SCORE2: ONE OF THESE NIGHTS☆2
最初からあんな子がこんな片田舎に越してくるなんておかしいとは思ったのよ、と前置きした後でメリッサは一段声を落として話し始めた。
「コニー、一人で引っ越して来てるみたいなの。それでね、案の定、良からぬ噂が漏れ聞こえて来て……あの子、問題児らしいわよ。何でもLAで、男相手の売春行為で警察に捕まったんだって。それで、ほとぼりを冷ますために親が転校させたって」
もう少しでギャリーはコークを全部吐き出すところだった。
それは何とか持ちこたえたが咳き込んで椅子から転げ落ちた。
「ほら! だから、聞かない方がいいって言ったのに」
心配するジジを遮ってギャリーは聞いた。
「ま、待てよ、メリッサ、一体そんな話……どこから聞いたんだよ? ほ、本当のことなのか?」
「信憑性大有りよ! この学校の生徒でLAでのコニーを知ってた人物がいたんですって」
「そういう事情なら辻褄が合うのよね」
別の一人が口を挟む。
「コニーの住所調べたら、吃驚! 川向こうの別荘用の一画なのよ。ほら、不動産屋が新しく売り出した凄い豪邸が立ち並んでるあの地域。一人してそんなとこに住むのからして曰くありそうだとは思ったわ」
「じゃ、親は金持ちなんだ?」
「やだぁ! 金持ちなのに何で売春?」
「そりゃ、趣味だから、でしょ?」
「イカスんだけどねえ、所詮、ゲイじゃねえ……」
もはやその他大勢の女子の声などギャリーの耳には入って来なかった。
合成樹脂の青い椅子の縁を握り締めている恋人を気遣ってジジが囁いた。
「大丈夫? 立ち直れそう? 伯父さんに似てあなたも硬いものねえ?」
一瞬ギャリーは身震いした。
「俺が? 何だって?」
「ロドリコに似てるって言ったのよ。勿論、いい意味でよ。フフッ」
ジジはサンドイッチを一口、噛みちぎって微笑む。
「ロドリコもあなたもクールで真面目な正統派だわ。それって、恋人としては凄ーく安心」
「そんなことはない」
「え?」
(その見方は間違っている。伯父貴はともかく、俺に関しては……)
ギャリーは思った。俺は熱くて凄まじい。
COOLではなくて、CRUDEなんだ。
でなきゃ、何でこれほど苛まれる?
「コニーの使ってた源氏名知りたい人!?」
熱弁を振るっているメリッサの声。
「キャー! そんなのまで漏れてるの?」
「知りたい、知りたい!」
「私の聞いたところでは──〈ICON〉だそうよ」
勿論、ギャリーは聞き漏らさなかった。
ICON…… 聖画か。
「ギャリー?」
ジジには気分が悪いんだと思わせとけばいい。
両腕を体に巻いて俯いたまま、ギャリーはこっそり微笑んだ。
── 〈黄金の聖画〉とは、ハマり過ぎもいいとこだ……!
コニーが売春行為をしていたと聞いてギャリーはショックを受けたが、それはGFのジジが考えているような意味ではなかった。ギャリーは思ってしまった。『ラッキー!』と。
金でカタがつくなら何て簡単なことか!
午後の教室で──この日、新任の教師がブラウニングの詩について熱く語る英語の授業中──ずっとギャリーは金でコニー=イコンを買う自分を夢想した。
(幾許かの金であいつが一晩、確実に俺だけのものになるなら、金額なんて問題じゃない!)
コニーがもう今はソレをやっていないことをギャリーはどれほど口惜しく思ったことか。
ネガティヴで姑息な考えだとは認めながらも、もはや、そのくらいギャリーはコニーが欲しかった。
欲しくてたまらなかった。
「ハイ!」
「!」
最初、幻だと思った。
今の今まで頭の中でその姿を思い描いていたから。
それで、目の前に立っているのが現実のコニー・ヘイルだと認識するまでかなり時間がかかってしまった。
コニーはじっと待っていてくれた。
今日のコニーはジーンズに真っ白なシャツ。またも釦を三つ外して、小さな金の十字架が鎖骨に燦いている。
「コ、コニー? わ、悪かった、ゴメン……」
本人だと知って、ギャリーは跳び上がった。
(欲しがってたのが顔に出てるかな……?)
「何が? あんた、何か俺に謝るようなことしたっけか?」
コニーはちょっと面白そうにニヤリとした。それから、握手の手を伸ばして、
「あんた、ガブリエル・ベンチだろ? よろしく」
「こっちこそ、よろしく。ギャリーって呼んでくれよ。そう呼ばれてる」
「家、どっちの方向? ギャリー?」
「北へ二キロばかり行って──」
ギャリーはハッとした。チャンスだ!
「足、ないのか? 良かったら乗せてくよ」
「ギャリ──!」
ここでジジが勢い良く跳びついて来た。
「お待たせ! さあ、帰りましよ。あれっ、どうしたの?」
「いや、彼も乗せてってやろうと思ってさ」
「でも、コニー君、東地区でしょ? 川向こうの新興住宅地だって聞いたけど?」
ジジは素早く左右を見回すとまだ教室内に残っていた一人を指差した。
「ほら、あれ! あそこにいるダニーが同じ方向よ。じゃねー!」
「お、おい……」
ギャリーの背中を押してジジは廊下へ滑り出た。何度か後ろを振り返りながらギャリー、
「そんな距離変わんないぜ。郡道沿いに湖の方回れば──」
「いいから!」
ジジはギャリーの手を掴んで早足に歩き出した。
せっつかれて車を発進させた時、正面玄関の前に立っているコニーの姿が見えた。
あの後、ダニーに声をかけたのだろうか? 周りには誰も見えなかった。
コニーは一人で立っていた。
いつも引っ詰めている髪の紐を解いて、金の雨のように髪を風に嬲なせている。
「──」
ギャリーはほとんど目が離せなかった。
彼のいる風景を惜しむように、ゆっくりとハンドルを切る。
やがて、窓ガラスから消えて行っても、ギャリーは執拗にバックミラーにその姿を探した。
バックミラーの小さな長四角の中に収まってもコニー・ヘイルは美しかった。
またしても、彫像のように──イタリアの何処かの街の市庁舎に立つ青年像のように──立ち尽くしてこっちを見ている(ように思える。)
── 黄金の聖画だ。俺の……
ギャリーは深く息を吐いた。




