SCORE4: DESPERADO☆1
ギャリーはずっと夢の中にいるような気分だった。
が、駐車場まで来た時、コニーはいたく現実的な質問をした。
「大丈夫か? 運転できるのか?」
「え? うん、多分……」
激烈な愛の洗礼の後で──足取りがおぼつかず車のドアに寄りかかって頻りに頭を振っているギャリー。その様子を見てコニーは言った。
「危なっかしいな! 俺が送ってくよ。俺の車に乗れよ」
ギャリーは吃驚してコニーを見た。
「車、持ってたのか?」
「昨日、誰かさんに同乗できないと身をもって知らされたからな? 今日は自分のに乗って来たんだ」
ギャリーの腕を引いて歩き出しながらコニー、
「おまえのはここに置いといたらいい」
「でも、そうしたら──明日、困るだろ。登校できなくなる」
「馬鹿だな」
コニーは笑った。痺れるような、それこそ世界中をパッと照らすような笑顔だった。
「明日の朝も、俺が迎えに行ってやるよ!」
(親が金持ちだというのは本当なんだ……!)
傷一つない新品のエクスプローラーの助手席に座ってギャリーはそう思った。
こんな車、乗ったことがない。あんまり気持ち良くてついウトウトしてしまった。
クリークを突っ切って、ロイズの農場の敷地の終りを告げる楢の林に差し掛かった時、慌ててギャリーは叫んだ。
「あ! そこ! 曲がって──」
「うん。知ってるよ」
さり気ないコニーの返答に一瞬、ギャリーは聞き返した。
「え?」
「いや、何でもないさ」
ハンドルを握っているコニーは絵になっていた。クールで美しい。いつものことだが。
加えて、今日はミステリアスでもある。
助手席のギャリーとしては見蕩れないように自重しなければならなかった。欲情になっちやったらこれ以上体が持たないよ。
咳払いして窓の外に目をやる。が、長くは続かなかった。
結局、コニーを見てしまう。デニムのシャツを腰に巻いて、黒のTシャツの袖から伸びた腕の産毛も金色なんだな? 物置の中では気づかなかったけど。あの腕が俺を──
思い出に抵抗するのはもうやめた。そっと息を吐くと瞼を閉じ、コニーが味あわせてくれた夢の形……蜜の味をエンドレスでナゾってみるギャリーだった。
そうこうしている間にもう車は自分の家の前にピタリと止められていた。
「さあ、着いた!」
「寄ってくかい?」
「うーん……今日は遠慮しとくよ。だって、そら」
コニーの意味深な微笑みにギャリーは首を傾げた。
「?」
「おまえの親父さん、堅物で有名なんだろ?」
「親父じゃなくて、伯父だよ。でも──」
ギャリーは屈託なく笑った。
「うん、性格の方は当たってる!」
「経験上、そういうのに限ってやたら勘はいいからな」
コニーも笑って、人差し指を突き出した。
「俺が張本人だってバレちまうに決まってる……」
「何が? 何をさ?」
「それ。可愛い甥っ子の首にキスマークをつけた、さ!」
「!」
初心なギャリーは慌てて首を押さえた。それから、真っ赤になって言い返した。
「か、からかうなよ! それに、絶対、わかりっこないよ! 今の伯父貴の状態じゃあ」
「へえ? どういう意味だい?」
コニーの目が妙に光った気がした。
「うん。伯父貴、今、凄く落ち込んでるんだ」
バックパックを肩に引っ掛けながらギャリーは、今現在伯父が篭っているであろう小部屋の窓を振り返った。
「あそこに閉じ篭り切りでさ」
「そりゃ、またどうして?」
「さあ? 失恋じゃないかな?」
コニーは魅力的にニヤリとした。
「だったら、尚更、見せつけちゃまずい。明日、迎えに来るよ!」
「うん。じゃ……」
ギャリーは開けたままだった助手席側のドアを閉めようとした。
「あ、ギャリー」
「え?」
コニーは強引にギャリーを引っ張り込んで口づけをした。濃厚なフレンチキス。
それだけでギャリーは蕩けそうだった。
これも昨日までは知らなかったこと。たったひとつのキスだけで人は体内に刻まれた愛の痕跡を呼び覚ますことができるのだ。つまり、貫かれたあの刹那の──目眩く陶酔、一瞬で爆ぜる感覚……オレ、オマエナシデハ、モウ、ダメダナ……
「こんどこそ、じゃあな!」
コニーは自分で助手席のドアを閉めた。ギャリーは口が聞けなかった。
コニーのエクスプローラーは静かに発進して行く。
今日、佇むのはギャリーだった。
窓ガラスに映る影。肩の上の乱れた黒髪。細い鎖骨。バックパックは左腰の辺りまでずり落ちている。さっきのキスの名残りそのままに緩く解けた右の掌……
そういった全ては、すぐに車窓からバックミラーへと流れ込んだ。
コニーもまた、昨日のギャリー同様、小さくなって行くその影を凝視し続けた。
やがて、ギャリーの姿の消えたバックミラーにコニーは自分の顔を映して見た。
苦悩に歪んで、直視できた代物じゃない、とコニーは思った。
「天使か? 出来過ぎだぜ。悪いジョークもいいとこだ」
── まさか、こんなことになるなんて……
コニーはハンドルを拳で叩くと喘いだ。
「畜生!」




