SCORE3: OL'MAN RIVER☆2
ギャリーは家へ帰るつもりだったのだが、駐車場へ辿り着く前に、グランド脇の体育館裏手で呼び止められた。
「見直したぜ、ギャリー?」
それは先刻の不良グループのボス、TMだった。背後には腰巾着の面々。
「おまえさんが俺に加勢してくれるとはなぁ! 光栄だったぜ」
「別に、俺はただ──」
「ふーん? おまえはただ? 潔癖で真面目ないい子ちゃんだから? 常に正義の側に立つんだよな? 売春やって取っ捕まった不潔な人間なんて許せない、そうだろ?」
「そんなんじゃないさ。いいから──どいてくれ」
「冷たいこと言うなよ。さっきはあのクズ野郎相手に、俺たちは正義の連合軍だったじゃないか。勝利を祝して──どうだ、一服?」
TMは胸ポケットからジョイントを引っ張り出した。
横目で探るようにギャリーを見て、
「〝JUST SAY NO!〟か? ホント、いい子ちゃんだよな?」
「!」
ギャリーはTMの差し出したソレを掠め取った。
どうせ今日は無茶苦茶な気分なんだ。これ以上──何だってんだ?
TMが手を叩いて笑った。
「そうこなくっちゃ!」
「それにしても──授業をサボるなんて珍しいじゃないか?」
ゆっくりとジョイントをふかしながらTMが言った。
体育館裏の道具置き場。薄暗がりの中を煙が気怠そうに漂っている。
「何だ、その面は? ははぁ、今頃になって、やっぱ後悔してんだな? 野郎を傷つけたことを?」
「まさか!」
ギャリーは咳き込んで否定した。
「何で俺が後悔しなきゃならないんだよ。あ、あいつは非難されて当然のことをしたんだから……」
あいつは非難に値するんだ。多分、多分、多分……
あんな聖画の天使みたいな顔して売春なんて真似……
でも、よく考えたら、あれは単なる噂に過ぎないんだっけ?
「噂なもんか。紛うことなき真実さ!」
TMが笑ったのを見て、ギャリーは自分が心で思っていることを全部口に出して喋っていたのを知った。だが、そんなことはいい。それより──
「何故、そんなに確信持って、〝真実〟だなんて言えるんだ?」
「その情報提供したの、俺だから、さ!」
ギャリーは震え上がった。
「ガセネタじゃないって言えるのか?」
TMは澄まして答えた。
「当然。だって、実際、俺、あいつを買ったんだ」
「──」
衝撃が大き過ぎて、今や声も出ないギャリー。
TMは淡々と教えてくれた。
「母方の親戚がLAにいるんだ。去年の夏、遊びに行った時、従兄弟と一緒に例の通りに繰り出して、そこであいつを見つけて……遊んだのさ! いくらだったか知りたいか? 野郎、べらぼうな金額吹っかけて来やがった。でも、あの通り、あんましキュートなんで……何より従兄弟がノボせちまってね。それで話をつけて、従兄弟と二人して──」
TMは気持ち良さそうに詳細をベラベラ喋り続けた。頭はいいが気の弱いUCLA大生の従兄弟や、映画会社の重役であるその父親のデビルカードや、乗り回しているカマロのことなんてギャリーはどうでも良かった。
知りたかったのは唯一つ、コニーのことだけ。
いや、知りたくなかったのは、か? 自分でももうよくわからない。
「世界は狭いよな?」
そう言ってTMは話を締め括った。
「俺だって驚いたよ。まさか、よりによってあの素晴らしい夏休みの一夜を俺と従兄弟に提供してくれた可愛い子ちゃんが俺たちの辺鄙な町の転校生とはね!」
TMはここでイーグルスの〝NEW KID IN TOWN〟をハミングした。
ギャリーが無反応なのを見て、少々がっかりした顔になった。
「野郎の親父が名門だってのも事実さ。野郎自身の口から聞いたわけじゃないけど、事の最中でも品のいいのは充分伝わったよ。だからさ、今あいつは矯正期間ってわけだろうな」
黙っててやっても良かったんだ、とTM。
「あいつがここで静かに暮らしたいんなら前歴を秘密にしてやってもいい。勿論、その見返りに俺と仲良くしてくれたら、だけど。俺はいたく紳士的にそう申し出たんだぜ」
転校初日、学校の人気のない廊下でTMはコニー・ヘイルに提案したそうだ。
「それをあいつ、拒否しやがった! 急にお高く止まりやがって……『おまえなんか知らない。人違いだろ?』だとさ! だから、こっちもお返しに即、秘密を暴露してやったんだよ」
TMはケタケタと笑って付け加えた。
「こう噂になったんじゃ、野郎、もうここには居づらくて──もっと別の街へ引っ越すかもな? でも、俺は全然寂しくないよ」
TMの声がやけに近く、耳元で響いているのをギャリーは気づいた。それから、その手がシャツの中に差し入れられたのも。乳首を這う汗ばんだ手。
「代わりに、おまえと知り合いになれたもんな?」
「よせよ」
「シッ、いいじゃないか。気づかなかったか?」
首筋にぴったりと唇を寄せてTMは囁いた。
「俺、ずっとおまえのこと気に入ってたんだぜ? でも、おまえ、ガード固くってさあ。今まで付け入る隙なかったんだよな?」
「放せよ」
「やだね。こーんなチャンス、誰が見逃すかっての!」
「畜生……」
多勢に無勢だった。TMの仲間がここに何人いるのか正確に数える気もしない。
(天罰だ……)
そう思った後で、一瞬ギャリーは笑ってしまった。
── 何、馬鹿なこと、こんな時考えてるんだろう? でも、天罰だ
さっき、聖画を粉々にしたからな……