第六羽 夢うつつ ~和也編~
唯の最後の手紙から何かあったのかと心配する毎日だった
手紙を書いて送ったが、唯からの返事が届く日まで気が気じゃない
しかし、そんな時に俺に面会だと誰かが訪ねてきた
俺は友達の誰かだと思って、面会に出るが
目の前に現れたのはまったく見覚えのない人だった
えっ誰だコイツ…?
俺は友達は多いケド、こういかにも俺エリートですってなんか知性溢れる大人な男性の知り合いなんていなかったと思う
類は友を呼ぶのか
俺の周りには大学生になってもまだまだ落ち着きのないガキっぽい楽しい奴らしかいなかった
「え~っと…どちら様で?」
きっと人違いじゃないのかと思いながらも
「高橋和也くんですね…」
知ってるの!?
はっそうか…俺って目立つしこのルックスだろ
俺が知らなくても、相手が知ってるってのはたまにある
ほらよく他校の女子から告白されるコトもよくあったじゃん俺!?
俺は君誰!?みたいな感じの、そうそうそれだよそれそれ
えっ…でも男からモテても全然嬉しくねぇな
お断りです!!
「私は雪村俊、宮崎唯さんの担当医です」
「ん…?」
あぁ、うんなんか見るからに医者っぽい
えっ医者!?唯の!?
「担当医って…唯は今病院にいるんですか?」
ちょっと待てよ
俺は唯が入院してるなんてちっとも聞いてねぇぞ
事故か?病気なのか?
唯の最後の手紙と、唯の担当医が俺を訪ねてきた事で
前から心配していた不安がだんだんと現実になってくるようだった
「唯さんは…和也くんには何も話していないと言っていました」
何この人、馴れ馴れしく唯の名前を口にするとか(自分も下の名前で呼ばれているコトにはやはり気付けない)
まさか…唯の新しい男だって言うのか!?
クッソこのイケメン!!
それとも何か、医者って立場を利用して…一方的に唯に色々と……
雪村先生は俺が脳内で色んなコトを考えながら血の涙を流す勢いに気付いているのか気付いていないのか
あえてスルーしているようにも見え淡々とクールに話を進める
「唯さんは後2ヶ月少しの命なんです」
「はいっ?」
俺は最初この男がウソをついているのだと思った
わざわざ面会にまできてウソをついて俺をからかうような人にはまったく見えないのに
信じたくない俺の頭はウソだと決め付けてる
「貴方の事は調べさせてもらいました
唯さんの為に人殺しまでした幼なじみ…」
「……あんた、唯のコトで冗談を言うと容赦しないぞ」
俺達のコトを調べた?
自分の患者から話を聞くならわかるが、ただの医者が患者の過去を調べるなんてするか?
唯にとって、あの時のコトは誰にも触れられたくハズだ
きっと雪村先生もそれをわかっている
頭良さそうだもんな
それでも、調べて知っているってコトは唯に特別な感情を持っていると考えるのが自然
この人は唯を助けたくて、俺に会いに来た…のか
「私は冗談を言いません
聞いてください…私は唯さんの延命手術に失敗しました
延命する事も出来ず、昏睡状態に陥り今も目を覚ましません
最悪…このまま目を覚まさないで2ヶ月経ってしまう可能性も………」
おいおい何言ってんだよ
ふざけんなよ
「失敗って、なんでだよ!?」
それで唯は目を覚まさないって…
「私の心の弱さです
申し訳ありません…」
「あんた……っ!!」
俺は話を聞いて、手に力が入る
手が届いてたらぶん殴ってる所だ
でも…俺は正直に話して、自分を責めて唯を救えなかった悔しさに傷付いているコイツを見て
何故か力が抜けていった
雪村先生も…唯のコトが好きなんだって感じたからだ
だったら俺は何に当たったらいいってんだよ……
どこにもやり場のないこの気持ちを大きなため息とともに吐き出す
「…雪村先生を責めたって唯が目を覚ますワケじゃないってわかってるよ
何より自分が檻の中にいて唯に会いに行くコトも何もしてやれないコトに腹が立つよ…
そんな俺が貴方を責めるコトなんてできない」
未来を考える頭か…
今になって思い知らされる
俺がもっと大人だったら…
檻の中になんていなかったかも
いつでも唯に会いに行けて傍にいられて、助けられたかもしれないのに…
………いいや俺はやっぱりバカだ
檻の中にいなかったあの時だって、唯のコトに気付けなかったくせに
何言ってんだよ
こんなの俺は口ばっかりの男みたいじゃないか…
「貴方は…唯さんに会いたいですか?」
暫くの沈黙は雪村先生の小さな声によって破られる
「そんなの、会いたいに決まってるだろ
俺は昔から唯のコトが好きだったんだ
いつだって思うよ
今すぐ飛んで行きたいって
あんたみたいなライバルだって登場したワケだし
もう唯を…誰にも渡したくねぇんだよ」
「会えませんよ?
貴方は檻の中にいるのに」
自分から質問しといて腹立つなコイツ
からかいに来ただけなら帰れよ!!
しかし、俺は大人になった
怒りを抑えるコトができた
いやウソやっぱムカつく
「それでも、俺は……」
唯の残り少ない命はウソじゃないのかって思いたいのに
雪村先生はウソをつくような人じゃないってわかった
だから俺は焦ってる
ウソだって信じたいだけで現実であると焦りしかない
ここを抜け出してでも会いに行きたい
それは脱獄するってコトで悪いコトだってわかってても
このまま一生唯に会えなくなるくらいなら、俺はどんな罪を重ね背負ってでも唯との再会を叶えたい
「…そろそろ帰ります
また会いに来ます」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!?
俺はまだあんたに唯のコトでたくさん聞きたいコトがあるんだぞ!?」
手術の時に唯の裸を見たのか!?とか!!!!!!!!?????
雪村先生は俺の心を見透かしたのかゴミを見るような目を向ける
なんでバレた…
そして、雪村先生は何も言わずに帰ってしまい面会は短い時間で終わる
就寝時間になったが、俺は眠れるワケがなかった
唯からの最後の手紙を何度も読み返しながら、今日の雪村先生との会話を思い出す
そういや、雪村先生はまた会いに来ると言ってたケド
そもそもなんで俺に会いに来たんだ?
わざわざ唯のコトを知らせてくれてスゲーありがたい
でも、雪村先生だって唯のコト好きなんだろうし
会う前から俺はライバルだってなんとなくわかってたハズだ
………大人ってわかんねぇな…
(19歳の自分があと数ヶ月で誕生日を迎え20歳の大人になると言う自覚はなかった)
「どうした高橋
起きているのに最近は大人しいじゃないか」
真夜中の3時、見回りに来た山崎さんが俺の様子を見ては意外だと言う
「大人しい…ハッそれは俺が後数ヶ月もすれば大人になるからだな!!」
なんだ俺もしっかりと大人の階段上ってるんじゃん
安心したわ
俺はおっさんになっても今のままだったらどうしようかと心配だったよ
ガキのままで唯にプロポーズするなんてカッコつかないだろ…
「…いつも通りだな」
「どういう意味だよ!?」
「お前が静かだから他の囚人達から、逆に眠れないとか、風邪を引いたとか、足の小指をぶつけたとか、今日は雨だとか、苦情が多いんだが」
知らねぇよ!?
雨と俺になんの関係があんだよ!?
いや全部に俺関係ねぇし!?
「山崎さん…俺もうギャグ担当から卒業しますから」
最初から担当してるつもりないケド
「それは困る」
なんでだよ
「高橋が真面目になったら困るよ」
俺の知り合いの綺麗なお姉さんが歳取るとギャグの勢いもなくなるよねってぼやいていたから
俺もいつかそうなると思います
「妙な事、考えてるだろ」
「えっ何?妙な事って?前も言ってたケド…あっわかった!胸でかい」
山崎さんは俺らしいとうんうんとニコニコ笑ってくれた
こんな笑顔の山崎さんはじめて見たわ…
「そうだな…例えば、脱獄の事とか?」
「……………………。」
見抜かれてる…
確かに俺は今脱獄してでも唯に会いたいと思ってる
山崎さんは気付いてるんだ
そして、俺が実行する前に釘を刺しにきた
と言ってもどうやって脱獄するかのプランなんてまだちっとも考えてなかった俺だケド
とにかく誤魔化す
「えー!!脱獄なんて悪いコト俺しませんよ!?
脱獄してなんの意味があるんですか!?
俺なら脱獄して好きな女に会いに行くとか絶対思わないわ~~~~」
よっしゃ!完璧に誤魔化せた!!
見たかこの俺の演劇力!!
高校生の時にバイトでヒーローショーに出演してたコトだってあるんだ
この程度の演技は楽勝
このまま自然に寝て逃げ切ろう!!
「そうだよな高橋
わかった、明日からお前の監視は厳しくしておくよ
オヤスミ」
ウソでしょウソだろ!?なんでだよオイ!!!??
待ってくれ!!と遠ざかる廊下の先にいる山崎さんを呼び止められない
呼び止めた所で何を話すんだ?
下手に話せば話すだけ怪しまれる
明日から…それじゃ今から脱獄するしか…
とりあえず俺は鉄格子をなんとかできないかと思って押したり引っ張ったりしてみた
………ダメか
いくら一度に5人までに襲い掛かられても勝てる俺でも、鉄格子をよくある漫画のようにへし折ったり曲げたりはできない
当たり前か
「唯……」
今、目を覚まさないお前はどんな夢を見てるんだ…
それは幸せな夢か、それともお前にとって…夢の中でも悪夢を見ているのか
俺は自分が不幸になったコトがないからわからないよ
こんな檻の中にいても、自分が不幸だとは思わない
自分のやったコトに後悔はしていないのだから、不幸も何もない
俺は…ただこの檻の中で好きな女が死んでいくのを何も出来ずに過ごすしかないのか
抜け出したい…ここから……俺を唯の元に
行かせてほしい…
廊下の先からまた誰かの足音が聞こえる
俺はまた何か言われるのが面倒で寝たフリをした
だが、その足音は俺の前で止まり鍵を開ける音まで聞こえた
なんだ?こんな時間に…
静かに鉄格子の扉が開く…
誰かがこの檻を…開けた
俺を外へ出すって言うのか?
言っておくが、相手が誰だろうと捩じ伏せるぞ
檻の鍵を開けるってのは抜け出したい俺を簡単に外へ出すと言うコトをコイツはわかってるのだろうか
俺は開く扉のほうへ顔を向ける
そこには不自然に帽子を深く被った看守がいた
えっ…ホラー?
もしかして、前に囚人の1人が話していた刑務所七不思議の1つ
意味もなく檻の鍵を開けていく幽霊…なのか!?
そんな脱獄の手助けをしてくれる幽霊さんが本当にいたなんて!!
願ってもないぜ!!
…いや、大人な俺は冷静に考えた
幽霊なんているワケがないきっと夢オチかなって
素直に寝よう
「何をぼけっとしているのですか
貴方が唯さんに会いたいと言うから、ここから逃がし自由にしてあげようと私は来たのですよ」
深く被った帽子を整えると看守の服を着た幽霊の顔がよく見える
よく見たら足があるから生きた人かよ!?
そっちのほうがビックリだ
その声は…その顔は…そして、このキャラメルポップコーンみたいな甘い香りがするあんたは
………えっと、誰だっけ?
-続く-