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Under The Sky  作者: 黒蛙
開幕
1/39

01

 一陣の風が乾いた砂を巻き上げ、外部カメラの視界を埋める。

 ゴツゴツした茶色の岩肌を、極小に砕けた彼の欠片がさらさらと踊り落ちる。

 遥か太古の人々はラクダを引きつれ、このような餓えと乾きの地獄を渡り歩いたのだという。

 信じられない話だ。

 ディスプレイに映し出される外の光景は到底人が踏破できるような環境とは思えない。

 しかしながら、その精神は未だ変わらずに根付いている。

 人を【機装】に代え、ラクダを【陸艇】に代え。

 おおよそ二百年前かそこら、世界は大きな争いに身を委ね、そして身を滅ぼしたらしい。

 それまでは、人は世界を埋め尽くす程に数を増やし、ありとあらゆる場所に人工の建造物が立ち並び、多くの街があったらしい。

 信じられない話だ。

 俺の知りうる世界は、街と呼ばれる場所は点々と存在しているにすぎなく、更に言えば過去の遺産ともいえる廃墟を利用し、住処としている程度。

 緑という言葉は色を示すモノでしかなく、森などという言葉は久しく使っていない。

この場所も多少の緑と、多くの人で賑わっていたという。

 しかし俺の視界に映るこの場にあるのは切り立った岩肌と、乾いた砂ばかりだ。

 そんな荒れ果てた大地で人が求めたのは、いかなる場所でも稼働できる機械の存在だ。

 いかなる場所をも踏破する機動性と、細かい作業をも行える器用さ。

 それらを求め、行き着いた先は大型の人型作業機、【機装】

 今となっては本来のアイデンティティは消え去り、残ったのは兵器としての【機装】だけ。

 大きすぎる力により身を滅ぼしたというのに、それを忘れた世代はまた力を求める。

 人の業…とでもいうべきなのだろうか。

 まぁ、そのお陰で、現代の賞金稼ぎともいえる俺達のような存在が生まれたのだが。

 太古のキャラバンのごとく、寂れた荒野を【陸艇】という巨大な陸上船舶をもって走破しようとしている彼らもまた、【機装】という人が新たに作り出した力の恩恵を受けている連中だ。

 今回の目標となる奴らはヴァルチャーと呼ばれる者たちだが、俺達が賞金稼ぎだとすれば、奴らは山賊。

 まったく違うモノだというのに、詳しい事情を知らない一般人からは同じヴァルチャーでひと括りにされているのは個人的には非常に憤慨ものだが、そう呼ばれてしまっている事実は否定しようがない。

『はろぅ、クロ~イツ。首尾はどうよん?』

 ザッっという一瞬のノイズと共に、装着したインカムから流れる人を小馬鹿にしたような口調の男声が、俺の崇高な物思いを中断させた。

 声に混じり聞こえて来るのは腹の底に響くような重低音と、人の叫び声らしき音。

「またメタルか?ウィル」

 口元へと伸びる安価な通信装置たる小型マイクを僅かに引き寄せ、大きめの声にてその男声に答える。

『ちげぇよクロイツ、何度いゃ分かるんだよ。メタルじゃねぇよ、デスメタルだ』

 帰ってきた答えは呆れ半分怒り半分といったところか。

 先ほどよりは僅かに声が荒くなっているような気がするが…正直不必要なBGMになってしまっているメタル…いや、デスメタルか、ともかくそいつの所為で口調の変化など聞き取る余裕は無い。

『ってか、首尾はどうだっつってんだよ。分かってんのか?』

「……OK、何とか聞き取れた。こっちは問題ない。それよりもいい加減名前を覚えろ、俺は黒木一真だ」

 こいつとつるみ出してからもう大分経つが、何時までたってもちゃんとした本名で呼ばないのは如何なものか。

『いいじゃねぇか、クロイツ。氏名の頭取ったらクロイチだろ?それを俺の素敵な感性でちょろっと変えてやっただけじゃねぇか。何が不満なんだよ』

 何が、と言われるとウィリアム・B・高橋という馬鹿と共にこんな物をやってしまっているところから始まるのだが、わざわざ言う事でもあるまい。

「玲、そっちはどうだ?」

 通信のチャンネルは変更せず。

 同じ周波数にて受信しているはずのもう一人の仲間へと答えを求めて送信した。

『んだよこら!俺の話無視すんじゃねぇよ!』

『……もうすこし』

 割り込んでくるウィルの声が無駄にでかい所為もあり、そのぼそっと呟いた言葉を思わず聞き逃すところだった。

 もう一人の通信相手、上春日玲ともだいぶ長い付き合いになりつつある。

 当然、彼女もウィルとは付き合いが長く、扱いには慣れているようだ。

 ウィルに対してはスルーしてやるのが一番面倒がなくていい、

『おいおい、チンタラやってんじゃねぇよ?』

『……うるさい、だまれ。むしろ死ね』

 慣れているはずなんのだが…。

 彼女の場合は条件反射的に毒舌が出るようなので仕方ないか。

『おぉ~こわ…っと、玲も戦域に入ったみてぇだな?』

 こうして玲と他愛も無い冗談をこなしながらも、ウィル自身も、己の分担を忘れない。

 ウィルの声に正面のディスプレイを確認すれば、自分の後方に味方機を示す青のマーカーが点灯する。

 事前に作戦領域と設定した空域へと、彼女が侵入した証だ。

『んじゃ恒例の、目標の確認といきますか。はい玲君!答えて見なさい』

『目標、【桜花】に待機中のウィル。目的、目標の沈黙、というか殺す』

『ハハッ、やれるもんなら…おい…ちょっと、待て!【水破】ロックすんな!シャレにならん!!』

『…しゃれじゃないから』

『シャレだったら珍しく面白かったのにな!!』

『それは残念』

「はいはい、その辺にしとけ」

 この調子で行くと本気でウィルに対してぶっ放しかねないのでこの辺で水を差しておく。

 もっとも、この二人の場合俺達が居るこの砂漠の様に、多少の水を差したところですぐにカラカラに乾いてしまうのだが。

 ともあれ、その一瞬の潤いが重要だ。

 滴り落ちる水はいつか石をも穿つという言葉もある。こうして諦めずに水を注ぎ続けることが重要なのだろう。

 地に吸い込まれること無く、蒸発して終わっているのではないだろうか、と言うことはあえて考えないようにしたい。

「ターゲットは前方の輸送艇。中身は知らん。とりあえずぶん殴って掻っ攫うってのがいいだろう?」

『おーけーおーけー、こういうことに関しちゃ大雑把なクロイツにしては上出来だ。まずは俺が適当な砲撃をかまして足止めすっから、その隙に玲は相手の足を押さえる。クロイツは相手さんの機装をさくっと潰してくれりゃいい。因みに敵さんの戦力は集めた情報によるとビゼン製地上型重機装【金剛】が三機だけだ』

「金剛?」

 その名前に思わず疑問符が浮かんでしまう。

 機装メーカー『ビゼン』はトップシェアを誇る大企業。

 機装開発にもっとも早く着手した企業の一つといわれ、長い歴史を持つ由緒正しい企業でもある。

 という事は勿論、その歴史の長さに比例して開発した機体の数も多いという事だ。

 今でこそ地上型、という分類名称が追加されるが、ビゼン製重機装【金剛】が開発されたのはもう既に30年近く前の話だ。

 俺達が生まれる前の話となれば、眉を顰めてしまうのも納得いくだろう。

 もっとも、問題は【金剛】が古いということではない。

『…ずいぶん古い』

 玲も同じ事を考えているらしく、声に不信感がありありと見える。

「ウィル、この話、信憑性は確かなんだろうな?」

 そう、問題はそんな旧式が護衛するような陸艇に旨みがあるのかどうか、という事だ。

『もっちろんろんよ』

 きっぱりといいのけるウィル。

 情報戦という分野では俺や玲はウィルに太刀打ちできない。

 実際今回の様な情報もその殆どがウィル経由でやってきているという実績がある以上、あまり大きな文句を言える立場でないのも確かだ。

「まぁ、お前の情報網は信用してるけどな」

『ガセだったら殺す』

『この間、酒場に居た奴と陸装機兵イガイガーの話で意気投合してな。そんときにぽろっと口にしたのをしっかり覚えてたわけよ』

「情報の出所は分かったが…イガ?新しいタイプの機装でもロールアウトしたのか」

『ちげぇよクロイツ。てめぇ遅れてんな?イガイガーっつったら今大人気の機装バトルアニメじゃねぇか。大抵の野郎は主人公機のイガイガーとか、ライバル機のウニークスあたりが良いとか抜かしやがるんだが、やっぱ分かってる奴ってなぁいるもんだぜ。話を作ってるのは間違いなくザムールだっつーの。なぁ?』

「……今からでも遅くない、帰るか」

『殺す』

『ちょ、いや、まて、ほら、あれだ、その…冗談だ冗談!本気にすんな!』

「つまらん冗談だな」

『殺す』

『うわっ、ちょっ!待て!玲…まっ…くそっ、冗談も通じねぇ石化頭が!ロックはずせ馬鹿!アホ!貧にゅ』

 

 ガウゥン!!!


「……あ~ぁ」

 ペチッと額に手を当て、思わずため息をついてしまった。

 結果的には俺も煽ったようなものなんだが、ともかくドNGワードに足を踏み入れたウィルが全面的に悪いだろう、という事にしておく。

 玲が搭乗している機装が後方向けに構え、銃口から煙をゆったりと上げているのはムツ重工製318式対陸艇用狙撃ライフル通称【水破】

 高威力、長射程を売りに出された対陸艇用大型狙撃ライフルだ。

 確かに売り文句である威力、射程には不満は無いが、その反面、重量、命中精度には聊かの不安を抱かずには居られないらしい。

 ウィルの好むメタル…デスメタルが奏でるバスドラムの様な重低音を伴った射撃音から数秒、とりわけ大きな破砕音がしないという事は直撃は免れたって事だろう。

『てめぇ玲!いい加減にしやがれ!この鬼!悪魔!貧―』

『……』

『弱な頭の私が全て悪かったですごめんなさいすみませんもうしわけありません』

 そのままドボン二度目となったならば、もはや救いようなどありもしなかったのだが、どうやらギリギリ蜘蛛の糸を掴む程度の知能はあったようだ。

 寧ろ野生的な直感で身の危険を感じ取ったのかもしれない。

 それならば最初の失言にも気づいてほしかったものだ。

 ともかく、誰かと誰かのお陰で当初の予定は見事に狂わされてしまった。

 ディスプレイの望遠ウィンドウに写る陸艇の動きが変わる。

 静音を重視した中速走行から速度を重視した高速走行へとシフトアップし、更には目的となるかの陸艇、ミナナギ造船製陸艇【ハ24式陸艇】がハリネズミの愛称で呼ばれる所以となった多数の対機装用銃座にも火がともったようだ。

 相手の戦力となるはずの三機の機装が出撃してきていないが、完全な戦闘態勢。

『ちっ…玲が派手に騒ぐから気づかれちまったじゃねぇか』

『……ウィルに言われたくない』

「いい加減にしとけお前ら。とりあえず予定は変更だ、強攻する。ウィル、援護頼むぞ」

 じゃれあいの時間は終わり、此処からは狩りの時間になる。

 いつでも遊び心の抜けないウィルとはともかく、玲はそろそろ気持ちの切り替えをしておいて欲しいところだ。少し言葉が荒くなってしまった。

『あいさー』

 そんな雰囲気を察したのか、特に言葉を続けることも無くウィルからの了解の言葉。

「玲、ハリネズミの足を止められるか?」

『…古いホバー式なら余裕』

「OK、頼りにしてる」

『カズマも、古いのだからって油断しないように』

「問題ない、任せろよ」

 望遠ウィンドウのハリネズミは先に移動しつつある。

 機器類をパチリパチリと操作しつつ、一つ鼻で大きく息を吸い込み、口からゆっくりと吐き出す。

 ハッチの隙間から漏れてくる埃っぽい外気の匂いと、コックピットの内部に充満している皮と油と鉄の香りを吸い込んで、意識を砥いでいく。

「行くぞ!」

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