第五羽 手術 ~雪村編~
手術の前日に私は唯さんに「不安ですか?」と聞いた
すると唯さんは「少し」と笑った
「でも、雪村先生だから大丈夫って思ってます」
唯さんの私を信頼してくれている笑顔に私も微笑みで返す
あれから二ノ宮と色々話し合って、失敗の確率も下げてきた
手術は必ず成功する
私はまだ貴女を失いたくないから…
「あっ雪村先生、すぐに手術の準備を致しますね」
「お願いします」
手術の前にもう一度様子をと、唯さんの病室の前まで来ると看護師が私と入れ違いになって出ていく
私は静かな病室で眠る唯さんのベッドまで近付いた
いつもは起きている時間なのに、きっと昨日は手術への不安で眠れなかったのかもしれない
今日は良い天気だからと私はベッドの横の閉め切ったカーテンを半分開ける
唯さんの顔に光を当てないように
すると、窓から見える近い木の枝に綺麗で真っ白な小鳥が止まっていた
「君は…」
私が窓を開けるとその小鳥は私の手に飛び乗る
「私の庭からこの病院まで来たと言うのか」
結構な距離があるのに、と思ったがこの翼なら何処にでも行けて当たり前なのかもしれない
自由な鳥は自分が行きたい所まで行く
その自由さは自分の願いを簡単に叶えてしまうのだな
「君を見たいと言っていた女の子がいるんだ…」
私は小鳥に眠る唯さんを紹介する
小鳥ははじめて見る人間に少し興味津々に見つめていた
実物を見たがっていた唯さんならこの小鳥を見ればきっと喜ぶだろう
だけど、今起こすのは可哀相で私は声をかけられない
少しして微かに唯さんが動いた気がする
それに驚いたのか小鳥は私から離れ窓から外へと出て言ってしまった
「…………。」
唯さんが何か呟いている…?
私は顔を近付けて眠っている唯さんの言葉を聞いた
「か…ずや……」
彼女の小さな声はなんとか聞き取る事ができて、それが人の名を呼んだのだと理解した時
私の心は凍り付いたように冷たい痛みが走った
暫くしても私はさっきの唯さんの言葉が頭から離れなくなっていた
目の前でいつものように二ノ宮が変な話をしていても適当に相槌しては聞き流している
「雪村先生、宮崎さんの手術の準備が整いました」
看護師の言葉に返事をし、私と二ノ宮は手術室へと向かった
手術室の前ではすでに朝日奈先生も準備をして待っていてくれたようだ
「朝日奈先生~ありがと~
僕は憧れの朝日奈先生がいたら手元が狂っちゃうかも」
二ノ宮は手術前だと言うのに余裕がある
「…外しますよ」
「冗談だよ冗談
僕は仕事に私情は挟まない主義だから、手元が狂うなんて絶対にないよ~」
アハハと二ノ宮は笑っている
だが、手術室に入る前に私に声をかける二ノ宮は
「今回も期待してるよ雪村
僕の期待を裏切らないでねぇ…
君の実力なら十分成功する手術なんだからさ」
意味深な笑みで私に言った
期待してるとはいつも言われていたが、裏切らないでと言われたのははじめてだ…
私が裏切る?何を言ってるんだ
手術は必ず成功するのに
「さっ行こ行こう~朝日奈先生
朝日奈先生がいるから僕張り切っちゃうよ」
「二ノ宮先生は酔ってらっしゃるのでございますか?」
普通の人から見れば二ノ宮の全てが酔っ払ってるように見えるのかもしれない
「酔ってないよ!?
そうだねぇ、お酒は好きだよ僕
朝日奈先生さぁ手術が無事に終わったら、夜デートしようねっ」
二ノ宮はさりげなく朝日奈先生の肩を抱こうとしたら、すっと避けられている
「嫌です
ごめんなさい」
見た目と違って結構はっきりと言うんだな
「………あはっ、冷たいな~朝日奈先生
でも僕は諦めないよ
それじゃ、そろそろ久しぶりに真面目に本気出しますかぁ」
珍しく仕事モードに変わった二ノ宮が先に手術室に入る
朝日奈先生は私と目が合うと花のように微笑まれたが、私は目を反らして二ノ宮の後に続いた
そして、数分後に唯さんの手術が開始される
今回の手術は少し時間はかかるものの、問題なく順調には進んでいた
二ノ宮と朝日奈先生のフォローも完璧だった…
手術は間違いなく成功するはずだったのに……
しかし、私は途中から手術の事を何も覚えてないまま終わってしまった
結果、手術は失敗
二ノ宮と朝日奈先生がいてくれてなんとか一命は取り留めたが私のせいで失敗した事には変わりなかった
唯さんは目を覚ます事なく昏睡状態となってしまう
何故私は…あれだけ彼女の命を少しでも未来に繋げると強く誓ったのに……
失敗なんて…
何も覚えていないなんて最悪な言い訳だ
私は手術中に唯さんが呟いた言葉を思い出して、まったく集中できていなかった
あっという間に過ぎていってしまった時間は後悔しても戻らない
私は目の前で深い眠りにいる唯さんから目を反らしていた
傍にいても…直視する事ができない
「雪村…本当に失望したよ
君が失敗するなんて
所詮、君も弱い人間だったって事さ
君なら恋をしても強くいられるかと思ったのに
それはどうやら僕が雪村を買い被りしすぎていたみたいだ」
二ノ宮は珍しく機嫌を悪くし、自分の思い通りにならなかった事にかなり腹を立てていた
私は責められて当たり前
二ノ宮の言ってる事は私がそうあってほしいと言う願望にすぎないが
私はそうあるべきだった
そうでなければ、手術は成功しないのだから…
「っ二ノ宮先生!そんな風におっしゃらなくても…
私の力不足でしたから、このような結果に…」
「いや~朝日奈先生は天才だよ
あそこから巻き返したんだもん
他の医師なら、あの子死んでたよ…」
私の気が散った事で唯さんが死にかけた…
大切な人を救うと言っておきながら、自分の手で殺しかけたんだぞ
それが失敗…私らしくない
私が人を好きになった事で心の弱さが出来てしまったと言うのか
私の弱さが大切な人を苦しめる事になるなんて
「失敗は…失敗です
全ては私の責任
朝日奈先生には彼女の一命を取り留めて頂いた事を感謝致します
あのまま私が続けていたら、私は…彼女を殺していました……」
「雪村先生…
あまりご自分を責めないでくださいませ
私達は雪村先生なら大丈夫だと全て任せっきりでした
全てを任せるのではなく最初から協力の意思を持っていたなら、失敗にはならなかったかもしれません
私達にも責任がございます…」
「ん~…朝日奈先生、痛い所を突いてくるなぁ
確かに僕も雪村に任せっきりだったよ
でもさ、他人に手を借りるようになったら
もう僕の信頼する雪村じゃないんだよね
僕の答えを現実にしてくるから好きだったのに」
「どうしてそのような意地悪を申すのでございますか二ノ宮先生!!
今回の事で1番心を痛めて後悔なさっているのは雪村先生ですのよ
二ノ宮先生はいつもご自分のワガママばかりで人命優先でない所は…」
「うんうん、僕は薄情だからね
朝日奈先生が僕に人のなんたらを教えてくれれば、考えも変わるかもよ?(変わるつもりなんてさらさらないけど)」
手術は失敗し唯さんが昏睡状態になっても二ノ宮の完全に他人事と言う薄情な態度に朝日奈先生は納得いかない様子だった
「まっとにかく
本当に小鳥ちゃんを救いたいなら自分でなんとかしなよ
今の心の弱い君じゃ無理だろうけど…
じゃあね、雪村は疲れてるみたいだから1人にしてあげよう朝日奈先生」
「し、しかし…」
二ノ宮はいつものように私に手を振り、朝日奈先生を連れて病室を出て行った
静かになった病室には私と深い眠りにある唯さんの2人だけ
私もわかっていた
自分の心が弱くなっている事に
そして、その心では絶対に唯さんを救えない事にも
はじめて人を好きになった時から私は自分の弱さに負ける事ばかりだったのかもしれない
それは私に戸惑いを与える
本当は救えるはずのものも救えなくなる私の弱さに…勝たなくては前に進めないのだと
「かずや………高橋…和也……」
私は唯さんが大切に保管している手紙を悪いと思いながらも勝手に探し出して見つけた
差出人の名前を目にするだけで、心が苦しくなる
目を背けたくなっても、私は心を強く保つ
唯さんの潜在意識にいるのは『かずや』と言う名の人
きっと、幼なじみの和也くんで間違いないだろう
私はこの男に会いに行かなければならない
唯さんを救うにはこの男が必要不可欠だと考えたからだ
唯さんを殺しかけた私は、貴女の為に何かをしなければ自分の気が済まない
私は自分の弱さに打ち勝って、貴女を救います
どんなに自分の心を苦しめる事になっても
私の…恋が叶わなくても
私は弱い自分を認めないから
和也くんは唯さんの為に殺人までした男だ
彼の彼女への想いの強さは私には到底足元にも及ばないのかもしれない
唯さんは和也くんには自分の病の事は話していないと言っていた
それを今から私が和也くんと面会して伝える
唯さんの命が後2ヶ月ほどしかないと知ったら和也くんはどうするだろうか…
私は…唯さんを和也くんに会わせてあげたいと考える
それで、和也くんが唯さんに会いたいと言うなら…
脱獄の手助けをしてあげるしかない
私も馬鹿ではない
脱獄の手助けをする事がどういう事なのか、よくわかっているつもりだ
それでも…
私はやらなければいけない
そこまでしても、唯さんの中にある和也くんの立ち位置まで近付く事なんて出来ないだろうが…
それでも、貴女を殺しかけた私は自分の全てを懸けてでも
何もしないでいるなんて…耐えられない
次の日、私は二ノ宮に和也くんを脱獄させる事を話した
脱獄は二ノ宮の力がないと不可能な事だからと考えて
「それはまた思い切ったね雪村…」
さすがの二ノ宮も私のイメージと違う事を言い出したから驚きを隠せていない
「でもいいの?そんな事言っちゃって
僕が通報しちゃうかもしれないのに~」
「二ノ宮はそんなつまらない事はしない男です
貴方なら面白がって私に協力するはず」
「僕の事をよくわかってくれてるのは嬉しいけど、そんな危ない橋渡りたくないなぁ
僕は朝日奈先生と結婚して幸せな生活を送るって未来があるのに」
とか言いながら、二ノ宮はあれもこれもと脱獄に必要なものをかき集めている
私が考えるより二ノ宮に全て任せたほうがいいくらいに…
この男は以前にも脱獄の手助けをした事があるのか
二ノ宮に出来ない事なんて何もないな
「でもさぁ、その和也くんって子が小鳥ちゃんの為に脱獄するって言うの?
まだ聞いてないんでしょ」
「彼なら言いますよ
唯さんの為に殺人までした男なのですから」
「和也に唯…思い出した!
2人ともどっかで聞いた事があると思ったらあの事件の当事者ねぇ
いくら好きな女の子の為だからってそれはよくないよね
僕なら死体が見つかるような殺人なんてしないよ
死体は消す!!こんなの常識でしょ~」
たまに二ノ宮が生きた人を使って人体実験とかしているのではと疑ってしまう
冗談だと思いたいが二ノ宮だからこそ思えない…
あまり深い所まで踏み入れたら私の足まで掬われるのではと思う時も
「はい、雪村頑張ってねぇ」
脱獄に必要なものが詰まったトランクを二ノ宮は渡してくれた
「昨日はあれだけ怒っていたのに…
力を貸してくれるのですね」
「えっ?今も怒ってるよ
でも、雪村が自分の弱さを克服してまた僕の答えを実現してくれるって信じてるからねぇ
雪村は僕の大切な友人だから、力を貸すんだよ」
いつもの二ノ宮の笑顔は一度失望してもまた私を信じてる
私も二ノ宮を大切な友人と思っています
できる事なら二ノ宮の願いは友人として叶えてあげたい
今の私の弱さは誰の為にもならない
私は強い心を取り戻す
私にできる事なら、思い付く事を何でもしなくては
愛しい人を殺しかけた弱い自分をどうしても許せないのだから
-続く-