SCORE8: COUNTRY COMFORTS☆1
コニーが流星のような引っ掻き傷を無数につけた車をゆっくりと止めたのは自宅前だった。
小石を敷き詰めた玄関前の私道に足を下ろすと、裏庭の方から音楽が漏れ聞こえて来るのにコニーは気づいた。
プールの横の四阿にテーブルと椅子が備えられていて、その足元に置かれたオーディオセットから流れる WE'VE ENDED AS LOVERS ……
続く曲目は全部で九曲。今はその1曲目だ。
九曲、全部聞き終わるまでにはあらゆることがきちんと終了していると、あんた、思ってるんだね、ネッド?
ギャリーはコニーに引っ張られて車から出た。
目隠しをされているので周囲は見えない。自分が何処にいるのかわからなかった。
鼻に皺を寄せて訊いた。
「ここは何処? ガスステーションか?」
「いいから黙ってろ」
「遅かったじゃないか、イコン!」
ネッドは四阿の白いロイドチェアを蹴って立ち上がった。
「これじゃゲストの方が先に着いてしまうところだったぞ?」
「ちょっと手間取ったのさ」
コニーはギャリーの背中を押して誘導した。
「でも、ご覧の通り、ちゃんと連れて来たぜ。こちら、俺のご学友、ガブリエル・ベンチ君」
ネッドはポカンと口を開けて二人を見た。明らかに当惑していた。
「おい、こんなに厳重にする必要はないぞ?」
コニーが背後から抱えるようにして連れて来たその少年は、後ろ手に縛られ、両足も、歩けはしても走れない程度に縛って、目隠しまでされている。その上で肩からすっぽりと毛布で覆う念の入れようだ。
「緊縛はわかるが──目隠しはいらない。別に見られたところで支障はないんだ」
ネッドはバンダナを外そうとした。コニーは手を伸ばしてそれを制した。
「心理上の効果ってやつさ。こいつにおとなしくしていて欲しいんだろ? 人は両手両足を拘束されて、その上視界も塞がれちまうとそれだけで精神的にマイッちまう。逃げる気力も抵抗する気概も萎えちまうんだ」
ネッドは皮肉っぽく笑ったが、納得した様子だった。
「ふうん。なるほどな? その手のことはおまえなら身を持って知ってるってわけだ」
ちょうどその時、表で別の車の音がした。
玄関前に乗りつけて来た牧師のピックアップダートの息切れしたエンジン音──
ネッドは身を捩っってそっちを振り返った。
予てからの指示通り、ロドリコ・ベンチは屋敷の右手、アザレアを植えてある小道を通って真っ直ぐに裏庭のプールサイドへやって来た。
色褪せたジーンズとフランネルのシャツといういつもと変わりないスタイル。
ネッドはギャリーを空いている椅子に押し込むと客人を出迎えにプールの端まで歩いて行った。
椅子の中からギャリーはコニーに囁いた。
「俺に騒いだり暴れたりして欲しくないって? なら、口でそう言えばいいんだ。こんな真似しなくっても。俺はおまえの言うことならなんでも聞くんだから。モーテルのベッドの中で俺が言ったこと、忘れたのかよ?」
「頼むから、黙っていてくれ。でないと猿轡もしなくちゃならなくなる……」
プールサイドでは、今まさに二十年ぶりの再会が実現しようとしていた。
「約束通りだな? 褒めてやるぜ、ルーポ? おとなしく、ちゃんと、ようこそいらっしゃいました!」「……久しぶりだな、ネッド?」
ロドリコはちょっと目を細めて古い友人を見た。
ちょうど夕焼けが始まっていて、重厚な石造りの屋敷の窓々やプールの水に夕陽が反射して眩しかった。
「久しぶり、か。二十年は長いものなあ?」
そう言った後でネッドは付け足した。
「だが、昨日のようにも思える。俺たちが最後に会ったあの日のことは」
いったん言葉を切ってから、噛み締めるようにして、
「ずっと毎日、思い返していたんだ。そのせいか、あの日のおまえの姿は鮮明で……なんだか不思議な気分だよ。こうして、現実のおまえを前にすると」
ネッドは立ち止まって目の前に立っているロドリコを繁繁と眺めた。
「本当に? これはあの日のおまえかい、ルーポ?」
声が震えた。
「おまえ、年をとったなあ! それはそれで──相変わらずセクシーだぜ。尤も」
ネッドはサングラスを取った。
「俺の方は、年をとったかどうかさえわからない面だろ? どうだ?」
「おい、あそこにいるのは、俺の伯父貴かい?」
ギャリーがコニーを振り返る。
コニーはギャリーの肩に手を置いて力を込めただけ。
「何故だ? 一体、ここで何が始まるって言うんだ?」
「どうぞ、こちらへ」
「!」
ネッドに促されて四阿の方へ歩き出したロドリコの顔が硬った。そこに座っている先客に視線が釘づけになる。
「ギャリー!」
ロドリコは動揺を隠そうとはしなかった。
「じゃ、やっぱり? 貴様……あの子まで巻き込むつもりなのか?」
「何を今更。当然の報いさ。おい、イコン!」
ネッドはジャケットの内ポケットから銃を出した。それをロドリコに向けながらコニーを呼んだ。
「こってへ来て、念のためお客様のチェックをしろ。まさかとは思うが下らん武器なんぞ携帯されてちゃせっかくのパーティーが台無しだからな?」
命じられた通りコニーはギャリーの傍を離れてプールへ走った。
「俺は武器なんか持っちゃいない」
コニーにボディチェックをされながらロドリコは言った。
それを聞いてネッドは面白そうに笑い出す。
「ふーん、そう言や、あの夜もおまえは武器なんか持っちゃいなかったもんな?」
瞬間、ロドリコの体が硬直したのがコニーにもわかった。
「あの夜、おまえが使ったのはまともな武器じゃなくて……俺のギターだもんな? ったく、信じられないぜ?」
ネッドは銃で自分の顔を指した。
「俺たちの寝込みを襲いやがって……! 俺の寝室で、おまえはこれをやってくれたんだよなあ?」
「原因を作ったのはおまえだ!」
ロドリコも叫んだ。
「俺に、そういう真似をさせたのは……駆り立てたのは……おまえじゃないか! この、裏切り者!」