SCORE7: OLD LOVE☆3
その運命の日。
空はよく晴れて青く澄み渡り、爽やかな秋の日差しが惜しみなく地上に降り注いでいる。
ロドリコ・ベンチはビューローの前に座っていた。
但し、昨日までとは違い、部屋の窓も、ドアも開け放してある。
その開いたドアの前にコニーが立った。
気配を察して振り返ったロドリコ。
「……」
実際、コニーの姿はロドリコに特別の感慨を与える。今朝も、つい見入ってしまった。
「あ、驚かしたのなら謝ります」
悪びれる様子もなくコニーは言った。
「鍵が壊れてるから裏口はいつも開いているって、ギャリーに聞いてて──それで、そこから勝手に入って来ました」
ロドリコは気を取り直して言った。
「ギャリーなら、今朝はもう登校してしまったぞ?」
「わかっています。あいつには、俺、昨夜帰る時、ちゃんと伝言を残しといたから。それより──」
コニーは部屋に入って来るとロドリコに葉書を渡した。
「これで最後です」
ロドリコは腕を伸ばして受け取った。
「ご存知だとは思うけど、ネッドは拘る質なんだ」
葉書に目をやってロドリコは微笑した。
「KNOCK'N ON HEVEN'S DOOR で、きたか!」
葉書を持ったまま一頻りロドリコはクスクス笑った。
「落ち着いていますね? 今夜のこと、何が起こるか予想はついているんでしょ?」
「ああ。だが、覚悟はできている」
ロドリコは額に手を持って行った。
「昨夜もそう言ったろ? それで……変だな? 却ってこの二十年の中じゃ一番安らかで自由なくらいだ。もっと早く、こうするべきだったのかも知れない」
ロドリコは言った。
「だが、俺にはギャリーがいた。わかるだろ? 勝手な言い分かも知れないけど、あの子の成長が見たかったんだよ。養育の義務や責任もあると思った」
それから、ハッとして口を噤んだ。
傍らで所在なげに佇んでいるコニーを暫く見つめた後で、言う。
「すまない。君はネッドじゃないのにな。つい、君を目の前にすると言い訳や弁解をしたい気分になっちまう」
「構いませんよ。写真見ました。ほら」
コニーはジーンズの尻ポケットから写真を引っ張り出した。
昨夜、ネッドからもらった、草原で笑っている若者たち……
「で、あなたの驚きの理由がわかったんです」
その写真を見てロドリコも懐かしそうに目を細めた。
「ああ! これは俺も持ってた。みんな若いな! それに、幸せそうだ……」
「幸せだったんでしょ?」
「……ああ、その通りさ。幸せだったよ」
「吃驚しました。自分かと思いましたよ」
写真を一緒に覗き込みながら、
「でも、ギャリーも驚くんじゃないかな? これを見たら」
ロドリコはそれには答えなかった。代わりに訊いた。
「君はネッドの身内かい? 親戚とか?」
「いえ、赤の他人です」
コニーは大切そうに写真をポケットにしまった。
「俺の良くない噂はお聞きになっているんでしょう? なら、そっちが真実です。俺はLAで男娼やってて……偶々ネッドに雇われたんです。それと言うのも、俺が若い頃の彼に似てたから──仲間に引き込むのに持って来いだと、利用価値があるせいだと、今になってわかりました」
「君はどこまで知っているんだ?」
「多分、全部」
「ギャリーを引っ掛けたのは計画のうちか?」
流石にコニーは口を閉ざした。
「さぞネッドは面白がったろうな!」
さっき写真を見ていた時とは違った引き攣った笑みがロドリコの顔に広がった。
「ギャリーが俺たちベンチ家の性質を引き継いでいるとしたら……DNAの中に好みのタイプまで組み込まれているとしたら……君がギャリーを陥落すのは赤ん坊の首をヒネる以上に簡単だったろ? 目に見えるようだよ!」
ロドリコは椅子に深く仰け反って天井を見て笑った。
「俺がその昔、ネッドに夢中になったみたいに……ギャリーがどんな風におまえさんにノボセ上がったか。一瞬、しかも、君としたら立ってるだけでよかったろうさ」
玄関ホール……緑色の壁の前に佇むコニー……
「俺もそうだったんだ」
懺悔するように首を垂れてロドリコは呟いた。
暗い森の中……生い茂った木々の下で待っていたネッド……
「畜生! ネッドの野郎……!」
「あんた、肝心なこと忘れてるよ」
我慢できずにコニーは言った。
「いっぺんにノボセ上がったのはネッドも、だろ?」
そして……だから……
「俺もだよ」
「よく言うぜ! この淫売が!」
ロドリコは机を叩いて立ち上がった。
「よりによって……ギャリーまで巻き込みやがって!」
コニーの胸ぐらを掴むとドアまで押し返す。
「おまえは復讐の一環として──計画通りにギャリーを誘惑したんだろ? その手の顔の奴は嘘つきだって二十年も前に嫌ってほど思い知らされたんだ!」
「!」
コニーは吃驚した。爆発の仕方がギャリーとそっくりだった。
(いつも、いきなりキレるんだよな?)
「出てけ! もうたくさんだ! おまえの顔なんてもう二度と見たくない!」
ロドリコはコニーを荒々しく廊下に突き飛ばした。ドアの取っ手を握って素早く締めようとした。
が、途中で気が変わったらしく手が止まる。
ロドリコが微笑むのをコニーはドアの隙間から見た。
腹を立てた時の凶暴な笑い方もそっくりだった。コニーは鳥肌が立った。魅力的で。
「まあ、俺のこのささやかな願いは叶いそうだな? 君とはもう二度と会うことはないんだから」
「そうでもないさ!」
コニーは両手をドアの隙間へ滑り込ませて叫んだ。
本当は、この瞬間までこんな真似をするつもりはなかったのに。
ネッドの命令通り、葉書を渡したらさっさと帰るつもりだったのだ。でも──
でも、さっきの微笑みを見てしまった。あの笑い方……あれは……
あれは……
── 嫌だ! やっぱり、俺はおまえを失いたくはない──
強引に体を捩じ込んでコニーは叫んだ。
「もう一度だけ……俺たちは顔を付き合わせなけりゃならない! 今夜のあんたたちの最後のパーティに俺も出席するんだから!」
「意外だな。俺たち二人……俺とネッドだけじゃないのか?」
「あんたは甘いよ!」
指が白くなるほどコニーはドアの縁を握りしめていた。
「まだネッドの性格、把握していないのか? 元恋人のくせして? あいつは激しいんだ! あんた同様な? だから──凄まじい結末を計画している……」
コニーの指と同じくらい、ロドリコの顔面も蒼白になった。
血の気の失せた顔でロドリコは喘いだ。
「まさか……おい、まさか? これ以上、ギャリーを巻き込もうと言うんじゃないだろうな? 教えてくれ、コニー……ギャリーまで……?」