SCORE6: TUMBLING DICE☆1
「安心したまえ、ギャリー。これは最悪の発作ってわけじゃない。疲労からくるストレスが原因だろう」
カール・ホッファ医師が肩を叩いてそう言ってくれた時、ギャリーはホッとしてほとんど泣きそうになった。
「伯父さんは最近、睡眠が充分ではなかったんじゃないかね?」
「あ、ええ、そう! あんまり眠れてなかったと思います。あの──じゃ、入院とかの必要は?」
「ない。しばらくゆっくり休ませること。休息が一番の薬だ」
ホッファ医師はウィンクして、
「私は二番目に効く薬の処方箋を書くとしよう」
「ありがとうございます!」
郡道沿いのモーテルの床に伯父が倒れた時、ギャリー自身、失神してしまうのではないかと思うくらい取り乱した。
的確に動いたのはコニーだった。
コニーはロドリコの傍に膝を突いて脈を見ると同時にギャリーに救急車を呼ぶよう指示した。
蹌踉けながらジーンズを履くとギャリーは外へ飛び出した。この時点でどれだけ動揺しているかわかる。電話と言われてギャリーはモーテルのフロント棟へ走ったのだ。室内に電話機が完備されているというのに。
「あ、ギャリー?」
だが、結果としてこれが幸いした。
モーテルのドアから転げ出た時、自分の車の横にギャリーは茶色い車を発見した。
それで合点がいった。伯父はここへ、日頃使っている牧師のピックアップトラックではなくて保安官のパトロールカーで乗り付けたのだ。
一方、ただならぬギャリーの様子にすぐにゲイル・ラフト保安官が車から出て来た。
自分のことを伯父に密告した上に、郡道沿線を隈無く嗅ぎ回って、遂にここを探し当てる手助けをしたのがこの女だとギャリーは、即座に見当がついた。だが、腹を立てる余裕はこの時のギャリーにはなかった。それどころか、ゲイルの制服姿がどれほど頼もしく見えたことか!
事情を聞いたゲイルはパトカーに飛び乗り、ホッファ医師を積んで戻って来た。
その間、僅かに10分。
隣り町にある郡の総合メディカルセンターに救急車を要請するより、近くのクリニックから直に医師を連れて来る方が速いという保安官の適切な判断だった。
そして、診断の結果、医師はロドリコを自宅へ戻して良いと言ってくれた。
ギャリーとコニーは二人してロドリコをパトカーの後部座席へ運んだ。ホッファ医師を助手席に乗せてゲイルが家まで連れ帰ってくれた。
来た時同様、コニーの運転する自分の車でギャリーは家まで帰った。
こうして、今、ロドリコ・ベンチは五年間住み慣れた自宅の自分のベッドで静かに寝息を立てている。
改めて診察を終えたホッファ医師をギャリーは玄関まで送って行った。
「ついでに薬も私が取って来てあげる。どうせロドリコの様子をもう一度確認したいしね」
ゲイル・ラフト保安官がそう言ってくれてギャリーは凄くありがたかった。今は、絶対、伯父の傍を離れたくなかったから。
パトカーが走り去って、振り返ると後ろにコニーが立っていた。
「良かったな? 伯父さん、大したことなくて」
「ありがとう、コニー。おまえがいてくれて助かったよ」
ギャリーは心から礼を言った。
「俺、一人じゃ、どうなってたか……」
ギャリーが震えているのがコニーにはわかった。両腕を伸ばして抱きしめる。
「あ、あんなこと言うんじゃなかった。伯父貴が死んでしまうんじゃないかって、俺、俺、物凄く怖かったんだ」
自分にとって伯父がどれだけ大切な人か、失いそうになって初めてギャリーは気づいた。
「だって、伯父貴は、俺にとって唯一の肉親なんだ」
「わかるよ」
「それを、一人でやっていけるなんてデカイこと言って……俺……」
後ろからずっとコニーは抱いていてくれた。
こんな優しい抱き方もコニーはできるのか。
それはこの数日間でギャリーが憶えた激烈で獰猛な抱擁ではなくて……✖✖に近かった。
何だろう? これ? 表現する言葉が見つからない。抱擁が柔らか過ぎて……
「わかるよ」
抱きしめながらコニーは囁いた。
「肉親はかけがえのないものさ。それを失うのがどんなに辛いか、俺だって知っている」
「え?」
ギャリーはちょっと驚いた。
「おまえも? コニー、誰か身内を亡くしたのか?」
「まあね。母親と、それから……それから……」
コニーは口篭った。ギャリーが顔を上げると自分の肩に凭れかけたコニーの金色の頭が見えた。
「……弟を一緒に亡くしちまったのさ」
一瞬だった、とコニーは言う。
「ハイウェイの自動車事故。よくあることだけど。俺は十二歳で、サマーキャンプに参加してて一人だけ難を逃れたんだ。笑えるだろ?」
全然笑えるはずなかった。
「ゴメン」
ギャリーはコニーの髪にキスした。
「辛いこと思い出させちゃって」
何とか慰めようとして言葉を探す。
「でも、その……そう! おまえには親父さんが残っている!」
「ああ、そうだな」
一瞬、コニーは妙な表情をした。
「……そうだった」
コニーは今夜は一緒に傍についているよ、と言ってくれた。
ギャリーが伯父の寝室へ行くと伯父は眠っていた。ベッドの横へ椅子を引っ張って行って座った。
そのまま伯父の寝息を聞いていた。
約束通り、ゲイルが薬を届けてくれた時も伯父は眠っていた。
そんな伯父の寝顔を見て、顔色が良くなった、と満足して保安官は帰って行った。
「明日、また様子を見に来るわ」
ギャリーは例の葉書を書いたのは絶対、彼女ではないと確信した。
ゲイル・ラフトが伯父を振るはずはない。だって、心底慕っているように見えるもの。
ノックの音がして、振り返るとドアから顔を出してコニーが笑った。
「ちょっとそこから出て来いよ。何か食べた方がいい」
その時になって初めて、幻に終わったピザのことを思い出した。
キッチンへ入って、ギャリーは目を瞠った。テーブルに並んだご馳走……!
「ムサカとパスタ。それにハネムーンサラダさ」
「おまえが作ったのか?」
「文句を言うなよ? 冷蔵庫にあるものだけで──買い出しに行けなかったんだから」
文句どころか。伯父と二人っきりの環境でギャリー自身も料理の腕はそれなりに自信があったが。
どうやら、こっちの分野でもコニーの方が遥かにポイントを稼いでいる。
テーブルを挟んで二人は真夜中近いディナーを食べ始めた。
「おまえが……こんなに……料理が上手かったなんて……」
「まあ、一人暮らしが長いから。でも、こんなんで驚いてちゃダメだ。俺のミートローフを食ったら、誰でも虜になっちまうぜ」
「……ミートローフを食わなくっても虜になる奴は多いくせに」
「うまい」
突然、ナイフとフォークを置くとギャリーは立ち上がった。
「どうしたんだよ? また首でも絞める気か?」
そのジョークはいただけない。ギャリーは紅潮して首を振った。
「ちがう。せっかくの料理だもの。飛び切りのワイン、開けようぜ!」
「無理だよ」
神妙な顔で肩を竦めるコニー。
「やめとけって。買いに行ったってIDをチェックされる。売ってくれっこないさ」
ギャリーは勝利感でいっぱいになった。初めてポイントを稼いだ気分。
「俺、知ってるんだ。伯父貴が極上品、書斎に隠してるのを」
「いいのかよ? 勝手に飲んで? 後で怒られるぜ」
「ここんとこ」
とギャリーが笑う。
「散々っぱら怒られっ放しだもん。もう、これ以上、怖くはないさ!」
「何て奴だ!」
コニーも笑った。
「おまえ、俺のこととワインをワンセットにして考えてるだろ?」
だが、そうは言いつつコニーも腰を上げてギャリーの後に続いた。責めは二人で分け合おう。それが真実の恋人というものだ。
二人は一緒にロドリコの書斎へ忍び込んだ──
☆ハネムーンサラダとはレタスだけのサラダのこと。
lettuce aloneが
Let'sus alone
に聞こえるから洒落でこう呼ばれます。
ギャリーは気づいたのかどうか(^0^))