第ニ羽 過去 ~唯編~
私は小さい頃から少女漫画が大好きだった
明るくて楽しくて幸せな気持ちにしてくれる
たくさんの女の子達の夢や希望が詰まってるみたいで輝いて見えたから
いつも主人公の女の子が大好きな人と両想いになって笑顔で終わる幸せの物語り
恋心は愛する気持ちは、女の子を幸せにしてくれるものだと思った
私も少女漫画みたいな恋がしたいって、夢を見るたくさんの女の子の1人だったよ
私は高校2年になって、突然と運命のように現れた新任の先生に恋をした
クールで大人で優しくてカッコイイ男の人
女の子なら誰もが憧れるような先生で、休み時間や放課後はみんなその先生の話題で盛り上がる
こんなにもライバルが多いから、この恋が叶うなんて無理かもしれないと思ったコトもあるけれど
その時に連載されていた少女漫画の中で1番好きだったのが先生と生徒の恋物語りだった
私はこの少女漫画に勇気を貰って、一生懸命先生にアタックしたわ
先生にとって私は最初は有象無象の1人だったかもしれない
何度だってくじけそうになっても、最後は必ずハッピーエンドになるのって信じていたから
私は何度だって頑張れた
だって…先生のコトが大好きだったから
先生に恋をしたから
先生を知れば知るほど、これが私の恋なんだ愛なんだと心が温かくなってはとても幸せで苦しかったの
私にとって、先生は私の大好きな少女漫画に詰まっていた憧れも夢も恋も全てを持っていた…
そうして、私は夢にまで見たハッピーエンドを迎える
高校3年になったばかりの頃、先生が私を好きだと言ってくれたの
最初は信じられなかった…
でも、先生は「いつも明るい君を知らないうちに好きになっていた」と言ってくれて
私は死ぬほど幸せで嬉しかった
私にもこんな日が来るなんてと…ずっと夢にまで見たコトだったもの
先生と私の気持ちは両想いになってからも、どんどん好きな気持ちが増えていって
喧嘩もせずずっと仲の良い恋人同士として幸せな日々を過ごしていた
私が高校を卒業すると同時に「結婚しよう」とプロポーズまでしてもらって
結婚式当日のコトは幸せすぎてずっと泣いてた気がする
「唯…幸せにするよ」
「…はい、文人さん」
私ははじめて先生のコトを名前で呼んだ
それはおもいっきり恋をして、貴方を愛した私だけの物語りだよ
教会の外に出た時は空が綺麗な青さを、自由に羽ばたく白い鳥達を包み込むように広げていた
その幸せな光景は強く覚えている
私は憧れていた少女漫画みたいな本当のハッピーエンドを迎えたのだと信じて
これからもずっと幸せな夢が続いて行くんだと思ってた…
私の恋も愛も……文人さんだけのものだった……のに
ハッピーエンドを迎えた私は少女漫画と違って、そのまま終わりと言うコトではなかった
暫くの新婚生活はとても楽しかったけれど、結婚してから数ヶ月後
文人さんは徐々に私が知らなかった男の人へと姿を変えていく
日に日に帰ってくるのも遅くなって
「文人さん…遅かったね…何かあったの…?」
私がそう聞くと、文人さんは必ず怒鳴るようになった
「うるさい!オレは疲れて帰ってきてるんだ!!
黙って晩飯の用意でもしろ!!」
「は…い、ゴメンなさい…」
心が縮んで凍りつくような思いをする
不安だった
私には不安しかなかった
夜遅くに帰ってくるなんて…もしかして私の他に好きな人ができたとか?
何してるんだろう…
左の薬指で輝いていた指輪が今はくすんで見える
私の不安や心配は大きく膨らんでいく、文人さんは家に帰らない日もあった…
久しぶりに帰ってきたと思ったある日、文人さんはついに私に手を上げるようになる
「なぜお前みたいな女と結婚したのかわからない!!
顔を見るだけで腹が立つ、後悔しかないんだよ!!」
「ぃっ…」
痛い…と口から言葉がこぼれそうになった
文人さんが私を殴ったり蹴ったりする力に手加減をまったく感じられなかったから
でも、痛いやめてと声を出してしまったら
この結婚生活も終わってしまうかもって恐かったの…
身体の痛みも心も死ぬほどボロボロになっても、私は耐えた
耐え抜いた…
夫婦だって喧嘩する時があるでしょう
これは一時だけの悪夢…いつか…また……幸せな夢が返ってくるって信じていたから
……私はまだ愛していたの…どんなコトをされても
「文人さん…」
私は名前を呼ぶ
「言いたい事があるならはっきり言え!!」
痛む顔で精一杯微笑んでみせた
はじめて…文人さんが私を好きと言ってくれた時、私の明るい所が好きだって言ってくれた…よね……
私は明るく振る舞いたかった
そしたら文人さんは思い出してくれるかもしれないって思ったから、あの頃の気持ちを
「なんなんだよその笑いは…へらへら笑うしかお前には脳がないのか…?
気持ち悪い女だな」
「……えっ」
空気が凍りつく
文人さん…どうして……そんなコトを言うの……
私の中で大きな音がして何かが崩れていく
恋も愛も、私の信じていた美しい世界の全てが崩壊していく……
真っ暗になって…見えなくなる
「それが腹立つんだよ
誰にでも良い顔してちやほやされるのがいいんだろ!?
…どうしてオレはこんな節操がなく何の価値もない女と結婚したんだろうな…」
冷たく吐き捨てられた私の姿は間違っていた
私には男女関係なく友達が多かった
だけど、私は男の人に色目を使ったりなんかしない
笑うコトはあっても文人さんに向ける笑顔とは違う
文人さんは私を信じてはいなかった?愛してはくれていなかったの?
私の笑顔はずっと文人さんだけのものだったんだよ!?
なのに、私が他の人にも同じようにしてるって思ってたんだ…
文人さんの私の評価は明るいだけが取り柄でそれ以外はなんの価値もなく
今たった1つの取り柄までも否定されてしまった…
言われて…自分の価値を考えたら、何もなかったよ……
文人さんが私を信じていないコトに私は大きなショックを受ける
何も言えないくらいに…
大好きな人の冷たい声は私を殺した
私の心はもう何も感じられなくなったのに…
それでも私は黙って視界が霞んでも心が死んでも微笑むコトをやめなかった
私が笑わなくなったら何か言ったら、本当に終わってしまう
壊れた心のままでも…いつかは幸せが戻ってくるとしがみついていた
抜け出せない悪夢の生活が続いて、私は小さな世界に閉じこもっていた
家から出るコトができなかったの
目に見える私の身体中のアザは外の人にどう思われるかわかっていたから
そんな時、久しぶりに幼なじみが私の家を訪ねてきた
今日は大学が休みだから朝早く会いに来たって…
この日のコトはよく覚えている
朝からずっと夜遅くまで真っ暗でイヤな雨が降っていたコトも
インターホン越しで私は
「今日は忙しいからゴメンね」
と和也を追い返そうとした
「いくら忙しいからってずっと電話には出ないメールは返さないっておかしいだろ」
和也は私の話なんて無視して玄関のドアを開けて入ってくる
「おい、鍵かけないなんて無用心すぎんだろ唯」
あっ…さっき文人さんが仕事に出て行ったのを最後に鍵をかけ忘れてたんだ
「和也…困るよ」
「別に、文人も俺が幼なじみだって知ってんだし
最初の頃はここによくお邪魔してたじゃん
それが突然、暫く忙しいから来ないでって音信不通になったら心配すんだろ」
和也は玄関で靴を脱ぎながら喋っている
どうしよう…今の私の姿見たら…和也きっと……感づいてしまうわ
「なぁ唯、なんかあっ…」
靴を脱いで廊下に上がった和也は振り向いた時、私の姿を見ると言葉を失い固まる
「…なんにもないよ?
和也、せっかく来てくれたからお茶出すね」
私は笑って誤魔化した
「はぁあ!!!??なんにもねぇって、鏡見ろよ!?
いや自分でわかるだろそれ!?」
和也は強い力でリビングに向かう私の肩を掴んで振り向かせる
「女の顔に大きなアザがあって、なんにもないなんてありえねぇだろ!!
腕も足も…こんなの痛いに決まってる」
「私ドジだから、色々ぶつけちゃうんだよね…」
「唯は天然な所もあるけど、これはドジってレベルじゃねぇぞバカ!?」
やめて和也、私を見ないで
私を現実に引きずり落とさないで…
「あいつか!?文人にやられたのか!?
そうだろ!!あいつ以外に誰がいるってんだよ!!」
私は何も答えずに笑うだけ
和也気付いて…私は大丈夫だから、そんなコト言わないで……
和也の私の肩を掴む手の力が強くなっていく
文人さんに対して許せないと強い憎しみが伝わってくる
「なぁ唯!なんとか言えよ!?」
お前はなんかあった時こそ何も言わずに大丈夫って顔をするからバレバレなんだよ…
って言う和也は私をよくわかってるね…
和也は私が黙り込むと怒りに震えて涙まで流す
なんで…和也が泣くの
わかんないよ…和也のその気持ち
「いいや…唯が言わないなら文人に直接聞くから……
あいつが帰ってくるまでここにいさせてもらうからな」
「そんな、困るよ和也!?
和也には関係ないコトなんだから…和也が文人さんと話すコトなんてないでしょ!?」
「っ関係なくないんだよ!!
お前はいっつもそうだ…
俺の気持ちに少しも気付かずに……
何も言わせてもらえないまま、さっさと結婚しちまって…」
「か、和也…」
なんで…そんなに…怒るの……
和也は関係ないのにって言っただけなのに…
どうして……
和也の感情が高ぶっているのは目に見えてわかっても、その意味を私は考えてもわからなかった
「俺はずっと昔っからお前のコト……だったんだよ!!
お前があいつと出逢う前からずっとずっと……だった!!!」
いつものお調子者の和也と違って、真剣な表情と想いを言葉にする和也ははじめて見る人みたいだった
でも…私…なんかおかしいよ
和也が言った、とっても大切だったハズの言葉がまったく聞こえない
「和也…何言ってるのか、私…わからないよ……」
こんなに和也は私に必死に何かを伝えてくれているのに、私には何も伝わってこない
どうしちゃったの私…
「……唯…お前」
私の異変に察した和也はそれから何も言うコトなく、ただ私の手をそっと握ってくれた
…それにも私は何も感じなかった
小さい頃、当たり前のように繋いだ和也の手の温かなぬくもりさえも……
和也は自分が言った通り、文人さんが帰ってくるのを待った
「遅すぎだろ」
時計は23時を過ぎている
今日は帰って来ない日なのかも…
「文人さんきっとお仕事が忙しいのよ」
「唯に遅くなるってメールも寄越さない時点でねぇわ」
和也は私のスマホに今日1日誰からもメールや電話が来ていないコトに気付いていた
「…ちょっと、トイレ借りるな」
「うん」
和也がトイレに行くと私は自分のスマホを手に取る
文人さんから貰った最後のメールは数ヶ月前か
文人さんが仕事のお昼休みの時間にくれたもの
「唯、今日は早く帰れるから久しぶりに夜はどこかへ食べに行こう。…………。」
この頃はまだ新婚だったね…
文人さんはいつもメールの最後にある言葉を書いていてくれた気がする
なのに、私には見えていない
それでも私はまだ…この頃に戻れるんじゃないかって…信じて
ガチャっと玄関のドアが開く音が聞こえる
私はメールを開いたままのスマホをテーブルに置き、玄関に走った
鍵をかけていたから、このドアを開けられるのは文人さん以外ありえない
心は怯えてる身体は震えてる
大好きだった貴方を目の前にする今の私は知らない人に恐怖するみたいになってしまった
頭の中にあるのは、機嫌を損ねないように…それだけ
「おかえりなさ…い」
文人さんは玄関にある和也の靴を見て、私を物凄い目で睨みつける
「オレがいない間についに家に男を連れ込むようになったか…」
「えっ…違……ッ」
話を聞く気のない文人さんはおもいっきり私の顔を殴った
その強い力に耐えきれなかった私は廊下に倒れ込む
口の中で血の味がするよ
顔に手を当てるとぬるっとするのは…鼻血……
痛い…痛いよ凄く
今まで何も言わなかった私に気付いてほしい…
私は貴方のコトが今も好きだから…って、でもそれが死ぬほど苦しい
今まで我慢していた全てが溢れ出る
「もう……もう、ヤダよ……!!」
こんないつまでも続く悪夢!早く終わってよ!!
目覚めたいよ私…誰か…助けて、神様…
私…こんな未来望んでなんかいなかった
ただ大好きな少女漫画のように、幸せになりたかっただけなのに……
「唯ッ!!!!」
「和也!?」
顔を上げると廊下の先から怒り色に染まって完全に頭に血が上った和也が駆け寄ってくる
「やっぱりあんたが唯に手を上げてたんだな!?」
私は今にも文人さんに掴みかかりそうな和也を止める為に腕を掴んだ
「幼なじみだからって関係ない奴がでしゃばるな!
そこをどけ!それはオレのものだろ
どうしようがオレの勝手なんだよ!!」
「あんたッ…!」
和也は私が止める腕を振りきって、文人さんに勢いよく向かっていく
その右手にはキッチンから持ってきたのだろうと思う包丁が握られていた
私はそれが何を意味するのか理解するより先に事が起こってしまう
「唯を物みたいに言いやがって!
最初に俺は言ったぞ…唯を傷付けたら許さないってな…!」
カッとなってしまってる和也には私じゃもう止められなかった
文人さんは和也から感じた殺気と包丁を見て、抵抗をしようとするが
身体能力の高い和也にあっという間に捩伏せられ、一方的に生き耐えるまで包丁を何度も何度も刺しては引き抜かれていた
や…めて……和也…
そんなコトしたら……
「…はぁ…あんたの方が、価値ねぇよクソ野郎…」
文人さんが動かなくなると、和也は乱れた呼吸を整えながら包丁を投げ捨てる
そのまま、返り血をたくさん浴びた和也は私の横を通りすぎリビングに戻った
目の前には文人さんがたくさんの血を流して倒れている
「……………………。」
私は近付けなかった…
人が殺された死体をはじめて見て恐いからじゃない
私は…文人さんが死んだコトを認識すると
ようやく自分がこの悪夢から解放されたのだと思ったからだ
やっと…終わったのかと……
悲しい思いも泣くコトもなく、心は無で
私は自分が解放された事に安堵すらした
目の前で最愛な人が殺されたと言うのに、自分は助かったのだと思う最低な女だった…
「…唯」
リビングから戻った和也は自分のやったコトを自分で警察に通報したみたいだ
私を後ろから抱きしめる和也に私は何を言えばよかったのかな
「俺は後悔していないよ
唯はずっと文人に依存していただろ
だから…これでやっと唯は自由だよ」
和也は私がずっと見ていたこの悪夢を終わらせてくれた
私を文人さんからの依存から救ってくれたの
やっと終わった…
私はやっと私を縛っていた依存から抜け出せたのに
どうしてだろう…私はもうここから動けないと思った
だって…今の私に何があるの?何が残ってるの?
和也の手によって私を拘束するものはなくなって、私は自由になれたハズなのに…
「でも…和也……」
私は少しだけ正気を取り戻す
和也は、やってはいけないコトをやってしまったと現実に気付いたの
でも、私が気付いたのは遅くて私が和也のほうを振り向こうとした時、外でパトカーのサイレンが聞こえてくる
息つく暇もなく数人の警官が駆け入ってきて和也は取り押さえられた
私は手を伸ばしても和也の手を掴むコトができなかった
遅すぎたのだ
気付くのも、血に濡れてしまった和也の手には…もう届かない
「唯…元気でな!!」
最後に和也は私に笑顔を見せてくれる
玄関の開いたドアからはたくさんの雨が降っているのが見える
雨の音は今日の出来事を私の心に深く刻み付けた
私は和也にたくさんの言葉を伝えたいのに、喉に詰まって出てこない
そして、すぐに雨の降る外へと連行されて見えなくなってしまう
「ま、待って……」
和也は自分の人生を懸けてまで…私の為に…人殺しを……
違う…私の為じゃない私のせいだ…私のせいで和也は……こんなコトに……
こんなの…イヤ……こんな事になるなんて、私が間違ってたんだ
全部…全部…
文人さんが死んだのも私のせい
和也が人殺しをするコトになったのも私のせいだ
こんな…私なんて
文人さんの言う通り、誰かを不幸にする私に何の価値があるの!?
どうして私は自分の価値のなさに最初っから気付かなかったんだろう
最初っから気付いていれば誰も不幸になんかならなかったのに!!
「あぁ…和也…ゴメンなさい……私のせいで」
…苦しいよ…辛いよ…悲しいよ……
だから悪夢なら覚めてよ
「私は…」
和也が投げ捨てた包丁を拾い上げようとした
でも、警察の人に止められてしまう
なんだいたの…見えなかったわ
私の邪魔をしないで、私を死なせてよ
終わらせたいの…全てを
もう何も見たくないんだから…
まだ悪夢が続いてる…
私はドコまでも闇に落ちていってしまう
真っ青な空なんてもう見えなくなるくらいに……
-続く-