~~!?」
そんな時、廊下から朝日奈先生を呼ぶ大きな声が聞こえてくる
この声は…病院でもっとも有名な朝日奈先生の大ファンの1人でわざと怪我してなかなか退院しない患者さんだ
しかも怪我の仕方が意味不明
自分で自分の目玉をくり抜いたり指を切り落としたり死なない程度でも大怪我はする高さから飛び下りたりするんだ
いつも朝日奈先生を困らせている人…
構ってもらいたいからって好きな人を困らせるなんてよくないよと思って私は苦手な人だった
「ごめんなさい宮崎さん」
「いえいえ、大変だと思いますが頑張ってください」
って無責任な言葉はあまりかけたくないケド…
朝日奈先生はドコまでも優しい人だから、そんな意味不明な人でも医者としてほっとけないんだろうな
朝日奈先生を見送り静かになった部屋で私はテレビをつけた
ちょうどニュースをやっていて画面には見覚えのある景色の中にほぼ全焼に近い建物が映されている
あれ…ここ……私のいた病院…?
ニュースを見ていると私が眠っている間に何があったのかだいたいわかった
私のいた病院は火事にあったんだ…だから朝日奈先生は言いづらそうにしていたのね
その火事で死者は1名
殺人脱獄犯が現場にいた事から放火の疑いあり
現在も逃亡中
とニュースの中のアナウンサーは色々と知らなかった私に情報をくれた
「死者…1名……」
私が眠っていた間にこんな悲しいコトがあったなんて……
私は後2ヶ月くらいしか生きられないのだから、今回の火事で亡くなった未来ある方の変わりになってもよかった…
「あっ……!!」
私はハッと思い出して部屋の中を探し回った
ドコを探してもない……今まで和也から貰った手紙
当たり前だよね…
誰かわからないケド眠った私を助けてくれただけでも
入院してから宝物の1つだっただけに少し残念な気持ちになる
改めて私は後少しの命だと思ったら、最後に和也に会っておきたいと思った
あの夢を見て目が覚めた私はずっと塞ぎ込んで閉じこもっていた自分を解放する
やっと外に出られた私は自由なのだと足取りも軽く、少しは強くなったのかもしれない
もう今までの私とは違うわ
自分の足で前に進めるんだもの
最期の最後まで、私は誰かの為に生きたいの…
和也…私のせいで貴方の人生をめちゃくちゃにしてしまってゴメンなさい
今、会いに行くから……
お医者さんや看護士達から見つからないように入院中に仲良くなった女の子の友達から私服とお金を少し借りて私は病院を抜け出した
和也のいる刑務所にははじめてくる…ちょっと緊張しちゃうな
それでも私は病でやせ細った足をシッカリと地につけて和也との面会をお願いした
色々聞かれた後、変に思いながらも通された部屋はドラマとかでよく見る囚人と面会人の間にある透明な板がない
なんか…変だ…空気もピリピリしているのを感じるし……
私は不安になりながら待っていると看守の山崎と名乗る男が現れる
「あの…高橋和也は…?」
山崎さんは物凄く不機嫌な雰囲気を持っていたから私は恐くなって控えめな声で聞く
「お前が宮崎唯だな」
「は、はい…」
何この人…声がめっちゃ怒ってるよ…
「高橋は脱獄してここにはいない」
「えっ?」
私は耳を疑った
和也が…脱獄?
数秒後に山崎さんの言葉を理解すると私は今朝ニュースで見た病院の火事のコトを思い出す
心がぐっと締め付けられて息苦しい
それに追い打ちをかけるように山崎さんは続ける
「高橋はお前の為に殺人をしてお前の為に脱獄して…運悪く火事現場に居合わせては放火の疑いまでかけられた凶悪犯罪者となったよ」
山崎さんの言葉は乱暴だったけれど和也が放火をしていないと信じている言い方をしてくれた
「…和也、どうして脱獄なんか……」
山崎さんは私の言葉に腹を立てたのか大きな音を立てて机の上に手紙を突き出した
それは私が和也に送った1番新しい手紙
「お前がこんな手紙をよこしたからだろうが
好きな女から最後の別れみたいな事を言われたら気が気じゃないだろ
とくに高橋は100%馬鹿な奴だ
あいつから馬鹿を取ったら存在自体なくなるくらい馬鹿なんだよ
まさかお前は高橋の気持ちに気付いてないとか、すっとぼけたら女でも殴る」
話を聞いては私はみるみると青ざめて全身が冷たくなっていく
山崎さんが女でも殴ると言う発言が恐かったんじゃない
むしろ私は殴られても文句を言えないようなコトを起こしてしまったのだ
私は…和也の幸せを願っていたのに、また私のせいで和也を不幸にしてしまった現実に胸が張り裂けそうになる
どうして……私はやるコトなすコト裏目に出てしまうの
「高橋は必ずお前の目の前に姿を現す
さっさと帰れ、そしてオレ達警察はお前の前で高橋を捕まえるよ」
「和也は…本当は和也は悪くないんです!!
和也が人を殺したのは私のせいで…脱獄したのも私のせいで……
放火はそんなコトは絶対にしない人です!!」
「そんな事はわかっている!!
オレがさっきそうお前の為だと言ったんだ!!
オレは高橋が嫌いじゃなかった
犯罪者の中にはあいつみたいに本物の馬鹿もたまに紛れているんだよ
とくに正義感の強い奴は他人のせいで気付いたら犯罪者となってしまうケースは珍しい事じゃない
守りたかった、助けたかった、救いたかった
この世界にそんな感情的な理由は通用しない
どんな理由でも犯罪は犯罪として裁かれる
そんな自分の人生を馬鹿みたいに懸けて無駄にする馬鹿を治してやるのがオレの仕事だ」
この人は…私には殺意にも近いほど敵意を持っているけれど、和也や他の囚人達のコトをシッカリと考えてあげられる優しい人だとわかった
「なんで…なんでですか……
私のせいなのに、どうして和也だけが悪いの…私のほうが罪深いよ!!」
悔しい…私は自分が許せない
私の為に人生を犠牲にした和也が檻の中に閉じ込められて、他人を不幸にしているようなものの私が檻の外で自由なんて
文人さんを殺したのは私のようなものなのに…
私がいなかったら…和也は殺人も脱獄もしなかった
放火の疑いをかけられるコトもなかったよ
「帰ります…和也が私に会いに来るなら、私は和也を待っていなくちゃいけないから」
「お前のせいだ…」
山崎さんは恨みを吐き捨てるように私を敵視した
眠りから覚める前の私なら現実が恐くてまた逃げ出していたかもしれない
でも…もう私は現実に背を向けたりしない閉じこもったりしない
悲劇のヒロインは終わったのよ
冷静になって私…
「どんな理由があろうと犯罪は犯罪
その言葉は私もそう思います
例えその理由が私自身だとしても、私のせいでも…和也は絶対に許されない事をしてしまった……
だからこそ私はこれ以上和也を不幸にしない
私が死ぬ最期まで和也を支えてみせるわ」
「ふん……女は嫌いだ」
山崎さんは私から目を反らしてはさっきの威勢をなくし小さく呟いた
私が死んだ後のコトは山崎さんみたいな良い人がいるなら、和也は大丈夫だってわかっただけでも安心して死ねる
和也は本当にバカだから…シッカリと見ていてくれる人がいないとね
私がずっと生きていられるなら…和也の罪を一生一緒に背負いたかった……
刑務所から出て病院へ帰る電車の中で私は目が覚めた時に手の中にあった綺麗な真っ白な羽根を見つめる
夢に出てきた神様の羽根かなそれとも天使様かな…
私はこの羽根があると勇気が湧いてくるような気がする
でもその羽根を持つ手は少し震えていて、私は自分を落ち着かせるように反対の手で包み込んだ
誰かにあんなに強気に言ったのははじめてだったから…
本当は自分の心の弱さに負けてしまいそうで、また私は自分だけを守って閉じこもりかけてしまった
そんなんじゃダメだって私は耐えたわ
強くなりたいの私
もっともっと…強い心を持ちたいの
そして…生まれ変わったら、また文人さんを好きになって結婚したい
今度は貴方の負担になったりしないから
お互いを支え合っていつまでも幸せに…
本当のハッピーエンドを迎える為にね
私…頑張るから、もう少しだけ待っててください
-続く-